57話 死がふたりを分かつとも(必ずまた)
そんなこんなで、あたし──尾頭風璃はあの日から一ヶ月目を迎えた。
スキールニルの奴隷解放のための期限。
様々な人の協力で、要求された金貨はきっちりと集め終わった。
特にオタルちゃんの、方々への根回しは異常だった。
あの軍服の人達と銃で脅し回ってなきゃいいけど……。
そんな心配をしつつ、自分の部屋から出てリビングへ向かった。
「おっはよ~。スリュムちゃん……と……?」
「あ、お邪魔しています」
前にウインドウ越しに見た事がある、地球の代理管理者もとい中間管理職のクロノスさん。
なぜか、スリュムちゃんとテーブルで向かい合っている。
「良い酒が入ったからの! こやつにも振る舞ってやろうかと!」
「いや、だから私はですね……昔から問題ばかり起こすスリュム様に──」
クロノスさんは、生で見ても胃が痛くなりそうな雰囲気を漂わせていた。
超が付くほどの美青年なのに、苦労が絶えない所が哀愁を誘う。
少しだけ同情しつつ、庭で何かやってる兄達の様子を見た。
「映司お兄ちゃん、おっはよ~」
「お、フリン。丁度良いから、あれを不審者だと思ってだな」
「え~、でも風璃は知ってる人です」
この実の兄、いきなり妹を不審者扱いするという。
「何やってるの、2人とも……」
「あ、風璃の顔が超恐い……。今、フリンが知らない人に襲われた時どうしたらいいか、というのを教えていてだな……」
あたしは呆れながら返した。
「映司お兄ちゃんが一番不審者役にピッタリじゃない?」
「映司、不審者ですか!」
フリンちゃんは、目を爛々と輝かせて手に持ったバットをスイングした。
そして、それが映司お兄ちゃんのスネに直撃。
「アダァーイッ!?」
そんないつもの日常を横目に、あたしは異世界へ向かおうとした。
──瞬間、何かに気持ち悪い粘着質な嘲笑を向けられた感覚。
だが、周りを見回しても該当するような相手はいない。
不意に心臓の鼓動が早まる。
良くない予感、そんなモノは信じていないが、この感覚はあの時と似ている。
何の前触れも無く、藍綬が引っ越してしまった日。
どうしてそんな昔の事を──。
もしかして、あたしは今日の交渉で──。
「あ、風璃。ランちゃんを連れていけよ」
「え? どうして?」
唐突すぎる映司お兄ちゃんの提案。
「俺が付いていくと嫌がるだろ。だから俺の代わり」
何だかんだで、やっぱり見ていてくれている。
変な動悸は収まり、平常心が戻ってくる。
「ん、わかった。でも、映司お兄ちゃんより紳士的なボディーガードだけどね!」
笑いながら言葉を返してやった。
本当なら映司お兄ちゃんに助けてもらうのが一番確実というのは分かっている。
でも、それでは意味が無いのだ。
力無き者が──戦を止め、奴隷解放の交渉を成功させる。
それが後の者への道標になる。
……まぁ、もしもの時はスリュムちゃんからもらった銃、リベレーターもあるから何とかなるだろう。
これ撃ったら、確か映司お兄ちゃん辺りが飛んでくるっぽいし。
──さぁ、行こう。
あたしの戦場へ!
* * * * * * * *
「約束の金貨、持ってきたわよ」
「おう、確認させてもらうぜ」
街の外れにある廃教会。
天井の高さは10メートルくらいあり、それを十本程度の柱で支えている。
祈りを捧げる者達のために設置されていたであろう長いすは、今では見るも無残な木片と化している。
あたし、スキールニル、山賊の頭領、その手下の4人を、崇められていたであろう老人の姿をした神像が見下ろしている。
いや、ランちゃんもいるから一匹を追加か。
「ダミーとかで石は詰められてませんねぇ。適当に選んでも本物にしか当たらねぇです」
「運ぶの大変だろうし、馬車ごとサービスするわ」
教会の入り口が崩れていたため、中にまで運び込んだ馬車。
その中に金貨袋が積まれていた。
もちろん、全て本物だ。
あたしは、誠実な交渉をしにきたのだ。
「よし、それじゃあスキールニルの奴隷魔術を解除をする」
山賊の頭領が、ビクビクと怯えきっているスキールニルに近付き何やら呪文らしきものを唱える。
「スキールニル? どう?」
「……はい、これで自由の身です。ありがとうございます、風璃さん……一生掛かってもこのご恩は……」
ニヤッと笑う山賊の頭領。
「約束を破ると思ったか? 俺は、こういう交渉だけはキッチリと守るんだよ」
「あら、奇遇ね。あたしも同じよ」
教会に巨人族製カメラを仕掛け、証拠として映像は残しておける。
何やら魔術を使う事によって、データから変換してこちらの住人でも立体虚像や水晶映像として見られるように出来るらしい。
──つまり、この交渉が無事完了したところでカットすれば人々の希望が完成するのである。
「それじゃあ、交渉は終了ね」
「ああ、終了だ」
そして、潜んでいるオタルちゃん達へ──合図の一言。
「お互いにとって良い交渉だったわ!」
突如、現れる軍服の兵士達。
オタルちゃんは、それを指揮して隊列を組ませ──。
「てぇーっ!」
薬きょうが飛び交い、硝煙の臭いを撒き散らし、埃が積み重なった教会に銃弾の雨がぶつかる。
音と煙が暴力的に演出してくれるが、相手がどうなっているのか分からない。
「撃ち方止めーッ!」
「……あの、オタルちゃん……鎮圧って言ってなかったっけ?」
「息の根が止まれば鎮圧完了です」
……人選を間違えたかも知れない。
「さすがにあたしも、そこまでするつもりは無かったんだけどな……なむなむ」
「くくく……随分とお優しいじゃねーか」
煙の中から現れる山賊の頭領と、巨大な人影。
巨人である。
5メートル程だが、銃弾を遮る壁となったのだろう。
オタルちゃんはそれを見て、咄嗟に通信機らしきものを取り出した。
「くっ、映司様にご連絡を──」
「おっと、そっちを一ヶ月観察してて、お前らがどういう奴らか分かってたんでな。雇ったこいつに頼んで、同種族である巨人が使う通信関係はジャミング済みだ」
「不覚……」
……まずい、そうなるとスリュムちゃんからもらったリベレーターの座標送信も無意味だ。
「まぁ、こっちの用心棒の巨人はつえぇからな。誰かを呼んだところで無駄さ。その呼ぼうとしていた奴も殺されなくて良かったなぁ?」
「風璃様! お逃げ下さい! ここは私達が命に替えても!」
必死に、効かない銃を撃ち続けて抵抗するオタルちゃん達。
意外と素早く、頑丈な巨人の動きについて行けず、その丸太のような手でなぎ払われていく。
あたしは、悔しいがオタルちゃんの言うとおりにするしかない。
逃げ出して、ジャミングとやらの範囲を抜けた先で助けを呼ばなければいけない。
「スキールニル、ここは一旦──」
「残念、獲物を逃がしていたら山賊家業なんてやってられないんだわ」
出口への進路は塞がれ、オタルちゃん達は既に倒れていた。
山賊の頭領は、勝ち誇ったかのように嘲笑した。
朝の悪い予感は、そのまま同じ感覚で的中した。
だとすると、あたし達はこのまま──。
「だからさぁ……俺達はなぁ、観察してたんだよ。本当は今から金を作る事とか、戦力とかも丸裸だったぜ? ガキがオトナをハメたような気分になるなんてなぁ」
「はっ、そのガキ相手に用心棒まで雇ってびびってるのはどこのどいつよ?」
「口の減らない奴だ……まぁいい。こいつを殺すと脅せばスキールニルは再び奴隷魔術を受け入れ、スキールニルを殺すと脅せばお前も奴隷魔術を受け入れるだろう」
心底汚い奴だ。
「女同士で相思相愛ってやつだなぁ? 友情ゴッコってのはガキにとってそんなに楽しいものかねぇ」
「ええ、親友のためなら、どんな事だってしてあげたいって思うわよ」
「そのために奴隷に堕ちても、死んでもか?」
「もちろん! そうしないと、あの子──藍綬にまた会った時に心から笑い合えないじゃない!」
絶体絶命だが、自分の意思は決して曲げない。
それが映司お兄ちゃんと、藍綬から受け取った大切なモノだ。
あたしの言葉に苛ついたのか、山賊の頭領は拳を振り上げ──。
「人間はなぁ、そんなおめでたい理念理想なんて痛みや恐怖で上書きされちまうんだ! 昔のスキールニルみたいに泣き喚いて許しを請えよぉッ!」
あたしは、勢いよく振り下ろされた拳に殴られ──無かった。
突如、眼前には蒼と白銀の鎧を着けた、長い黒髪の美しい少女。
その子が拳を受け止めていた。
誰か分からない──だけど、ひどく懐かしい。
知っている、たぶん知っている。
「藍……綬……?」
「私は、神言で伝えるのなら戦乙女──盾の破壊者」
左手に持った大きな盾を一振りし、山賊の頭領を吹き飛ばした。
「またの名をランちゃんです」
そういえば、アルマジロのランちゃんがいない。
もしかして……このランドグリーズという少女は本当に。
「戦うための姿が必要だったため、藍綬という方の姿と記憶をお借りしています」
「あ~それで……」
ランちゃんを連れて行けと言ったのは、映司お兄ちゃんである。
また助けられてしまった。
「では、これから風璃に力を授けます。これで気にくわないあいつらをぶちのめして……と、言いたげにしているようです。この記憶は」
「なるほど、それならあたしが直接やったような感じがする……オーケー!」
ランちゃんは光り輝き、あたしの身体に重なった。
何か優しいものに包まれる懐かしい感覚。
藍綬の匂いがした。
蒼と白銀の鎧、左手には盾、右手にはメイス、頭には羽根飾りの付いた兜。
武器が鈍器って……ちょっと禍々しいが、それ以外は神話に語られる戦乙女そのものである。
「完全武装あたし──! あんた達、覚悟なさい」
呆気にとられ、立ち往生していた巨人に狙いを定める。
そして、走る。
身体は羽根のように軽く、移動速度は車か何かに乗っている時の感覚だ。
今、体重計に乗ったら少し嬉しいかもしれない。
「なっ、こいつはえぇ!?」
あたしは、手持ちの盾で強打。
衝撃に揺れた巨人を、そのままメイスでスマッシュ。
発泡スチロールでも殴っているような手応えで相手が吹き飛んでいく。
これは非常に楽しい。
「っのお! 調子に乗りやがって!」
転がっていった巨人は何とか立ち上がり、落ちていた1メートル程度の石材を持ち、物凄い勢いで投げつけてきた。
あたしはそれを、小雨の傘感覚で盾を使って防ぐ。
そして、再び突進。
盾強打、メイススマッシュ。
吹き飛ぶ巨人。
「あ……ぐあ……」
意識が昏倒してるのか、反撃をしてこない。
とりあえず、もう1セット──。
「おぉっと、動くなよ! こいつがどうなってもいいのか?」
何か良く聞くセリフだ。
嫌な予感がして、その声の主である山賊の頭領の方を見る。
「申し訳ありません……風璃様……」
巨人と戦い、満身創痍だったオタルちゃん。
それを山賊の頭領が拘束し、ナイフを突き付けている。
「本当にサイテーな男ね」
「山賊にとっちゃ褒め言葉だ。さぁ、そのやばそうな武装を解いてもらおうか? おっと、その後も俺に手を出せば……わかるな?」
ランちゃんは、あたしから分離してアルマジロの姿に戻った。
近付いてくる山賊の頭領。
「っこの野郎! 手こずらせやがって!」
無防備なあたしの顔に飛んでくる平手打ち──。
と同時に気が付いた。
転移陣が出現していた事に。
「──何か、俺のエーテルがここに持っていかれてるんだけど……」
そこから出てきた、ぼんやりとした表情で眠たげにしている映司お兄ちゃん。
平手打ちをしている最中の山賊の頭領と……あたしと三者の視線が絡まった。
「な、なんだてめぇは!」
警戒し、距離を離す山賊の頭領。
その手の中には、未だにオタルちゃんがいた。
「私の事は構わず……お願いします……」
瞬間、状況を理解したのか映司お兄ちゃんの表情が変わった。
いや、表情が変わったのではない。
何か黒い靄のようなモノが左目にかかり、人の形相では無くなっていた。
「……おい、2人に何をした?」
「は? この状況、テメェ一人で何を言って……!? 俺にはまだアジトに数十人の手下が──」
言葉とは裏腹に、山賊の頭領は両腕をダランと垂らし、そのままへたり込んでしまった。
どうしてそうなっているのかは分からないが、あたしも身体が動かないので似たようなものだろう。
映司お兄ちゃんの存在が、絶対に逆らう事を許さない何かを出している。
「ひっ」
映司お兄ちゃんはそのまま山賊の頭領へ近付き、身体に触れた。
その瞬間、映司お兄ちゃんの身体がブレて見えたような気がした。
「ふむ、お前達のアジトはあそこか」
「お、お前らには場所を教えてねぇ……そんなわかるはずが……」
突如、教会の壁が細かく裁断された。
天井の崩落を恐れて上を見上げるが、何故か天井は浮いたままだ。
きっと、理解を超えた何かをしているのだろう。
「良く見えるようになったよなぁ? それじゃあ、お前達のアジトがある山──」
映司お兄ちゃんが指差した方角に一つの山が見えた。
決して、小さい山ではない。
登るのに数時間はかかりそうな、天辺に雲かかる大きな山。
「消そうか?」
見たことのない様な凶悪な表情で──ニィッと口角をつり上げた。
黒い左目も合わせて、それは悪魔か何かのように。
突如、山の上から雲を貫き──天から巨大な拳が降ってきた。
「お、俺達のアジト……山ごと……」
──飛び散った。
例えるのなら箱庭世界の砂場遊び。
その感覚で一つの巨大な山が拳によって砕かれ、潰され、飛び散った。
残った地面が押し流され、木々は激流を進むかのように根を晒し、岩石が転がっていった。
土砂崩れとかそんな生ぬるいレベルではない。
もはや神の怒りと言うべきだろう。
遠くからでも、星の断末魔のような地鳴りが聞こえてくる。
「ひぃぃいい!? 魔王、いや……魔神だーッ!?」
山賊の頭領と、いつの間にか起きてきていた巨人は震え上がり、逃げ出してしまった。
──映司お兄ちゃんが出てきた転移陣に。
「あ……」
黒い左目は消え、いつもの映司お兄ちゃんに戻った後、心底同情するような表情をした。
「ち、地球に行っちゃったけど大丈夫なの!?」
「たぶん、やばい。──今のやつらが」
* * * * * * * *
「ヒック、あなたねぇ……地球へ転移してきてぇ……ウィッ……ほんとにもう……」
そこには、ベロンベロンに酔っぱらっているクロノスがいた。
「こやつは飲ませると昔から面白いのぉ!」
「ええ~いぃ、もう地球も5000年くらい時間戻しちゃいましょう! 私が人間だった頃とかぁ~、ヒック……れれぇ? ユグドラシルから許可がおりないぞぉ……? けっちんぼぉ~……」
大笑いするスリュム。
転移陣から出た直後、こんなやり取りを見てしまった山賊の頭領と巨人。
これはチョロいと思い、クロノスを人質に取ろうとナイフを出し近付く。
「あ~、いーけないんだいけないんだ~。わったしの地球でそんな事をする人はぁ~……一瞬の体感時間を、一年くらいにしちゃいましょ~う」
指先で軽く山賊の頭領の額を突く。
すると、山賊の頭領の時間は操作され、何も出来ない状態で一年を経験する事となった。
当然、気が狂って泡を吹いて倒れてしまう。
「ひ、ひぃーっ!?」
それを見て理解した巨人は、恐れ戦き逃げ出した。
その先で、金髪ツインテールの幼女を発見し、人質にすべく──。
「俺と来いーッ!」
「あ、知らない人に声をかけられた。不審者だし、巨人。全力でいいです!?」
映司に、加護として送っていた力を取り戻していたフリン。
そのエーテルをバットに込めて、全身全霊で巨人のスネを打つ。
「アダーッイ!?」
見るも無残、変な方向へ足が折れ曲がり、ついでとばかりに回転しながら彼方へ吹き飛んでいった。
「……スマーッシュ。気分爽快です。これからも見知らぬ人に声をかけられたら……ふゅへへ」




