52話 金貨と奴隷(ふたり親友)
あたしが、スキールニルと出会ったのは、エーデルランドに降り立った初日だった。
この街に来て散策している時、孤児院の子にぶつかられ、彼女が謝ってきた。
その後、孤児院の様子を見に行くたびに会うことになり、段々と親しくなっていった感じだ。
身寄りのない子供達に尽くす姿は、あたしの親友と姿が重なっていった。
実際の見た目は似ていないが、それでも似ているのだ。
孤児院で生活しつつ、周りの子の面倒を見ていた藍綬。
いや、地球では児童養護施設か。
色々な事が起こり、もうあの子は引っ越してしまった。
最後にくれた手紙には『必ずまた、笑い合いたい』と書いてあった。
本当にあたしは、藍綬を助ける事が出来たのか分からない。
だけど──。
「さっさと、スキールニルをよこせってんだ。俺の所有物だぞ? 何ならお前らが言い値で買ってもいいけどな」
「──ええ。それならいくらでも払いましょう」
「なっ!?」
「だって、彼女が物ではなく、親友、家族と証明する事が出来るんですもの。安いものよ」
それでも、何度でも助ける。
それが例え、あの子を助けられたという幻想だとしても。
「はぁ? 本気か……?」
「あなた、見る眼が無いわね。それにこんな優秀な子、ちゃんとした立場で雇うべきだったのよ」
藍綬の笑顔を何度でも思いだし、何度でも助ければ良い。
あたしは、ちゃんと見ている。
スキールニルは助けるべき人間だと。
「その服……異邦人か?」
「そうよ。早く欲しい金額を言いなさいよ」
強気のままなあたし。
ひげ面の男は、今までの野生むき出しのような表情から一変。
こちらの身分から、値踏みを始めた。
舐めるような視線が気持ち悪い。
二回りくらい年の差がありそうなあたしに、なんて目付きをしてくるんだか。
地球だったら事案送りにしてやるところだ。
「そうだな。異邦人ってのは色々と常識が通用しねぇ……交渉成立した後に殺されるリスクも考えれば……」
酷い言われようだ。
少なくとも、あたしの考えでは交渉は公正に。
その評判も後々の商売に響くため。
「これくらいなら良いか。それじゃあ金額は──」
提示された額は、小国一つの国家予算に匹敵する金貨の量。
さすがにありえない。
これはつまり……。
「どうだ? 無理だろう。そりゃ、珍しいハーフエルフの奴隷なんて手放す気はねーからな」
「払うわ」
「は? 今なん言った?」
ひげ面の男が見せる間抜け顔。
これを見られるだけでも、言い放ってやった意味はあったというものだ。
「それくらい楽に払ってやるって言ったのよ」
「マジかよ……」
「ただし、一ヶ月は待つこと。こっちじゃ、下らない現物の金貨じゃないとダメなんでしょう? まぁ、電子マネーならすぐにでも──」
「で、電子マネーとやらはわからねぇが、本当なんだな!? 金貨なら本当に一ヶ月で用意するんだろうな!?」
ブラフにかかった。
これで『じゃあ電子マネーで送金してくれ』とか冷静に言われたらアウトだった。
エーデルランドがファンタジー的な世界で良かった。
「ええ、今ある資産から金貨を調達するだけよ。この世界は原始的すぎるから調達が大変だけどね」
もちろん嘘である。
いくら街の工業に一枚噛んでいても、運転資金諸々でそこまで自由に使う事は出来ない。
要求された金貨なんてものは、今の段階では用意できない。
「あんたの出身とかはよくわからないが、異邦人って事で一ヶ月だけ待ってやるよ。おい! お前ら、隠れてないで引き上げだ!」
ひげ面の男が大声を上げると、孤児院の周辺に潜んでいた男達が姿を見せた。
たぶん、スキールニルをさらうための伏兵だったのだろう。
意外と用意周到な男である。
「だが、いいか? スキールニルには、本人も同意した使役魔術がかかっている。俺を殺そうとしたらソイツが発動するし、一ヶ月以内に逃がそうとしても同じ様な事ができる」
「する理由がないわ」
やばいなぁ……いくつかの手が封じられてしまった。
「よし、それじゃあお前さんは対等な交渉相手だ。名前は?」
「風璃。尾頭風璃よ」
「さすが異邦人だ、珍しい名前をしてやがる。俺は山賊の頭領をやらせてもらっている。いいか? 一ヶ月後が支払い期限だ。細かい調整は、街の離れの教会跡を根城にしてるからそこに使いでも出してくれや」
去っていく男達。
──さて、どうしたものか。
心配そうにしてるアルマジロが、足下にコツンとぶつかってきた。
藍綬も、あたしが無茶をすると心配してくれたっけ。
そういう所は似てるか、この子も──。
「名前まだだったよね。ランってどうかな?」
あたしに身をすり寄せるアルマジロ──ランは、まんざらでも無さそうに見えた。




