60話 その存在は黒(囁くは白)
「まぁまぁ。落ち着いてください、霧の巨人の王。今日は戦いに来たのではありませんよ?」
「何を! 我が同胞達を問答無用で蹂躙したお前をッ! どう信じろと言うのじゃッ!」
ヴィーザル──見た目は長身、にこやかな表情、銀糸のような長髪を腰の後ろで束ねて、トーガのような白衣を着た青年。
だが、さっきの一撃を知った後だと、異様な雰囲気を放っているのに気が付く。
純粋な高位神という不確定の存在が、人間の皮を被っているような暗闇の畏ろしさ。
「今日は、フェンリルに会いに来たのと、身内がお世話になっているらしいので映司君へ挨拶を、ね」
ヴィーザルの視線がこちらに向く。
──走る悪寒。
敵意、殺意とも違ったおぞましさ。
何がそうさせるのかは分からない。
客観的に見れば、にこやかに微笑む美青年がこちらを眺めているだけである。
「フリンとは親戚筋でね、君のことも気になっていたんだ。スリュムを倒し、ユグドラシルにも気に入られているという特異な存在の君」
スッと差し出される手。
握手を求めているのだろう。
その手を握り、完全擬態のためにエーテルを読み取っておくのも良いかもしれない。
「それはどーも」
ヴィーザルの手を握ろうと、近づき──。
刹那、何かが言った。
とても聞き慣れた何かの声なき声が言った。
その選択肢はいけない、と。
自分でも訳が分からないが、俺は選択した。
「あ~、手が汚れているので遠慮しておきます」
俺はその時、気が付いた。
ヴィーザルの眼の奥は笑っていなかった。
無機物を見るような眼、そういう印象を感じた。
「あっはっは、気にしなくてもいいのになぁ。映司君」
柔和な口調で言われているはずなのに、何故こうもチグハグな印象を与えられるのだろうか。
前世か何かで、このヴィーザルに似た相手に酷い目でも合わされたのだろうか。
とばっちりをくらう、この神様も運が悪い。
「ヴィーザル、戯れはそのくらいに」
「そっすよ、そっすよ。ソースをペロペロしたいくらいに我慢してるっていうのに」
ヴィーザルの脇に控えていた男2人。
片方は硬い口調で、もう片方は調子外れで緊張感が皆無な口調。
「俺はテュール。幼狼……いや、フェンリル狼の古い知り合いだ」
硬い口調の男──テュールは言葉少なくポツポツと。
2メートルを超える筋骨隆々な白髪、白髭の老人。
重装甲の鎧を装着していたが、右肘から先が無かった。
隻腕の神と言った所だろうか。
「映司、あやつは軍神……。異世界序列第十位──調停世界を治める古き軍神テュールなのじゃ」
スリュムは落ち着いたのか、鉄巨人を引っ込めて、俺へ補足を入れてくれている。
「そして、残る1人が──」
「おっ、おれっちの紹介? どんな? どんな?」
指差され、テンションがおかしい調子外れな口調の男。
「犬なのじゃ。頭も性格も犬レベルで残念な……名前は何と言ったかの」
「ガルムだよガルム! ヘル様に仕える狂犬ガルムだよ! ヘル様の姉貴であるフェンリル様に会えるっていうから付いてきたんだよ!」
「……とまぁ、こうやかましい奴なのじゃ」
俺は、ああ……うん、と生返事しながら相手を見た。
少し背が低く、赤毛で犬耳、犬尻尾、首輪を付けたパンクロッカー少年という感じだ。
何か服がど派手に赤いし、お近づきになりたくないタイプと判断出来る。
「あ、この服見たでしょ? 見たでしょ?」
「まぁ、うん……」
「聞けよぉ! この赤は地獄の罪人の血で染め上げられているというサイキョーなシロモノなんだぜ!?」
「血って洗濯で落ちにくいし、大変だな……」
思わず冷静に返してしまう。
「ちっげーよ! あらわねーよ! 格好良さだよ!」
「服は清潔にした方がいいと思うぞ。洗濯のうまいエイジが言うのだから間違いない」
今まで黙っていたフェリも、思わずツッコミを入れていた。
「はい! フェンリル姐さんが言うのなら! 思わず噛みたくなるような、骨みたいな真っ白さにしてまいりやっす!」
速攻で手の平を返すガルム。
正に力関係に弱い犬である。
「まさか、こんな事になるとはな。本当にすまないエイジ」
フェリは、諦めたように溜息を吐いた。
そして、何かを決心したかのような表情をして一言。
「実はワタシ、本当の名前はフェンリルなんだ」
「いや、知ってた」




