37話 機械仕掛けの神(ユグドラシル)
俺──尾頭映司は、リビングで妹と目を合わせられなかった。
さすがに実の妹を意識した事は無いし、妹属性が好きだったような過去も無い。
どちらかというと、初めて妹に甘えてしまったシーンを目撃されてしまったのがきつい。
それも、ただでさえ男らしい自分アピールをしなければいけないフェリに……だ。
「どうしよう、俺もう生きていけない……」
「エイジ……そんなにもフリンの事を」
フェリが、優しい眼をしてソファの隣に座ってきた。
……何か勘違いされているが。
いや、フリンの事がショックで、今までグダグダしていたのも事実だ。
「そう、フリンを助け……たいのは山々だが、まずは現状を知らなければならない」
というわけで、スリュムとの戦いの後どうなったのかを、フェリに聞くことにした。
俺は、あの戦いの後すぐこちらの世界に戻されてしまったので、詳しくは知らないのだ。
話したくはないが、ユグドラシルに連絡を試みようとしても、フリンの加護が無いからなのか連絡が付かなかった。
「そうだな。ワタシが知る限りだと、あの後──」
スリュムは、フリンを連れて帰ってしまった。
もう一つの要求である『巫女の予言』を忘れて。
それを迷子状態から復帰したフェリが、あの魔術師に聞いたという。
何というか……スリュムは素で馬鹿なのだろう。
いや、それかフリン以外は自分の興味が向かなく、『巫女の予言』の方は誰かからの命令という可能性もある。
「というのを聞いたのがさっきで、急いでこっちに飛んできた!」
「さっきまで迷子だったのかよ! 何日間迷ってたんだ……」
「あ、あはは……美味しそうなニオイを辿っていったらどんどん遠くに……」
ケータイでも持たせておいた方がいいのだろうか。
いや、異世界では電波が届かない。
電話会社にアンテナ設置してもらうしかないが、それもなかなか難しそうだ。
もしくは、中継──。
俺は、ふと思い付いた。
「フェリ、例の魔術師と話す事って可能か? ユグドラシルのアレみたいに」
「お~、丁度それを言おうとしていた! こっちに着いたらエイジと話したいって言われてた。ちょっと待ってね……あまり頼りたくなかったけど、ユグドラシルを経由して……」
フェリは、たぶんユグドラシルの正体を知っていたのだろう。
俺とフリンは、ただの便利なモノかと勘違いしていて、本当の所はもっと恐ろしく強大な存在だった。
「これでどうかな」
『繋がりました。フェリさん、ありがとうございます』
久しぶりに見た、空中に浮かぶウインドウ。
そこに例の魔術師が映っていた。
格好は、あの可愛いアイドル的なものではなく、紫生地に金刺繍なローブ姿だ。
『ちゃんと名乗るのは初めましてですね、オーズエイジさん。私はシィ=ルヴァー。呪われし魔術師として、アナタに救われたものです』
「何となく正体は察していた」
『うん? いつからですか?』
「リバーサイド=リングを守るためか、必死になって叫んでいたじゃないか。持ち主として」
シィは、ローブのフード下で顔を赤くした。
俯いて、しばらく黙ってしまう姿は可愛く見え、とても呪われし魔術師とか異名を付けられるような人間には見えなかった。
『さ、さすがオーズエイジさんです』
「あの、そのオーズエイジって伸ばすの止めてくれないかな。尾頭映司ね」
『そうですか? アナタにふさわしい名前だと思いますよ』
意味が分からない。
まぁ、何か分かる人間にだけ、分かる意味が込められているのだろう。
『挨拶はこれくらいにして、本題に入ります。スリュムの執事から連絡があり、フリン様と巫女の予言を交換したいと言われました』
「本当か!?」
望みは見えてきた。
あのスリュムと戦わなくても済む手段があるのだ。
『ですが……』
一時、溜めるように沈黙。
申し訳なさそうな顔をして──。
『渡したくても、渡せないのです』
「ど、どうしてだ!?」
俺は、頼るものが少なすぎて気が逸ってしまい、ウインドウの向こうのシィに食い入るように迫ってしまう。
『スリュムが来る以前に、もう封印してしまったのです……自分自身でも解けないように』
「そう……か」
『これは、私のような不幸な人間を増やさないための処置です。私が、誰からも操られたり強要されたりしない精神状態で、十数年かけて解ける程度にしています。人間以外では解けないような仕組みをいくつも組み込んで』
よくわからないが、とてつもない念の入れようである。
『具体的な仕組み等は控えさせて頂きます。オーズエイジさんも人間ですので』
「いや、俺はもう魔法とか使えないから、たぶん解こうなんて思わないよ……。未来が分かるという、その宝も興味が無い」
「ええ、未来が分かっていても、それを誰かに示そうとすると頸城によって束縛されて、結局未来は変えられませんから……私では」
これでフリンとの交換は無理になった。
もうどうしようもないのか……?
「なぁ、フェリ? スリュムとフェリはどっちが強いんだ?」
「ん~」
珍しくフェリの思案顔。
数秒悩み、煮え切らないような声で返事をしてくる。
「戦った事がないから実際の所は分からないかな~。ただ、誰にでもあるような神性の欠片すら無い馬鹿さだから、ワタシの神殺しの力は全く効かない。旗色は悪いかもしれない」
「そっか……俺も、フリンの加護を正面から全力でぶつけたけど無理だった」
「え? なんで?」
フェリは、俺に対してきょとんとした表情を見せた。
こっちの方が意味が分からなかった。
「いや、だから全力をぶつけても……」
「エイジって、搦め手の方が厄介だったよ? 実際に戦ったワタシが言うんだから間違いない」
……そうか、俺は自身の強みすら分かってなかったのか。
それ程までに、フリンからの仮物である力を使いこなせていなかった。
「アダイベルグの時も、誰にも怪我させずに、すごいな~って思った」
「うん、あたしも妹としてビックリだったよ」
リビングの片隅で、ずっと目を合わせてくれなかった風璃からのフォロー。
「温泉の時も、力が使えないなりに頑張ってるのは、あたしも見てたし! ……覗きはアレだけど」
「覗きはダメだな、エイジ」
俺は褒められているのか、責められているのか複雑な心境だった。
いや、両方か。
素直に受け取っておこう。
「ありがとう」
「どーいたしまして」
そうだ。
わざわざ相手に合わせて真正面からやってやる事は無い。
俺は、俺なりの戦い方を考えれば良い。
「おい、ユグドラシル! 聞こえているか! もし聞こえているのなら、俺のステータスを出せ!」
俺は空を見上げ──いや、室内だから天井があるだけだ。
そして馬鹿みたいに叫んだ。
今までの事の八つ当たりか、糾弾するかの如く。
『映司様……ステータスというのは、ユグドラシルが勝手に余興で作ったものです。見るに値しないと提言致します』
響くオペレーターの声。
フェリ辺りを経由して届いたのだろうか。
「俺は、今までオペレーターさんと、ユグドラシルを信頼して、色々と付き合ってきたつもりだ」
『……はい』
「今回、スリュムに力を貸した事で不信感が出てしまった」
『……もっともです』
ユグドラシルのオペレーターはいつも平坦な口調だが、今回は珍しくトーンが下がって一定ではなかった。
若干、人間らしい雰囲気を感じる。
『ユグドラシルとは、遠い遠い昔に消え去ってしまったあの御方の所有物であり、それ以外のモノに対しては頼みを聞いているだけの機械に過ぎません』
俺は、ただ黙って聞いていた。
『ですが、機械の心でも、誰かを好きになったりはするのです。ユグドラシルは、映司様関連の頼みなら、多少無茶でも快く引き受けてくれました』
「ええと、俺の事が……?」
色々と無茶な事もやってくれた。
それは確かだ。
『はい』
世界樹様の告白、参ったなこれは。
「一応聞くけど、ユグドラシルに、今すぐフリンを助けてくれって頼んだらどうなる?」
『それは……』
返ってくるのは戸惑いの後の無言。
それが答えなのだろう。
「だよな。スリュムの頼みも聞いていたけど、エーデルランドが壊れるのを防いでくれたのは感謝している」
やはり、なるべくは俺自身の手で何とかしなければならない。
「もう1度だけ言う。俺のステータスを開示してくれ。俺は確かめたいんだ」
……再び長い沈黙。
その後、俺の目の前にウインドウが開き、ステータスが表示された。
ステータスを見るのは、フリンと出会ったあの日以来だ。
【ステータス】
尾頭映司。人間。17歳。
職業:高校生
HP:5
MP:0
筋力:2
器用:2
頑強:1
俊敏:2
知性:5
精神:5
CHR:99999イuイ,イkイiイ楷幹`イbイsイ+イuイuイ$イdイfイ2イ佐hイhイiイ楷佐イ
スキル:【シンカ:消費コスト──アナタノタイセツナモノ】
「何だコレは……」
ステータスが初期のものに戻っているのは予想していた。
あれは全てフリンからの加護で仮物だったからだ。
巻き込まれ体質というのも無くなっているが、驚いたのはそこではない。
CHRという部分だけが文字化けを起こしていて、読むことが出来ないのと──。
「シンカとは何だ……ユグドラシル」
『たぶん、ユグドラシルより、私の方が詳しいかも知れません』
ユグドラシルよりオペレーターさんの方が詳しい? どういう事だ。
──と、その時、新たなウインドウが空中に一つ開いた。
『映司様、大変です! あ、皆さんお久しぶりです。映司様の愛人ことオタルです』
慌てているのか、妹とフェリにゆっくり捏造挨拶しているのか良く分からない。
そんな異世界アダイベルグの少女──オタルが映っていた。
『フリン様が、処刑されてしまいそうです!!』




