幕間 男三人バレンタイン
2/14に間に合った。
俺──尾頭映司は家に一人。
バレンタインというイベントの日に……家に一人だ。
女子達は出掛けてしまっている。
ここで美味しい展開としては、実はチョコを買いに行っていて──俺にプレゼントフォーユー☆ みたいな感じだろうか。
だが、商店街の和菓子屋にヘルプしにいっているらしい。
……チョコは洋菓子だ。
既に可能性の獣は打ち砕かれていたのであった。
それでも! と言い続ける気力も沸いてこない。
どこかに出掛けようと思っても、風璃から頼まれ事をされて留守番中なので無理である。
何やら異世界の親友がくるとか何とか。
そんなわけでリビングから、転移陣でお客様の出待ちだ。
「映司殿ー! 映司殿居りますかー!?」
突然、玄関の方から響く大きな声。
転移陣からではなく、徒歩っぽいので風璃のお客では無いだろう。
招かれざる客の癖に、ドンドンとノックもやかましい。
俺は、渋々とドアを開けに行くのであった。
「ベルグ、珍しいな」
俺を殿付けで呼ぶのはこいつしかいない。
今日は地球で目立たないように、ガッシリとした体型にスーツを着用である。
いつものマスクは、地球で人気という事で黒い暗黒卿のパチモンになっている。
コーホーとか息が漏れているのが妙に凝っている。
「オタルが地球に遊びに行ったと聞いてですな! 我も遅ればせながら参上を──」
「あー、たぶんオタルも一緒に女子達と出掛けてる」
ベルグをリビングに通して、茶を入れてやることにした。
バレンタイン、テーブルに座る男ふたり。
「いや~。映司殿、聞きましたぞ! 山賊共をアジトごと皆殺しにしたとか! いつもながらスケールが大きいですな!」
「いや、ちゃんと生き物を転移させてから山を殴ったから……。後日、地味に植樹もしたし……」
こいつの中で俺のイメージはどうなっているのだろうか。
ちょっと不安になってきた。
──そんな中、再び訪問者が訪れる。
呼び鈴、ドアを開ける。
「あれ、クロノスさん」
「ええと、先日のお詫びに……」
こうして、バレンタインに男が三人集まった。
* * * * * * * *
「映司殿は、ハーレム状態なのだからモテモテなのでは? 英雄色を好むとも申しますし、毎日が酒池肉林と……」
「いや、ベルグ……幼女であるフリンと一緒の部屋なんだぞ? そういう事なんだぞ? ……察してくれ」
一応、ベルグも男なので哀れそうな表情をしてくれた。
「そ、そういえば、クロノス殿はモテそうな感じですな! 高身長でスマートな美青年、地球の神ときてますからな! 王子様というキーワードがピッタリ──」
「あの、私に近寄ると不運が移りそうとか、胃に穴が空く何かが雰囲気的に嫌とか……、部下からはそんな評価が最近……」
「地球の神様は神様で大変なんですね……」
俺は心底、同情してしまう。
最初はただのイケメンだと思っていたが、色々な後始末に追われる姿を見ていると苦労人のようだ。
「所詮、代理で責任を取らされるポジションですからね……」
何やら暗い雰囲気になってしまった。
今日はバレンタインデーという悪魔のイベントのためだろうか。
「そ、そうだ。ベルグは……オタルから──」
「……最近は、加齢臭がすると言われて避けられています」
……バレンタインとは真逆の空気を驀進中である。
「そういえば、今日はバレンタインデーでしたね……」
クロノスさんが気が付いてしまった。
そして、俺達を見回して察した表情になった。
「む、バレンタインデーとか何ですかな?」
「そうか、ベルグは知らないのか。バレンタインデーとは……。女性が、親しい男性に愛情的なアレとしてチョコを渡すという企業が仕掛けた消費活動だ」
「ふむ、お二人はもら──」
ベルグは、その先を言わなかった。
言えなかった。
俺と、クロノスさんの絶望的な顔を見たためだろう。
「……我もです」
「バレンタインデーなんて滅べばいい」
「私も同意です。ちょっと過去へ遡って発案者をターミネイトしてき……ユグドラシルからの許可が下りません。残念です」
三人の心は一つになった。
「やはり、食物というモノは色付きペーストにすべきですな! ついでにソイレントシステムを導入して──」
「それはちょっと……」
「いいえ、私は遠慮しておきます」
割と一つではなかった。
それから二時間ほど男達の圧縮された濃い会話がなされた。
三つの心は再び合致。
という時に──。
「えと……お邪魔……します……」
リビングの転移陣から、可愛いハーフエルフが現れた。
男達の嫉妬オーラすら吹き飛ばす、可憐な少女。
「風璃さんの親友の……その、スキールニルと申します」
お、女の子だ!
何と美しいハーフエルフ……。
高貴な雰囲気が。
とヒソヒソと男三人で話し出してしまう。
汚れた心では直視出来ないオーラが出ているためだろう。
「そちらは風璃さんのお兄さんで、映司さんですね。この前は助けて頂きありがとうございました」
礼儀正しくお辞儀。
瞬間、胸の谷間が見えてしまった。
心の中でガッツポーズ。
「い、いえ。人として当然の事をしたまでですよ。ははっ」
おっぱいを凝視からの、視線外しのタイミングを計っていたので、思考はうまく回らなかった。
「あ、それで、これ! チョコレートです! 地球の習慣を聞いて作ってきたんです!」
「え、まさか──」
思わず顔がにやけてしまう。
そして、左右の視線が恐ろしい。
──悪いな、二人とも! と内心勝ち誇った。
「これ、風璃さんに渡してください! そ、それじゃ!」
頬を赤らめながら、チョコを置いてスキールニルは帰っていった。
呆然とする俺。
「まぁ、我はわかっていましたよ。映司殿はちゃんと抜け駆けはしないと」
「チョコは地球で消すべきリスト上位ですからね」
俺達は固い絆で結ばれた仲間だった。
それからまた、しばらくは漢談義に華を咲かせた。
「やはり! 強さを追い求める道こそ漢! 女人には分からぬ漢坂!」
「ふふ、私も人間だった頃は色々とやんちゃを──」
だが、気が付いてしまった。
時折、俺達三人の視線が置かれたチョコへチラチラと移動している事に。
「な、なぁ……女の子の手作りチョコってどんな──」
「映司殿おおおおおおお!! そんなモノは存在しないのでござるよおおおお!」
「ちょ、ベルグ。何か口調がおかしいぞ! お前そんなキャラじゃなかっただろ!」
クロノスさんは、チョコをジッと眺めつつ、何かを考えるような仕草をした。
「そういえばこれ、異世界からの持ち込みチェックをした方が良いのかもしれませんね。うん、転移陣を通る時に何となくわかるのですが、じっくりと肉眼で確認するという事もたまには──」
「クロノスさん、最高にダメっぽい事を言っている気がする」
「い、いえいえ。流れ作業的なチェックだけではなく、たまには意表を突いての検査も必要なのですよ!」
地球の神、大丈夫かこれ。
「女の子が女の子に、友情の証として渡したチョコだぞ!? それを俺達が破いていいのだろうか!? いいや! それは友情を破くようなものだ!」
綺麗に包装されたリボン付きの可愛い箱。
そんな可憐な乙女の友情に手をかけられようか!?
熱弁した俺は、喉が渇いて茶を手に取る。
そして、興奮していたためか手を滑らせる。
「おおっとぉ!?」
こぼれた茶が、包装の隅を濡らしてしまった。
「これは中のチョコに被害が無いか確認して、中まで拭かないといけない!」
「映司殿、さすがでござる!」
「やりますね!」
事故である、事故である。
仕方なく、チョコの救助活動を行うだけである。
「はぁはぁ……」
「と、友チョコォ……」
「地球の神として超赦します……」
妙にいやらしい手つきな三人なのは気のせいだろう。
乙女のチョコレートの包装紙に手をかけ──。
「あれ? 三人何をやってるの?」
背後から聞こえる風璃の声。
どうやら、いつの間にか女子達が帰ってきていたらしい。
血走った眼を見開いて、俺達は振り向いた。
「い、いや……これはだな……スキールニルが友チョコとして風璃にと置いていったもので……だな?」
「で、それを何で開けようとしてるの? 何か濡れてるし」
恐ろしい眼光で睨まれている。
一瞬で状況を理解したのだろう。
「フリンちゃん、そこのバットを使って、チョコを砕くように三人をやっちゃって」
「ま、まままままて風璃! これには話せば長くなるようでいて、ちょっとだけ切ない男達の理由が──」
「わかりましたです! テェーイ!」
身も心も砕かれた。
* * * * * * * *
その後、ひたすら機械のように土下座を繰り返してチョコをもらった。
どうやら、和菓子屋の『和チョコ手作り教室』というのをヘルプして、ついでに自分達のも作ったらしい。
風璃は生チョコに、きな粉と黒蜜を付けた物。
フリンは、桜の花びらをモチーフにした可愛い桜チョコ。
オタルは、抹茶を塗した少し渋めのチョコ。
スリュムは、日本酒が入っているウィスキーボンボン的なものに金粉を落としたもの。
ランドグリーズは、餅入りの丸いトリュフチョコ。
どれも和菓子職人監修だったため、絶品と言って良い出来だった。
ありがとう! バレンタインデーありがとう!
「エイジ! ワタシも作ったぞ!」
最後にフェリのチョコが登場した。
「肉屋のおじさんをいつも手伝ってたから和牛をもらえたんだ! だから、ワタシも和チョコを作ってみた!」
生肉にチョコをぶっかけた物体。
漢三人はバレンタインデーが命日になった。




