64話 神殺しの狼と戦乙女にサンドイッチ(死ぬしかない)
「座標によると、聖剣の故里はここらへんだけど……街なんてどこにも無いぞ?」
いくら慣れてない砂漠とは言え、だだっ広く見晴らしが良い地形だ。
高所に立てば、それなりの距離に何も無いのは分かる。
あるのは見渡す限りの砂と、巨大な石の龍頭のようなモノが生えているだけだ。
「エイジ、あれがドヴェルグ達の街──の入り口」
フェリは指差す。
巨大な石の龍頭のようなものを。
入り口と言っても、あれが城壁の代わりで中に住居があるのだろうか。
いくら大型車が数台通れそうな口だからといっても、街という規模を内包しているとは思えない。
いや、もしかして──。
「ドヴェルグって実は小さくて、ミニチュアの街に住んでいるのか!?」
「エイジ、熱さで頭をやられたか……?」
……まさか、フェリからこんな事を言われるとは。
「ドヴェルグは地下に住んでるに決まってるじゃないか!」
「いや、あんまり決まってないと思う……。つまり、あれは地下への入り口という事か?」
「うん!」
ランドグリーズは、俺達のやり取りを見て吹き出すのを堪えている。
こちらも大概らしい。
やはり、異世界に来てしまうと俺の方が異邦人なのだ……と実感してしまう。
色々と常識が通じない。
* * * * * * * *
「意外と中は明るいんだな」
「いにしえの龍骸石を採掘するために造られた街。後に名付けられしは──聖剣の故里。住人の規模は約一万と言ったところですね」
巨大な龍に食べられる感覚で地下に降り、俺達は聖剣の故里へやってきた。
淡い光に照らされ、街は地下でもそれなりの明るさを持っている。
予想外に広いが、光源のせいもあって端まで見えず、建物が密集しているため息苦しさを感じる。
茶色いレンガ作りの建物が多く、入り込んだ砂は足下に薄く敷き詰められている。
「エイジ、ここではエーテルを纏ったままの方がいいぞ。たぶんドヴェルグ以外は空気が合わない」
俺にも感じられる、よどんだ空気。
地下だからというのもあるが、建物から伸びている煙突から出る煙のせいでもありそうだ。
地下で火を使うとか正気の沙汰ではない。
異世界だから突っ込まないが、空気の流れとかどうなっているんだか。
「ドワーフ……じゃなかった、ドヴェルグというのは肺が頑丈なんだな」
「もう数千年以上も地下暮らししてるからな。他種族との混血ですら、場合によっては耐えられないが」
「道理でドヴェルグしか見ないわけだ」
道を歩いて見掛けるのは、俺がイメージしていたヒゲモジャの小さいおじさんや、ちょっと背が小さいだけの人間っぽいものまで。
その誰もが、耳はエルフのように尖っている。
そういえば、エルフとドワーフの国は密接な関係にあるらしいし、意外と血のつながりがあったりするのかも。
「背は小さめだけど、おっぱいはちゃんと大きい娘もいるな!」
「映司さん……」
ランドグリーズから送られる無言の圧力。
そういえば、今は小学生と同じ様な姿だから……。
察しろと言う事か。
「ち、小さい胸も需要あると思う!」
「いえ、そうではなくて。お金をすられていますが、ワザとでしょうか? 何かお考えがあるのかと思い、見ていましたが……」
「え? あっ!?」
ズボンから吊していた革袋が無くなっていた。
あれには金貨を入れてきている。
「ご、ごめん! ランドグリーズ! その盗んだ奴はどこへ──」
「こちらです。あと、胸の話は今度ゆっくりと聞かせてくださいね?」
ニッコリと微笑むその顔は、そこはかとなく恐ろしく感じられた。
俺は盾とメイス、どちらで殴られた方がマシか考えるのであった。
「ら、ランドグリーズはすごいな。発信器を付けたみたいに追跡できるとか」
ランドグリーズを先頭にして、俺達はその後を追っている。
ちなみにだ。
決して……心象アップのため必死に褒めているのではない。
うん、決して……。
「微弱ながらエーテルを察知したので、それを覚えていただけですよ。もっとも、この方法では映司様のような完全擬態の場合は振り切られますが」
なるほど。
雑踏の中でもエーテルで見分けを付けているのか。
「この先、通路──たぶん路地裏に入ります。フェリさん、挟み撃ちにしましょう」
「りょーかい、ランドグリーズ」
戦乙女と神殺しの狼による連係プレイ。
路地裏を抜けようとした人影を哀れに思う。
「いやっほーう!」
フェリは高く飛び上がり、無駄に身体を捻りながら回転を織り交ぜて、人影の先へと着地した。
狼的な本能なのか、こういう時に生き生きしすぎだと思う。
「くっ!?」
人影は咄嗟に後ろへ方向転換して逃げようとするも、いつの間にか戦乙女状態になったランドグリーズが盾とメイスを構えていた。
前方に目を爛々と輝かせた狼、後方には完全武装の戦乙女。
俺だったら、絶対にチビっている。
「小さな泥棒さん、素直に返してくださいな。今ならまだ楽に殺してあげますよ?」
ランドグリーズが楽しそうに語りかける相手──それはまだ子供の泥棒だった。
年齢は10かそこらだろう、耳が尖っているためドヴェルグだ。
外見的には汚れ、痩せているために判断は付きにくいが、たぶん少年だろう。
「お、おい。ランドグリーズ……」
さすがに持ち物を盗んだだけで殺すとか、発言的に過激すぎる。
しかも、まだ子供だ。
俺は、そんな事は望んではいないし、させたくもない。
「映司さん、いつもなら盗人は撲殺ですよね?」
こちらをチラッと見たランドグリーズはウインクで合図をしてくる。
……うん? 何か考えでもあるのだろうか?
適当に合わせてみよう。
「まぁ、手足からじっくりと叩き潰し続けてミンチだな。その後に団子にして煮て食う。子供の柔らかい肉はうまいからなぁ?」
「ひぃっ」
泥棒少年は目に涙を溜めて、ガクガクと震え出してしまった。
……意外と楽しい。
これ意外と楽しいよ!?
「この俺──魔神オウゥゥズエイジの贄となる事を光栄と思え、少年よぉぉお」
地獄から響くような声……を出そうとしたが、調子に乗ってどこか演技めいたものになってしまっている。
必死な状況である少年は気が付いてないが、俺はとんだ大根役者らしい。
完全擬態の時になら、いくらでも千両役者になれるのだが。
「はぁ。……とまぁ、本来はこのように悪逆非道な映司さんですが──」
ランドグリーズは、若干呆れた顔をした後、少年の方へ振り向いた。
「今日は機嫌が良いので特別に見逃してくれるそうです。コレに懲りたら二度と盗みはしないように」
何となく察した。
ランドグリーズは、子供を懲らしめるためにきつい事を言ったのだ。
この先も盗みをして、本当に死に至る事を止めるために。
「は、はい……すみませんでした、魔神オウズエイジ様……」
その代わり、俺の名前が犠牲になった。




