67話 ここはヌメって居心地の良い暖かい世界(口内)
「ありがとうランドグリーズ、止めてくれて」
「いいえ。映司さんが代わりに怒ってくれなかったら、私がメイスを握った手を滑らせていたところでした」
笑顔でさらっと恐い事を言う。
まぁでも、フェリを化け物扱いしたり、年端もいかないであろうケンの妹を交渉の道具として使おうとするなんて許せないだろう。
後は、地味に俺がロリコン扱いされた事も……。
何かもう、また断ったら次は男でもどうだとか言われそうな勢いである。
「着いた、ここが僕らの家」
ケンは、俺達を今日の寝床へ案内してくれた。
来る途中にいくつも見てきた一軒家よりも大きく、頑強な作りだ。
イーヴァルディの屋敷からかなり離れた場所にある、ケン達の家。
「入ってくれよ。食べ物は無いけど、雨風はしのげる」
先に入ったケンの後ろから、木製のドアを通って室内へ。
中は案外広く、入り口のダイニングからいくつも部屋の扉が見える。
「ケン、おかえり~!」
「おかえりなさーい、今日のご飯はなーにー?」
ドヴェルグの子供達が沢山出てきて、ケンに群がる。
「ただいま、って言っても、お客さんを連れてきただけだ。飯の調達は今からいくところ」
「また街の外で危ない事するの……?」
「大丈夫、俺は無敵だから!」
笑顔で答えるケン。
それを見て、ランドグリーズは小声で言った。
「映司さん、これ……風璃だったら絶対に助けるパターンですよ」
チラチラと視線が送られる。
何かを期待するようにひたすら。
……まぁ、うん、しょうがない。
「え、ええと、ケン。明日まで暇だし、俺達も手伝うよ」
「本当ですか!?」
ランドグリーズの可愛い期待に応えないわけにもいかないし、一晩泊めてもらうのなら手伝ってもバチは当たらないだろう。
「今日の仕事は、サンドイーターを聖剣の故里付近から追い払うクエストです」
「あ、エイジが食べられそうになった奴だな!」
フェリのあっけらかんとした声が心に痛い。
* * * * * * * *
砂漠への移動中、無知な俺へ色々と説明してくれた。
この聖剣の故里は、採掘師や鍛冶士達が集まって出来たという過去がある。
そのため、今でも街の住人のほとんどはそれに関係する者達だ。
鍛冶士としての腕が良い者は、ひたすらに優遇され、そうでない者は見下される。
ケン達、あの家にいた子供は鍛冶士としての魔力的な才能が無い。
ケンの妹であるカノという少女は、肺も弱く、病気がちらしい。
そんな似たような境遇の子供達に、イーヴァルディの息子が慈善活動として家をやった。
ただ、家をやっただけで他は放置だ。
結局、良い事をしたという箔が付けば何でもいいらしい。
「ケン、お前……こんな危険な事で金を稼いでいるのか?」
「僕はうまく魔力が使えないため、街の中の仕事には向いてませんから……親の顔も知らないですし」
あの砂漠の蟻地獄で待ち構えていたサンドイーター、奴の怖さは俺が一番知っている。
普通の人間だったら確実に食べられていた所だ。
それを、まだ10歳かそこらの兄妹が生きるために……。
俺は、この兄妹を自分と重ねてしまったのかもしれない。
「なぁ、そのサンドイーターって追い払うわけだろ。つまり、結果的にいなくなればいいのか?」
「え? あ、はい、定期的に追い払って、街に近付かなくするのが目的です」
サンドイーターを探し、砂漠を歩く俺、フェリ、ランドグリーズ、ケン。
俺の含みのある言い方に一番最初に気が付いたのは、やはりフェリだった。
ジッと見つめてくる視線が熱い。
「確か──フェリ。アレは食べられると言っていたな……?」
「うん!」
フェリの元気な答え。
となると、もう今日の晩飯は決まったようなものである。
俺は食べ物に関しては本気を出す。
「ま、まさか映司さん……」
「ああ、追い払うのでもいいが──別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
決まった。
たぶん、今の表情は満面のドヤ顔だろう。
一度は言ってみたいセリフを言えて満足──。
「あ、エイジ。その一歩先に──」
「えっ」
何か激しくデジャブった。
本日二度目、足下が一気に沈み込んだ。
俺のドヤ顔は、急転直下でビビリへと変化した。
そして、学習したであろうサンドイーターの手際の良さに感心しつつ、口の中にボッシュートされた。
「ああっ!? 軽やかに映司さんが食べられた!」
「ま、魔神様ーッ!?」
サンドイーターのヌメった口の中で、外からの声だけが聞こえてくる。
正直、格好悪すぎてどうしていいのかが分からない。
穴があったら入りたいので、しばらくここにいたい気分である。
「エイジ! ナイス餌! てぇい!」
突如襲い来る、横殴りの衝撃。
ダンプカーがアクセル全開で、着ぐるみを跳ね飛ばしたらこんな感じだろうか。
「ちょっと! フェリさん、中に映司さんがいるのに蹴り飛ばしちゃまずいですって!」
「大丈夫! 言わなきゃバレない!」
俺は、サンドイーターの口の中からずるりと這い出す。
何か元いた場所からすごい離れている気がする……。
「……フェリ、今度からは足下にサンドイーターがいる時は先に言ってくれ」
「いやいや、普通は滅多に踏まないもん。エイジの運が良すぎる」
「良いの……?」
美味しそうに獲物を見詰める、よだれダラダラなフェリを見ると……良いのだろう。




