46話 ラッキースケベとは(ゴミを見る眼)
「本当にごめんなさい、寝惚けていました」
宿屋の二階。
シィに申し訳なさそうに謝罪され、ここに招き入れられていた。
木造の古い建物だが、部屋は小綺麗にされており、逆に味がある田舎の別荘のように感じられる。
ベッドやテーブル、クローゼット等が置いてあり、標準的な宿屋というやつだろう。
「済んだことは、もういいのじゃ! あやつらに絡まれて困っておったからの!」
スリュムだったらこう返す、というパターンをそのまま口にする。
今は特に動揺もしていないので、完全擬態は安定している。
眼をぎらつかせた野郎と、お姉様貴族に襲われそうになったさっきが例外すぎるのだ。
「ええと。それでお主が困っておると映司から聞いての、駆け付けたというわけなのじゃ」
「あ、すみません。ちょっと寝間着なので着替えます」
突然、シィはクローゼットを開けて、いつものローブを脱ぎ出す。
そして、下着だけの状態でいつものローブを取り出す。
一瞬、理解出来なかったが……寝間着用のローブと普段着用のローブがあるのだろう。
──いや、ちょっと待て……目の前に下着の女性がいる。
「う゛ぇ゛っ!?」
さらに遅れて脳に到達した理解。
それは、今までのどんな状況よりも動揺を誘う物だった。
驚きの声の一つもあげよう。
「え、あれ……オズエイジ……なんでここ……に?」
さっきの吹き出すような俺の声は、いつもの男の声に戻っていた。
そして、慌てて自分の身体を見ると男ボディ。
元の俺の身体である。
間違いなく、完全擬態は解かれて……オワタ。
「い、いやああああああ」
本日二度目の魔法を食らったのであった。
* * * * * * * *
「本当にごめんなさい。ラッキースケベとか狙ってはいなかったんです」
着替え終わったシィに平謝りする俺。
さっきとは立場が逆転である。
「あ、うん……。済んだことは……まぁ……うん……」
こういう時、意中の相手同士だと顔を赤らめてツン状態になったりするものだが、二人はそんなに知った仲でも無かった。
かといって、無関係なわけでもない。
結果、シィは普通にへこんで、俺は普通に気まずい。
「さっきも言った通り、ちょっと能力の慣らしというか何というか……」
「そんな事より──」
そんな事扱いされてしまった。
いや、本人がそれで済ませてくれるのなら一番良さそうだ。
俺は下着を見てしまった側なのだ。
平均的な体型といえば聞こえは悪いが、胸のサイズは大きすぎず小さすぎずで丁度良く、身体全体も痩せすぎず太すぎずで均整が取れている。
だが、顔は平凡ではなく、フードから出した状態ならかなり可愛い。
さっきの寝起きっぽい半眼もポイントが高い。
いやいやいやいやいや何を思いだしている、俺。
「さっきのシチュエーションって、男の人……特に地球育ちの場合は嬉しいの? グッとくる?」
予想外の質問が飛んできた。
シィは、食い付くように距離を詰めてくる。
獲物を狙う肉食獣のように。
「ねぇ? どうなの?」
どうと聞かれて、どう答えるのが正解なんだこれ。
一歩間違えばまた魔法の射的大会が始まりそうだ。
今までのは俺が悪かったので、ちゃんと律儀に受けていたが肉体的に持たなくなってきた気がする。
紳士として死ぬのだろうか……。
だが、死ぬのなら前のめりだ。
正直な紳士として死のう。
「ラッキースケベとは男の浪漫! 唐突、偶然、そんな流れ星に出会うが如く尊い願いが込められ、地球ではラッキースケベの星の下に生まれた者は宇宙の王になれると言われています!」
思いの丈を吐き出した、さぁ死のう!
シィの顔を見ると、案の定ゴミを見るような目つきをしていた。
だが、思案げな顔に移り、何かを閃いた快晴の表情へと転化した。
架空の大発明を思い付いた子供のような無邪気な笑顔。
「そうか! 男の人はそうなんだね! 僕は勝利を確信したよ!」
それから長々と話を聞かされた。
相方であるリバーサイド=リングの態度が一変して、街道の馬車側から守るように並んで歩くようになったり、酒場のドアをレディーファーストで開けてくれたりと。
だが、一向に手を出してこない。
逆にこっちが勇気を出して手を握ろうとすると、全力で手を引っ込められる。
宿屋も空きがないときは同室の時もあったのに、今は空きがないと女性の自分だけ宿屋で、向こうは野宿。
「というわけなんだよ! だから、僕は地球出身者の事を~っだねぇ!」
ちなみに、一人称を女らしく『私』にしたものの、普段は慣れなかったので『僕』のままらしい。
リバーサイド=リングと一緒の時に私と言うと、ビクッとされたりもするとか。
「な、なるほど」
延々と聞かされる恋の相談やら愚痴のようなもの。
俺自身の事でさえ精一杯なのに、こんな事を聞かされても相づちを打つのが精一杯だ。
奥手な俺を舐めてはいけない。
だが、意中の相手が自分の事をどう思っているか気になるのは同意だ。
そして、それを他人として聞き出す手段は持っている。
ちょっといけない事な気もするが、これも完全擬態で慣れるためだ。
仕方ない、うん。
仕方がない。
俺が、フェリにどう思われているのか直接聞くことは仕方が無い。
「──僕が、うまくそのラッキースケベとやらをリバーに仕掛ければ……。ギミックは大きければ大きいほど良い……でゅへへぇ」
何やら不穏なことが聞こえてくるが、下手に踏み込むと危ない気がした。




