70話 金色の玖夜捌雫(ドラウプニル)
「戦わなきゃダメ?」
「おまっ!? 男が勝負を投げ出すっていうのか!?」
俺は、シュラスコっぽい肉焼き回転機を作る手を止めない。
これでどんな風に上手に焼けました! になるのか楽しみだ。
「とぉにぃかく! お前が勝負を受けるまで帰らないぞ!」
うざったいし、面倒臭い。
それがガルムの印象である。
だって、戦って何の得になるというのだろう。
たぶん、聞いたら予想通りの答えが返ってくる。
「なぁ、俺が戦って何の得があるんだ?」
「それはだな……えーっと……」
うん、やはり何も考えていない。
たぶん、奴の眼から俺は、囚われのお姫様の進路上にいる雑魚か、良くて中ボスにでも映っているに違いない。
俺が本気で料理に打ち込んでいない時になら、付き合ってやっても良かったかもしれないが、今の状態だと本当に邪魔だ。
「もう良いから戦え! オレと戦わなかった場合は、どう行動するか分からないぞ……クックック」
あ、何か急に悪役っぽい事を言い出した。
知らず知らずの内に追い詰めてしまったか。
「おい、ガルム。子供達に手を出したら許さないぞ?」
「あ、はい。フェンリルの姐さん、脅し文句で言っただけなので、本当にはしません」
「うん、それなら安心した」
フェリにまで言われ、ガルムはへたり込んでしまった。
「……オレって、生まれてきて良かったのかな。地獄の番犬としてずっと引きこもっていた方が……」
さすがにちょっと可哀想というか、集中できない状況になってきた。
肉焼き機は可動部もあって大変だというのに。
「あ~、もう分かった。戦ってやるから早くしろ」
「本当か!? ほんっとうなのか尾頭映司! ほーーーーんとーーーーな──」
……うぜぇ。
テンションがコロコロ変わって、勝手にオペラでも演じそうな頭のおかしい奴である。
「あ、映司さん。私も一緒に行きます。戦乙女ですから!」
根菜を手に持ちながら、ランドグリーズが駆け付ける。
既に蒼と白銀の鎧を身に纏って、盾と根菜で武装している。
「とりあえずメイス持とう、な!」
「あ、はい!」
気を取り直し──。
「ミーミル、疑似空間を頼む」
『はい、ユグドラシルの許可下りました』
* * * * * * * *
──辺りから生命の気配が消え、景色はそのままで俺とランドグリーズ、ガルムだけの世界となる。
「んじゃ、戦う前に握手。これ、フェリが住んでいる地球の常識な」
「なるほど! 握手! 握手だな!」
ガッシと握って、完全擬態用のエーテルを読み取っておく。
ふざけた奴だが、戦闘能力はガチだと分かった。
俺のこのままの状態で戦えば、エーテルを攻撃に移す変換効率の差で負けそうだ。
だが、魔法の類は得意では無いらしいので、完全擬態と魔法の合わせ技なら余裕が出来るだろう。
「よっし! それじゃあ戦おうぜぇ!」
手を離し、距離を取る二人。
「そういえば、ランドグリーズ」
「何ですか、映司さん」
既に構えて、やる気になっているランドグリーズを眺める。
気が付いたのだが、俺は彼女の戦闘スタイルをあまり知らない。
「ええと、一緒に戦う場合、どんな感じになるんだ?」
「まず、私が映司様の鎧となります!」
確か、風璃が映っていた戦闘映像でやっていたやつ──武具変化か。
「大ダメージを受けた場合、代わりに私が砕け散って守ります! 地球で言う所の爆発反応装甲ですね!」
「あの、さらっと恐ろしい事を……。今回、ランドグリーズは見物な」
「え~!?」
たぶん、ずっと見物だろう。
ランドグリーズを装着したら、絶対にやばいフラグが立つと思うし……。
確実に勝てる時に装着してあげて、戦女神としての満足感を演出してあげよう。
「そっちの相談が済んだなら、オレの最強の神器を見せてやるぜ?」
空気を読んで待っていてくれたガルムは、右腕に装着されている金の腕輪を高く掲げた。
「金色の玖夜捌雫、オレを増やせぇ……」
それは金色の光を発し、ガルムを覆う。
凄まじく複雑で、それでいて美しい流れのエーテルが爆発的に膨れ上がる。
「あれは……なんだ」
「いいぜ、教えてやるよ」
一人目のガルムが喋った。
「この神器はな」
二人目のガルムが喋った。
「9日に1回だけ」
三人目のガルムが喋った。
「装着者を8人に分裂させる事ができる」
四人目のガルムが喋った。
同じ声で順番に喋るので非常にうざい。
そして、8人目までこの調子で続きそうなので遮る事にした。
「9日の制限があるのに、フェリと戦う前に使っていいのか?」
「大丈夫だ。オレは数を数えるのが苦手だから、9日とか関係無い」
もうやだ、このデタラメな奴と大雑把な神器。
だが、ガルムの戦闘能力は単純に8倍になったらしい。
いや、数として戦力換算するなら、かけ算式に厄介になっていっているのかもしれない。
一人一人のエーテルまで変わらず一緒という、クソチート。
オマケに、完全擬態で神器ごと真似ようとしたが、上手く読み取れなかった。
……もうこうなったら、最初に考えていた手を使うしかない。
「さぁ、行くぞ尾頭映司ィッ!」
「オレの、オレ達の強さに泣いて喚いて!」
「地獄のヘル様へ挨拶でも!」
「死に行くんだなぁー!」
残りの四人が喋った。
立体音響過ぎてうざい。
「降参。ガルムの勝ちって事で」
「え?」
俺の軽すぎる敗北宣言に、ガルムは呆気にとられた。
「あのさ……実はこの金色の玖夜捌雫、倒しても倒しても8体に増え続けて大変だけど、同時に倒せば平気とか、そういう攻略法とかも──」
何か弱点を白状し始めた。
だが、俺の意思は変わらない。
「お前は強い、俺は勝てない。うん、これで終了」
「あ、いや……それは分かるけど、何かもうちょっと戦った実感とかさ……フェンリルの姐さんを取り合うライバル的な熱とか……」
何という面倒臭さ。
「ミーミル、戦いは終わったから疑似空間を解除してくれ」
『はい、分かりました』
* * * * * * * *
元の場所に戻り、フェリや子供達の視線が集まる。
「ガルム、俺はなぁ……料理に本気を出してるんだ。マジで邪魔しないでくれ」
「料理? 料理だぁっ!?」
大笑いするガルム。
「ばっかだろ、尾頭映司! そんな食いもん程度に本気になれるって、オレ以上にイカれてやがる。大体、もうお前も食事を取らなくて平気な身体だろ? どうしてそこまで──」
「おい、ガルム……。今、ワタシの目の前で食いもん程度と……」
珍しく、フェリの怒気が籠もった声が響く。
「ひっ、フェンリルの姐さん……」
地獄の番犬すらも震え上がらせる、珍しく本気になった神殺しの狼。
その殺気立ったエーテルは、ガルムを串刺しにするイメージを見せる。
「良いだろう、そこまでエイジと食べ物の事を馬鹿にするなら勝負してやろう……。ワタシに勝てんようなら、本気のエイジにも食べ物にも勝てんだろうからなぁ……」
「ほ、本当ですかい!? いやぁ、ここまで来たかいがあったってもんですぁ」
俺は黙々と調理道具を作っていたが、その言葉に引っかかった。
そういえば、ガルムはどうやってここまで来たんだ?
俺達は色々と苦労したが。
「フェンリルが命じる。疑似空間を用意しろ」
二人は、一瞬にして消えた。
外から疑似空間の戦闘を見るとこんな感じなのか。
──そして、数秒後に仁王立ちするフェリと、倒れているガルムが現れた。
「ガルム。エイジと食べ物に謝れ」
フェリは、倒れているガルムの頭を高圧的に踏みつけた。
「へ、へい……。尾頭映司様、この世の全ての食材様、この犬風情が申し訳ありませんでしたぁ……」
言葉は謝罪だが、その顔は満足げであった。
罵倒系ギャルゲーを攻略した友人があんな顔だった気がする。
「では、これで失礼させて頂きま──」
「待て」
俺は、去ろうとするガルムに制止をかける。
さすがにあそこまで言われて黙っている程、落ちぶれてはいない。
さっきの謝罪というのも、何か違う。
「飯、食ってけ」




