45話 女装では無いのじゃ(女装じゃねぇ!)
俺──尾頭映司は女子である。
外見的には、パンを加えて登校すれば同級生の王子様と衝突で挨拶したり、可愛い小動物型の外道畜生が魔法少女の契約を迫ってきそうである。
今はプリティーに死んだ魚の眼で、異世界の路地裏から辺りを窺っている状態である。
向かいに、勇者リバーサイド=リングと、魔術師シィ=ルヴァーが泊まっている宿屋が見えるが、そこまで通りを横切る勇気がない。
身体的には少女そのものだが、精神的には女装しているようなものですわよ……おほほ。
……つまり身体は少女、身体は少女……うん。
そこで、ふと……いやいや。
邪な考えは止めるんだ尾頭映司。
いくら健全な男子でも、そんな変態的な行動は……。
「おおっと、左肩がかゆいぞ。右手で掻くしかない」
誰にも聞こえないくらいの小声。
なぜ独り言を言ったのかは謎のプライドかもしれない。
さて、右手で左肩を触るとどうなるか。
……二の腕に胸が当たる!
仕方なく当たる!
そう! 仕方なく!
──何やってるんだろ、俺。
素晴らしい感触だが、同時に罪悪感が沸いてくる。
スリュムへは全くだが、フリンの教育に悪そうな行動をしているという事に……。
それだけは人として越えてはいけない一線だ。
分かってくれ、男子な俺。
こんなどうしようもない誘惑に動揺している程度では、序列を上げていく事も出来ないだろう。
「よぉ~しっ!」
スリュムの声なので、ちょっと気合いを入れるだけで可愛い感じになるのが癪だ。
「思い切って、通りを渡って宿屋まで……」
通りの大きさは、現代基準に言えば車4台行き交う道程度だろうか。
ここは異世界なのでアスファルトが敷かれていたりはしないで、砂埃が舞う土の地面だが。
日中なので道行く住人や、ちょっとした露天がチラホラあったりするくらいだ。
……よーしよしよし──右良し、左良し、今なら人通りが少ない。
俺は焦らず……、ゆっくりと……、一歩一歩……、進んだ。
ミニ浴衣とは恐るべきもので、何か太股とか、ダッシュで移動すると大変な事になるのだ。
女子の皆さんは突然、全力疾走したくなった時はどうするのだろうか。
通りの中盤にさしかかったところで、何やら周りが騒がしくなった。
俺の事か? と思ったがそうでも無いらしい。
「チッ、この町はいつも通りにシケてやがんな! わけぇ娘はすぐ隠れちまうし、今のご時世、奴隷も簡単には手に入らねぇ!」
左からの地獄。
何やらガラの悪そうな、毛皮装備の厳つい男達の集団。
「まーあ、この町はいつも通り庶民らしいざますね。可愛い娘は私が眩しくて逃げてしまうので百合百合できないざますよ」
右からの地獄。
何やら無駄に気品溢れる、豪華絢爛な女性貴族とお付き達。
「あわわ……」
その真ん中にいる俺。
嫌な予感しかしない。
このタイミングで、このフラグ。
「おっ」
「あらまぁ」
両サイド、会話内容的に女の子を求めているらしい2集団。
それらの視線が、可愛い少女となっている俺に突き刺さる。
たぶんどんな魔法攻撃よりも痛い。
左右をチラッと見た後、足早に立ち去ろうとするが──。
「待て」
「待ちなさいな」
ユグドラシルがお遊びで作った様な最初のステータス……巻き込まれ体質は未だに健在のようだ。
表記から無くなっていたので油断していた。
「ど、どうしたのじゃ? ワシに用かの?」
今の俺はスリュムなので、あの独特の馬鹿っぽい喋りで通さなければならない。
さすがに、いくら外見が可愛くても喋りがこれじゃ──。
「ほう、珍しい話し方じゃねーか。どうよ? 俺のアジトに来て遊ばねーか?」
「随分と雅な口調と服装ね、私も貴族として興味が沸いてきたわ。こちらの別荘で朝まで語り明かしませんこと?」
……さきっちょだけだから、のオーラを感じる。
いや、片方は女だから百合のオーラもか。
どんだけ飢えてるんだこいつら……、スリュムは本当は超大きい巨人だぞ? 進撃しちゃったりするアレより、ずっとでけぇんだぞ?
いや、待てよ。
もしかして、俺はスリュムの正体を知っているからイマイチ乗り気じゃなかったのか。
他から見れば、ただののじゃのじゃ言う馬鹿っぽい少女だ。
それも、かなり上玉の。
「おい、俺が先に声をかけたんだ。どこか行けよババア」
「はぁ? こんな可愛い子が、あんたみたいな野蛮な野郎に釣り合うわけないじゃありませんか」
俺を取り合うのは止めて!
そしてどうにかしないと、野郎の家に連れ込まれるか、百合の家に連れ込まれて色欲的な朝ちゅんってしまう。
若干、女体を見られるなら百合でもいける気も……いかんいかん!
そうこうしている内に、左右の集団は一触即発。
血で血を洗うヤクザ映画のBGMがかかりそうだ。
これは非常に不味い。
もう魔法でぶっ飛ばしてしまうか?
いや、ボロを出して後々、完全擬態がバレては元も子もない。
こうなったら、俺の女子力を全開にして話術で解決するしかない。
大丈夫だ。
根拠はないが、きっと大丈夫だ。
「そ、その……出来る事なら何でもするから……お互いに危ない事はやめて欲しいのじゃ……」
上目遣いでチラッと、奇妙ながらも自己犠牲の言葉。
両腕は小動物のように縮こめながら、半握りの手で顔の下半分を隠しながらおずおずと。
「か、可愛い!」
「可愛い!」
……スリュムの思考パターン、意外と可愛いを研究してるからか役に立つな。
「もう我慢できん! 連れ帰るぞ!」
「ええい、全力よ!」
全く役に立たなかった。
こいつら、頭のピンク色のお花畑でハウステンポスでも作れるんじゃねーか?
地球のお巡りさんがいたら事案としてどうにかしてくれそうだが、遠目で見て見ぬ振りをしている兵士っぽい奴らは本当に使えない。
お前ら、今助ければこの俺のヒーロー状態で一目惚れしてやるというのに……。
というか誰か助けてください。
こんなので俺の貞操散らされるとか誰の得にもならない。
「そこまでよ!」
響き渡る凛とした声。
ソレはまさに俺の王子様──。
「この魔術師シィ=ルヴァーの睡眠を妨げるとか……全員ゾンビの実験材料か、灰にして元我が家に撒いてやるから」
宿屋二階の窓から顔を出す人影。
紫のローブに金色の刺繍を入れた、実は可愛い少女だったシィ……その人であった。
「ワシの王子様なのじゃ!」
「誰が男だ!」
直後、辺りを風と土の魔法が、人権無視の暴力嵐を巻き起こした。
その後もいくつか八つ当たり的なものが地面をえぐり、道は平坦で無くなった。
もちろん、立っている者は一人もいない。




