49話 鯉乙女(パクパクモグモグ)
最後の試練、リビングにてフェリと向き合っていた。
……フリンとの会話は、普通に数秒で好かれている事を聞き出せてしまったので省略する。
そもそも、フリン相手の場合は動揺するような事も無いしな。
嫌いとでも言われたら転げ回っての悶絶モノだが。
「というわけでフェリよ」
「……な、なに?」
さすがに神殺しの狼も、完全擬態スリュムの前だと居心地が悪そうだ。
俺とはテーブルを挟んだ位置で、椅子に座りながら器用に縮こまっている。
大きめの胸が潰れ気味で変形しているのが眼福である。
「映司の事を聞きたいのじゃ」
「なんだ、そんな事か。てっきり、昔に盗み食いした事を怒っているのかと……」
「それは、今からお主が正直に話すかによるかの」
どうやら昔、何かあったようだ。
完全擬態している思考パターンからすると、スリュムの方はそこまで怒ってはいないので深刻な事では無いだろう。
「話す、何でも話すから!」
よほど後ろめたいのか必死になっている。
動揺してか、フェリの耳と尻尾はせわしなく動き続けている。
可愛い奴め!
さてと、いざとなったら何を聞くか……迷う。
いきなり、映司の事が好きか? と聞くのも何かなぁ。
かといって、天気の話から始めるわけにもいかない。
ここはいっそ、男が1度は聞いてみたい下着の色とか──いかんいかん!
邪な俺死ね! 三回くらい死ね!
大体、俺が洗濯する時に見ているだろう!
「どうした? 何かエイジの事を聞きたいんじゃないのか?」
「ん、ああ。そうじゃの~」
そういえば、俺が洗濯する事に関しては平気なのだろうか。
普段は聞けないな、これ。
「映司がお主の下着を洗濯することについてどう思うかの?」
「うん? ありがたいとしか思わないけど」
セーフだった。
感謝までされちゃったよ!
「エイジは料理も作ってくれるし、好き」
す、すすすすすすすすすす好きだって!?
……い、いやいや。
そういう好きじゃないだろう。
好きな料理を作ってくれる的なアレだろう。
危ない、こんな事で超動揺して完全擬態が解けてしまう直前だった。
まぁ、オチは分かってるから、もう少しだけ踏み込んでみるか。
こんな機会は滅多にないしな。
「異性としてはどうなのじゃ?」
「いせい?」
「夫婦になりたいかという意味での好きかどうかじゃ」
作ってくれる料理は好きだけど──という答えがくるぞ!
対ショック姿勢を取れ全俺!
「え、あ……えとね……エイジは誰かのために一生懸命になったり、自分が弱いと分かっていても何かに立ち向かったり、こんなワタシに優しくしてくれたり……」
おや? あれ?
え、なにこれこのながれ。
ちょま?!
「だから、す──」
「す!?」
「……エイジ、完全擬態解けてるよ」
俺は、いつの間にか男の声に戻っていた。
つまり、そういう事なのだろう。
……サッと血の気が引いた。
「えーっと……完全擬態の練習で、動揺した時に対処できるかどうかというのをスリュムの協力の下にだな──」
いつになく厳しい、フェリの軽蔑の瞳。
直視できなくて目を逸らしてしまう。
言い訳をしようとしているが、俺が悪いのは心の底からわかってしまっている。
「その……つまり……フェリ」
椅子から飛び降り、全力で土下座。
頭を床に擦り付けて、擦り付けて、擦り付けて、擦り付けて──。
「ごめんなさい! 一番、フェリ相手だとドキドキするかなって思って! 本当にごめんなさい!」
誠心誠意、謝る。
本当に謝罪しなければいけない時は、自分が100パーセント悪いと表明する事が大事である。
特に女性相手には、下手に嘘を吐いたりすると100倍のダメージが返ってくる。
あと、床に熱した鉄板を置けばいいのだが、普通のご家庭には土下座専用の鉄板は置いてない。
「まぁ……そういう事なら許してあげないこともないけど」
バッと顔を上げ、フェリを見詰める。
そこには、いつもよりイタズラっぽい笑顔で──。
「ただし、ワタシには2度と完全擬態は使わない事。もし約束を破ったら神殺ししちゃうよ?」
「は、はい……」
圧倒的な恐怖。
総毛立つとは良く言うが、この場合は身体の細胞一つ一つが反応しただけではなく、エーテル全てが震え上がっていた。
この約束を破った時は、確実にやばい時だろうと分かっているためだ。
「それならよろしい! あとね~あと~……今日の夜ご飯は唐揚げで!」
その後、しばらくはフェリの好物が続いたという。




