50話 孤児院とアルマジロは、あの子との大切な(思い出)
あたし──尾頭風璃は異世界エーデルランドの街へ降り立っていた。
以前、靴をペロッたりした場所だ。
正直アレは思い出したくないが、孤児院の様子見でちょくちょく立ち寄っている。
映司お兄ちゃんからは、なるべく異世界へ1人で行くな──とか、絶対に街の外へは出るなと口を酸っぱくして言われている。
それなりに大事にされていると思えば嬉しいが、まだ子供扱いされているとも取れるために複雑でもある。
「かざりんよ、お主は人気物じゃのう」
「急にどうしたの? スリュムちゃん」
横を歩く、可愛い霧の巨人の王。
映司お兄ちゃんが、コレを持っていけと付けてくれたのだ。
コレ扱いは酷いが、スリュムちゃんもまんざらでは無かったので一緒に行く事にした。
「街ゆくだけで、住人達がお主の事を畏敬の念を込めて見詰めておる」
「……あー、うん……さらし者みたいな状態とも言うね」
この異世界にも記者という耳の早い者は存在していて、靴ペロで街を救った英雄少女として認知されてしまったのだ。
思い出すだけで顔が朱く染まってしまう。
一刻も早く往来が多いメインストリートから抜けて、孤児院のある方へ移動する事にした。
──歩く事、数分。
「こっちの方は少し寂しい感じなのじゃ」
「うん。街の工業で少しずつはどうにかなってきてるけど、やっぱり国全体としての貧富の格差とか、制度とか色々ね」
石畳で鋪装された硬い道から、ただの土へと足の感触が変わった。
大っぴらではないが、未だに裏では奴隷売買などが行われている。
地球とは違う、そんな異世界なのだ。
華やかな物語の世界は、場所を変えれば違う面を見せ実感させてくれる。
盗品を売りさばく店、香水漂う娼館。
前は小規模な奴隷市もあったらしいが、今は潰れて無くなってしまった。
やせ細った人間達や、ガラの悪い人間達がたむろする小道を進んで行くと──孤児院が見えた。
「とうちゃ~く」
木造の大きな建物──適切に言えば、ほったて小屋だ。
馬小屋よりはマシで、納屋より多少劣るかもしれないくらい。
だが、あたしが来てから雨漏りしてる箇所を修復したり、食事をキチンと食べられるようにと改善はしていっている。
元は奴隷市の建物の一部だったものを使っているため、頑丈というのは素晴らしい。
「あ、風璃お姉ちゃんだ」
「かざり~!」
孤児院に近付くと、その前で遊んでいた小さい子達が近寄ってくる。
出会った当初は靴も履いていなくボロボロの服だったが、今は生産職で働いている元孤児院の子からの支援で靴も服も綺麗なものだ。
「やっほ~、元気してた~?」
頭を軽く撫でると、眼を細めてニッコリと笑う子供達。
あたしは、こうして安心して笑える場所を作りたいのかも知れないと改めて思った。
表情で無理に笑うとかじゃなくで、心が微笑めるような。
「ね~ね~。男の子達が、あっちで動物をいじめてるの……」
「よしきた! 風璃お姉ちゃんに任せておきなさい!」
女の子に連れられ、孤児院の裏手へダッシュする。
優しくするだけではなく、叱るのも役目である。
「この丸いの、すげー守備力高そう」
「防具作れるんじゃね! 防具!」
3人の少年が屈みながら、何かを木の棒で突いていた。
非常に無邪気で楽しそうである。
「こら~! そこの~!」
「うっわ! やべぇ、風璃だ!」
「ひえぇ」
びびる少年達。
そこまで反応してくれると、割とあたしも楽しい。
……い、いや! そういう事じゃない!
ここは立派にお姉さんとして──。
「ん? 何このボール?」
少年達の中央には、一つの球体が転がっていた。
色はライトブラウンで、光沢を持っている。
棒で突いていても、形状変化は無かったために硬質である事が見て取れる。
「ほほう、これは……」
後ろから追い付いてきたスリュムちゃんだけが、何やら知っているようだ。
何か見た事あるけど……何だったっけな。
「ボールじゃねーよ。何か急に丸くなったんだ」
「丸く?」
しばらく観察していると、それは変形した。
いや、丸まっていた状態から、四肢を地面に付けたのだ。
そして覗くつぶらな二つの瞳。
──思い出した。
「アルマジロ、アルマジロだこれ!」
「へぇ、異邦人はそう呼ぶのか。さっき、そこにいるのを見付けたから突いていたんだ」
あたしは思わず感嘆を上げた。
昔、親友だった藍綬という子がアルマジロ好きで、写真とか動画では見せていてもらったが実物は初めてだ。
普段の重戦車のような出で立ちと、寝る時の仰向けのモフモフ無防備やわらか具合のギャップが可愛いのだ。
「よし、裏返そう。そうしよう」
「風璃お姉ちゃん……いじめるのを止めに来たんじゃ」
女の子から非難の眼で見られているが、そんな事はもう関係無い。
「これは違うの! 愛でようとしているの!」
可愛い物を可愛がる事を誰が止められようか。
動物本人が迷惑そうだったら、後でお詫びとして沢山撫でてあげたり餌をあげる事で許してもらう、カーストピラミッドトップ! 人類の傲慢作戦!
全力だ!
「え~。見付けたの俺達だし、勇者の防具とか作れそうじゃんそれ」
「良い? アルマジロは確かに矢くらいなら弾ける強度を持っているわ。だけど取れる素材は少ないし、加工技術が無いと無駄にしてしまう。それに解体したり、肉だって調理できる?」
あたしは真顔で反論しつつ、アルマジロを裏返して、柔らかい毛並みの部分をサワサワした。
アルマジロは気持ちよさそうな眼をして、こちらを見ている。
「生き物を相手にするのなら、きちんと無駄のないようにしなきゃダメ。遊び半分で命を奪うなんて金銭的な面でも以ての外! ちゃんと防具加工技術と、調理技術を磨いてからにしなさい!」
ああ~、幸せ~。
裏側モッファモッファ~。
「風璃お姉ちゃん。言ってる事と、やってる事と、表情がバラバラだよぉ……」
一回り近く年下の女の子に突っ込まれる今日この頃。




