43話 異世界に名探偵がいない理由(わけ)
あれから一日が経った。
現地の病院に運ばれ、今はベッドの上だ。
……といっても、身体は外見的には問題無い。
エーテルを消耗しすぎたため、大きな魔法が使えない程度だ。
巨人の医者が言うには『この状態でも頭を吹き飛ばされたり、心臓を潰されたりしなきゃ平気な状態ですよ』との事らしい。
さらっと恐ろしい発言をしてくる医者だったな。
そんなこんなで、ずっと寝ていて暇だった。
本当は睡眠すら取らなくて平気な身体だが、長年の習慣というものもあって、リラックスも出来る。
──ゆっくり休んでいられるのも、今回の問題が解決したらしいからだ。
あのメイドさんから色々教えてもらった。
最初に出会った執事の格好をした奴が、スリュムとは別系統の命令を受けて、フリン処刑とかデマを流してまで『巫女の予言』を手に入れようとしたのだとか。
当のスリュムも同じ様な事を頼まれていたらしいが、興味はほとんどフリンへ向けられていて、そっちの方は適当に忘れていたらしい。
たぶん、スリュムも途中から真相に気が付いていたのだろう。
……そういえばスリュムはあの後、同じようにエーテルを消耗しても、身体はピンピンしているという感じだった。
何か『ちょっと、もう1人の巨人の王に会いに行ってくるのじゃ』とか言って退院してしまった。
まぁ、今いる豪華な個室とかも用意してもらったし、悪い奴ではないのかもしれない。
人さらい、いや、神さらいだが。
フリンをさらって、ひたすらゲームをやったり、お菓子を食べたり、ガールズトークをしたり、パジャマパーティーをしたりを望んでいたらしい。
女子か! ちょっとお泊まり気分の女子2人か!
もう、そんな芸人のような突っ込みしか出てこない。
大変、ご丁重に扱われたそうだ。
そして、フリンが飽きてきて帰りたいと言い出して、強引にさらった手前どうしようと悩んでいたらしい。
そんな中で執事が暗躍したり、俺達が突撃したりでややこしくなったと。
後は戦闘狂の血が発動して、この有り様だ。
「はぁ……」
溜息一つ。
俺は、何のために必死になったり、片眼を捧げたりしたんだか。
今は左目だけ完全擬態の応用で誤魔化しているが、もしそんな能力が無かった場合を考えると冷やっとする。
「映司お兄ちゃん、溜息なんて吐いてどうしたの?」
ベッドの横で、雑誌を読みながら椅子に座っている妹。
──風璃が読んでいるのは、巨人族のファッション雑誌らしい。
「いや、俺がやらなくても、何か解決してたんじゃないかなーと……」
「んー」
風璃は顎先に人差し指を当てて、眼をつぶって考えていた。
そして、優しく笑い──。
「映司お兄ちゃんが迎えに来てくれて、フリンちゃん凄い喜んでたよ」
「そ、そっか?」
「もしこうだったら~、とか、こうしてれば~、とかよりさ」
ベッドにグイッと迫り、寄っかかるように顔を近付けてきた。
「誰かのために、何かをしてあげたという事が大事なんじゃないかな」
「……えーっと。お前、風璃か?」
こんなまともな事を言うなんて、きっと俺のように誰かが完全擬態して──。
「こんな可愛い妹、他にどこを探してもいないっての。これからもフリンちゃんの手を離さないようにね」
「まぁ……大きくなるまではな。それくらいは責任を取るさ」
「よーし、映司お兄ちゃん、元気出たね~?」
声のトーンが一つ高くなった。
このパターンは、何となく知っている。
「ショッピング行こうショッピング! スリュムちゃんのメイドさんが、お詫びがてらに何でも買っていいって!」
うん、やっぱり俺の妹だ。
* * * * * * * *
「それで、疑似空間の中では七日間だったんだけど、こっちの時間では一瞬で──」
「映司様! まだお休みになっていた方が良いのでは!? 私が尽きっきりで看病しますから!」
「ちょ……オタル近い。全体的に近い」
スリュムヘイムのショッピングモールを歩く俺、風璃、フリン、フェリ、メイドさん。
それと現地で合流したオタル。
ここはショッピングモールと言えばそうなのだが、規模や水準が段違いだった。
天井はちょっとしたビルが入りそうな大きさの吹き抜けで、広さは町レベル。
3Dホログラフィック映像の広告が宙を飛び、ドラム缶のような掃除ロボットや、ひょろ長いお喋り案内ロボット等が出迎えてくれる。
それなりに客入りの多いメインストリートで左右を見回すも、どれも人間サイズで収まってくれているのがまだ救いだろうか。
何というか、完全にSF世界であった。
「映司様、フリン様。今度、旅行に行きませんか? この広告にある、自然衛星ASO2001へのモノリス探索ツアーとかどうでしょう! 地球のお月見みたいなものになると思います!」
「な、何かやけにグイグイと押してくるなオタル……」
オタルは、俺の言葉に反応したらしく、頬を膨らませ詰め寄ってくる。
巨乳だったら当たっているが、オタルの場合はセーフだ。
「当たり前です! 映司様がスリュムと殴り合って病院に……と聞いた時は生きた心地がしませんでした! もし何かあったら、私は後追いしますよ?」
……重い、想いが重い。
「なので、今日はたっくさんサービスしてもらいますから」
左腕に抱きついてきて、今度は小さいながらも当たってしまっている。
アウトや! アウト!
何かすっごい、肩に顔を密着されて……スーハースーハーされている。
「あ、フリンもする~」
右側の幼女様も真似しようとするが、背的に届かず手を繋いで歩くに収まった。
風璃から呆れられた顔で見られているため、どうにかしたい……。
だがオタルには、スリュムとは直接戦わず、用意してもらった物は戦闘回避のために使うとか嘘を言っていた手前どうすることも出来ない。
それにアレがなければ、俺は間違いなく霧の巨人の王の拳に潰されていただろう。
何か巨人殺しのヒゲとか貴重なものも使ってくれたらしいし。
しょうがないので、今日はとことん付き合う事にした……。
──からの~地獄だった。
長い、ひたすら長い買い物。
小物選びに数十分、服屋で数十分、化粧品で数十分。
やっと終わったかと思ったら、さらにハシゴハシゴハシゴハシゴ……。
うわあああああああああああああああああ。
俺は待合用の椅子と一体化した。
「エイジ、暇そうだな」
買い物中の女性陣から1人離れ、フェリが話しかけてきた。
「い、いや……俺は化粧品とか使わないから……女装趣味はないから……」
「ふむ、ワタシもだ」
妙につやつやとしているが、たぶん久しぶりに戦えたからだろう。
話によると、あの時はガタイの良い巨人達が数十人転がっていたという。
それも、相手側も満足そうな顔をして倒れていたと。
戦闘狂の国こえぇ……。
「──だがな、化粧品には興味は無いが! 食料品店は制覇したいと強く強く思っている!」
「……そ、そこなら俺も料理を考えながら楽しめるかもな」
俺はゲッソリとした表情で、再び椅子と一つになった。
今なら能力を使わなくても、椅子に完全擬態できそうだ。
神よ、お助けください。
「申し訳ありません。少々、化粧を直してきます故に」
今までは、自分は影と言わんばかりに買い物に付いてきてくれたメイドさん。
支払いはこれで、と黒いカードを手渡してきた。
急に化粧ってどうしたのだろうか? ……あ、いや、そういう事か。
* * * * * * * *
「悪魔が無慈悲な一撃をくれてやるよ」
ショッピングモールから数キロの距離。
そこにスコープを覗き込み、映司達を映す男がいた。
高い屋根の上──寝転がるような体制で構えるのは、黒光りする硬質な狙撃銃。
ただの銃ではない。
魔銃と呼ばれる、一流のドヴェルグが作成したエーテルを乗せることが出来る武器。
覗いているスコープは視覚的なものだけではなく、エーテルを通して壁越しに映司達全員を捕らえていた。
対多数用の特殊弾丸は、かなり遅めの初速で直進した後に分裂加速し、その一つ一つが彼らを貫くだろう。
「フェンリルと──その近くで守られそうな尾頭映司は生き残りそうだが、奴の関係者やフリンはやれるだろう」
男──執事の格好をした悪魔は、にぃっと口角をつり上げた。
獲物を仕留められると確信した狩る側の表情。
「出来ればメイドもやりたかったが、いつの間にかいなくなってるな……。まぁいい。これだけやれば、俺の気が晴れる。アイツめ、見てろよ……」
アイツから命令されてスリュムの元へ潜伏して、やっと出番かと思ったらガキのお守り。
手っ取り早く人質を使って交渉しようとするも、ガキにはガッチリとスリュムがまとわりつき、離れたと思ったら交代でメイドが世話をして隙が無かった。
本当だったらもっとスムーズに交渉出来ていたはずだし、ガキの処刑も実行予定だった。
だが、手間取っている間に中止命令。
執事はそんな事を思い出して、額に血管を浮かばせていた。
そして、それをぶつけるように悪魔らしいやり方で、何も出来なかったという失墜から自信を取り戻し、借りを返す。
トリガーに指をかけ、ゆっくりと絞り込んで──。
「死ね、ガキ共が!」
銃弾を放つ。
何千、何万回と反復してきた行動。
そしていつものように、スコープで覗かれていた者は死ぬという簡単なルール。
「なっ!?」
「見逃そうと思ったが、まさかここまで小物だったとは思わなかったのじゃ」
信じられない事に、弾丸を両手で防ぎ、逸らした少女が目の前に立っている。
霧の巨人の王──スリュム。
「お前は……ウートガルズへ向かったのではないのか」
「嫌な予感がして、ちょっとだけ寄り道をな。ワシの第六感は大体当たるのじゃ」
執事は元主人を前にどうするか決めかねていたが、その様子を見て確信した。
両手をぶらんとさせて、その大きなアザもそのままになっている。
そう、先日の戦いのエーテル消耗が残っているのだ。
「それは地獄への寄り道になりそうですね。霧の巨人の王をこの手で葬れるとは……尾頭映司に感謝しなければいけません」
「はぁ……つまらない奴じゃのう」
スリュムは、言葉と同様に飽き飽きしたといった表情をしていた。
「だから、あやつにも捨て駒にされるのじゃ」
「チッ、知ったような事を」
執事は狙撃銃に通常エーテル弾を装填、今度はスリュムの眉間に合わせる。
エーテルが消耗してる今なら、物理的な身体の重要器官を破壊すれば息の根も止められるだろう。
そこで、ふと気が付く。
いつの間にか、間近──吐息のかかる距離でナニかに顔を覗き込まれていた。
「ひっ!?」
飛び退いて距離を離す。
良く見ると、それは実体を持っていなかった。
「ほう、珍しいモノが見られたのじゃ」
それに対して、感嘆の声をあげるスリュム。
表面を霧のようなモノが覆い、かろうじて人型とわかる。
段々と色が付き、青と白銀の甲冑を纏った女性となっていった。
頭部には特徴的な──。
「その姿……頭に羽根飾り……まさか戦乙女」
オーディンにのみに仕える事を許された、物理的な身体を持たない死を運ぶ存在。
それが今、目の前で彼を見詰めている。
「い、一体なら何とかなる……。俺だって上級第一位の悪魔だ!」
だが、そこで気が付いてしまった。
突き刺さるような幾多もの視線。
風景から溶け出るように30体近い戦乙女達が歩み出てきた。
「は、はは……」
執事は笑うしかなかった。
戦乙女達が、一斉に傅く。
その中心に主人が立っていた。
「スリュムと同じく、あの子に手を出さなければ見逃したものを……」
メイドは、一振りの神槍を煌めかせた。
「お、お前は……あのメイドでは無いな」
「完全擬態。今回は、戦士の眼を欺くモノ──ヘルヴリンディとでも名乗っておこう」
* * * * * * * *
尾頭家リビング。
長かったようで短かったヨトゥンヘイムから帰宅した。
あの後、急にフェリが抱きついてきたりとラッキースケベはあったものの、地獄の食料品店巡りが開始されて酷い目にあった。
別れ際、メイドさんから『フリンを頼みます』と言われたが、いつの間にそこまで仲良くなったのだろう、二人は。
「あ~あ。地球へ持ち込めない食べ物が多くてがっかり……」
床に寝転がり、駄々をこねるようなフェリ。
その姿は犬その物であった。
というか季節的に冬だが床は冷たくはないのだろうか。
「何でも持ち込めるんだったら、俺だって売ってた実物大の巨大ロボット的な物をだな……」
「映司お兄ちゃん、あんなもの置く場所がないでしょ。庭の犬小屋だって片付けてないくらいなのに」
風璃はツッコミを入れつつ、休みの分の宿題を片付けている。
「ねぇねぇ、映司」
「どうした、フリン」
いつものテレビ前、定位置の幼女様。
また少年探偵が活躍するアニメに見入っている。
「やっぱり、異世界にも名探偵っていた方がいいと思うんです!」
……どんだけ熱望してくるんだこの子は。
まぁいい、適当に……いや、的確に答えておこう。
「あんな馬鹿げた奴らがいる世界じゃ無理だ、無理」
心の奥底からの答え。
……完全擬態が出来る俺も含めて、だ。
フリンはそれに納得したような表情をした。
「なるほど……確かにです。うちのおじいさまも割と何でもありで、誰かに化けたり、戦乙女侍らせたり、喋る槍振り回してたりしてますです!」
生前は、随分と物騒なじいさんだったんだな……。
まぁ、スリュムの奴も大概だったが。
「のじゃ~……。寒いのじゃ。外は雪が降ってるのじゃ……家の中に入れるのじゃ~。今は力が無くなって、ただの脆弱な可愛い少女なのじゃ~」
何か窓ガラスの外にへばり付く物体が見える。
うん、気のせいだろう。
「ええと、今日はシチューにでもするか」
「シチュー! 茶色いのか!? 白いのか!? それとも──」
「わーい」
「映司お兄ちゃん、よっろしく~」
やはり平和が一番だ。
「のじゃ~。こんな所に小屋があるの……。よし、ここを第三スリュムヘイムとするのじゃ!」
やっぱり、あの犬小屋……片付けておけば良かった。
名探偵がいない異世界は、今日も解決されない物語が続いていくのだろう。
あ、そういえば、何か事件の解決とか忘れていたような。
「のじゃ~」
【異世界エーデルランド】
【現在、異世界序列50121位→3006位】
【尾頭映司ステータス】
天上の階位:【上級第三位】
スキル:【賢神供物】
スキル:【完全擬態】
×使用不可スキル:【戦乙女使役】
×使用不可スキル:【必中せし魂響の神槍】
×使用不可スキル:【死者の館】
×使用不可スキル:【使い魔使役】
【ユニット加入:霧の巨人の王スリュム】




