53話 ハーフエルフの美味しい聖水(感謝してる)
ひげ面の男とやり取りしている間、スリュムちゃんは奥で子供達を護り、スキールニルは立ち尽くして震えていた。
「風璃さん……無茶です……今からでも私が──」
「ストーップ! 誰が親友を、あんな男に渡すもんですか!」
あの男が現れてから、彼女は平常時からさらに感情を減らし、瞳から光を失い、まるで人形のような表情をしていた。
一目で見て分かった。
ろくな扱いを受けていなかったのだろうと。
映司お兄ちゃんなら、ひげ面の男を殴り倒していた所だろう。
「じゃが、かざりんよ。あやつから提示された額はそれなりの物、大丈夫なのじゃ?」
「大丈夫! ……とは強く言えないけど、何とかする」
奥から出てきたスリュムちゃんにまで心配されてしまった。
プランはあるが、予定は未定というやつである。
ピースのはまりきっていないパズルは、初めから完成するかどうかは分からない。
あたし達には公平に整ったピースは配られていないのだから。
「映司達に相談するのはどうなのじゃ?」
「だーめ、それは最終手段。この状況を、何の力も持たないあたしが覆すことによって、エーデルランドの今後を変えていくの」
神様には頼らない。
……たぶん頼らなければいけない時がくるけど、まずやれる事をやってからだ。
「ふむ、神の啓示を聞く乙女ならぬ、神の啓示を拒む乙女か」
「そんな大層なものじゃないよ」
あたしがジャンヌダルクなら、きっと汚い大人達を見て嫌気が差して放り投げていただろう。
ただ、あの子や、孤児院の子供達にも誇れる自分でありたいだけなのかもしれない。
そんな自分本位のみみっちい理由だ。
「それで、金貨はどうやって用意するのじゃ?」
そう、現実問題……それをどうするかだ。
今の街の工業で、あたしが使える額程度では足りない。
そもそも、この周辺での商売だけで大量の金貨を稼ぐのも物理的に無理だろう。
そこで──。
「スリュムちゃん、ちょっと協力して欲しいんだけど」
「ふむ、ワシの財宝の一部を──」
「いやいや、そうじゃなくて」
「私兵を使って空爆するかの?」
何やら大雑把な考えのスリュムちゃんであった。
「えーっと、巨人の国ヨトゥンヘイムとの商売の許可をお願いしたいの」
「のじゃ?」
* * * * * * * *
部屋の隅で何かやっていたスリュムちゃんが戻ってきた。
「ヨトゥンヘイムのもう一人の王に話した所、速攻でオーケーが出たのじゃ」
「……早すぎない?」
国と国とのやり取りのようなものである。
さすがにもうちょっと複雑な手順とか、条件とか……。
「何かワシがとんでも無い迷惑をかけたから、こちらとしては自由に貿易をするくらいなら何でもないとか言っておったのじゃ。ワシ、そんなに迷惑かけたかの?」
「いや、まぁ……うん……みんな無事だったし気にしてないよ」
「そうじゃろ? そうじゃろ? なのにあいつときたら、いつもぐちぐちぐちぐちと……」
いつもということは、あまり反省しないタイプらしい。
少しだけ、そのもう一人の巨人の王様に同情してしまう。
「して、かざりん。ヨトゥンヘイムで何を売るのじゃ?」
「まずは、ここで作ってる服や革製品ね。この前、向こうに行った時──」
ヨトゥンヘイムは機械技術が発展した異世界。
そのため、ほとんどの物は機械で自動制作だ。
店先に置かれていた99%くらいがそれに当て嵌まっている。
残り1%は、数少ない職人の手による手作りのブランド品。
これが異常に高値で売られていた。
機械に圧されて職人が減った状況でも、消費者は手作りという価値を求めているのだ。
オマケに、異世界間の商売ならライバルは皆無だ。
異世界を渡れるような力持つ者達は、そもそも金に興味が無いのが多い。
異世界の品が売られていても、それは趣味程度で規模がとても小さい。
「という感じでいこうかな、と。手作りという保障はスリュムちゃんが確認して太鼓判押してくれるか、工房にカメラをつけて作業風景を見られるようにとか」
「なるほどのぅ。双方の物価の違いもあるし、儲けは出そうなのじゃ」
「でも、もう一つ……全ての商品を牽引するようなインパクトあるモノが欲しいのよね……」
あたしは、スキールニルを見詰めた。
丁度、桶を水魔術で満たしていた所だった。
「スキールニル、ちょっと頼みが……」
「……風璃さん。私、協力出来る事なら何でもします」
ぐへへ……いい心がけよのぅ。
では、してもらおうか。
「ちょっと、スキールニルの聖水を売りたいの」




