34話 三つの魔法(死の六柱)
僕──魔術師シィ=ルヴァーは頭が痛かった。
物理的に痛いわけではない。
ちょっと猫とフェンリルが、チョウチョを追い掛けて行方不明になっていたり──。
「ふはは! こいつら歯ごたえがあっていいぞぉー!」
巨人とやらが予想以上に大きく、頑丈すぎてリバーと僕の魔術では倒し切れないという事だ。
周りをぐるりと見渡す。
天を貫き、雲を吸い込みそうなくらいの敵2体と相対している状態だ。
横にはリバーが、異常な頑強さで張り合っているが、打撃力に欠けるので勝負が付かない。
僕も魔術で応戦しているが、相手の装甲を削ったり、凹ませたりする程度が精一杯だ。
この平原から、後方の森へ逃げても良いかなと思い始めている段階。
だって、この分厚そうな耐魔法装甲か何かを突き破るには、人類では到達出来ないくらいの威力──それこそ魔法が必要だ。
周りからは勘違いされていそうだが、僕は歴とした人間だ。
ちょっとエーデルランド1の魔術師で人間として踏み外しちゃった所もあるが、アイドル服を着ちゃったりもする乙女だし、そうありたい。
……自分で言うと少しだけ虚しくなる、うん。
リバーには恋人としては見られないが、とりあえず仲間としては肩を並べて戦うくらいの関係には思われている……はずだ。
──とか考えていると、巨人の岩石のような拳が振り下ろされてきた。
それを足下に発生させた移動魔術で軽やかに躱し、吹き荒れる拳圧の風の最中、次に使う魔術を準備していると──。
「おぉ、可愛い衣装の子のパンツが風圧で見えそうなのじゃ!」
どこからか、馬鹿っぽい声が聞こえてくる。
そして、今までは気にしていなかったが、現在装備しているのは革のスカート。
その中は、もちろん下着である。
「あっ」
思わず、荒れ狂うスカートの裾を抑える。
──その一瞬の隙。
意識を離した隙に、巨人の蹴りが眼前に迫ってきていた。
これは不味い……!?
巨大な壁が迫ってくるような恐怖。
出遅れた分、足下の移動魔術でも避ける事が出来ない。
今から防御魔術で完全に防ぐ事も不可能だ。
……我ながら、馬鹿な事で。
襲ってくる恐怖が、自然と身体を縮め、両目をギュッと瞑らせてしまう。
そしてその瞬間を待つ……はずが、しばらくしても身体に衝撃は訪れなかった。
「大丈夫か、シィよ!」
「リバー……」
ゆっくりと開けた瞼、勇者の背中が瞳に映った。
リバーは、自らが盾となり、丸太を何十本も束ねたような巨人の脚を受け止めていた。
「物理的にどうなってるのよ、勇者の身体って……」
「ハッハッハ!」
とりあえず高笑いを上げておけば何とかなるとか思ってるのでは、こいつは。
いや、ちょっと待って──。
「リバー……今、シィって呼んだ?」
「ああ、とっさなので呼んでしまった!」
「知っていたの……?」
「もちろん! 大切な者の名前だからな! だが、今はまだ世間の目もあるだろうから、呼んでいなかった!」
ずっと、若人と呼んでいたのは僕のためだったのだ。
今日も僕の芝居に付き合ってくれて……。
きっと、尾頭映司とフェンリルがくるようなハプニングさえなければ、家が無事に済むように取りはからってくれようともしていたのだろう。
窓ガラスは躊躇無く割ったが。
「とうっ!」
滅茶苦茶な感じだが、リバーは巨人を押し返した。
そして、挟み撃ちの体制になった巨人に対して、僕達2人は背中合わせ。
「大切な者……か。ありがとう、リバー」
「ああ、男同士の友情だ!」
「……は?」
今、こいつなんつった?
男同士とか言ったように聞こえやがったが。
「リバー、もしかして僕を男だと思ってる?」
「ん? だって一人称が僕だし……あっ、そうか、うん! その格好の時は女性、女性だな! うん! 悪かった!」
「いや、何か変な気遣いっぽいけど、これ女装趣味とかじゃないから……僕は元から女だから……胸とかも普通サイズはあるでしょ……」
「つ、詰め物ではないのか?」
「違う」
「声も、その……声変わりが遅いとか」
「違う」
「連れションしないのも……」
「違う、たぶん違う。先に言っておくと外見に魔術も使ってない」
段々と、リバーはいつものテンションから下がって焦りが見える。
それに比べ、僕は淡々と否定の言葉を紡いでいくだけだ。
巨人二体は何故か待ってくれている。
僕への哀れみの視線を感じるのは気のせいだろう。
「僕、頑張ってオシャレしたんだよ」
「あ、ええ、あ、そう、か……」
しどろもどろに返事をされてしまう。
僕は何をやっていたのだろうか。
女として見られていないという段階ではなく、男として見られていたのだ。
……バカらしい。
それで、こんなヒラヒラな格好をしてアピールとか……。
あの日、絶望的な立場にいた僕を救った彼を、特別視しすぎていたのかもしれない。
ほんっと、ばかだ。
「お、おい。泣くな。何か悪い事をしたのか、オレ!? いや、なんか本当にごめん!」
情けなさで涙が出ているだけだから、もう僕の事は気にしないで欲しい……。
もっともっともっとミジメになってしまう。
「もう消えたい……。きっとあの時、運命の通りに死んでおけば良かったんだよ、僕──」
「馬鹿な事を言うな! 何を落ち込んでいるのかは分かってやれないが、お前には生きていて欲しいぞ!」
僕の泣き顔を、無遠慮に息の掛かる距離で覗き込むリバー。
「だってお前は、性別なんて関係無く大切な者のままだからな!」
本当に彼は、いつも強引だ。
あんな所から僕を助けたりするし……あそこでやろうとすれば、僕はリバーへ攻撃する事も出来た。
でも、そんな事を考えずに僕を救ってくれた。
そんな相手を嫌いになれるだろうか。
いや──。
「リバー、それ女の子に言うと特別な意味になるよ」
「そ、そうなのか。すまん」
もっと好きになってしまったかもしれない。
今なら、抱きしめたり、ちょっとその先の口付けとかしても、空気的に──。
「よし、終わったようなのじゃ! 攻撃再開なのじゃー!」
またあの馬鹿っぽい声が響き、巨人二体は動き出した。
仕方ない、これを切り抜けてから乙女の戦略を大爆発させていくしかない。
僕──いや、私。
今からは女の子っぽく、私という一人称にしよう。
「私達の邪魔はさせない!」
「お、おう?」
少し置いてけぼりなリバーは放置して、テンションの上がった私は、人類の中でもっとも威力がありそうな魔術──いや、魔法を練り上げる。
神々の使う、世界の法。
全てが記された巫女の予言を一部利用し、人間でも使えるようにしたインチキ。
リバーと出会ってからは、使わないようにしていた理由、それは……。
これを使った瞬間、もう人類とは別の存在証明になってしまうかもしれない──いや、今の私には関係無い。
恋愛と戦争は全ての手段を投じて良いものだから。
私のテンションと魔力は最高潮だ!
「運命の三女神を蔑み、原初、煉獄、終焉まで全てを知るも無力なる、この呪者の声に応え──」
魔術領域を遥かに越えた創造を行う。
「──永久より現出せよ、死の六柱!」
音声を媒体とするガルド魔法。
それで異界から、6の武器を引きずり出す。
第一の死鎌、第二の死拳、第三の死扇、第四の死弓、第五の死刀。
空中に浮かぶ、紫の五芒星の頂点に一本ずつ生えてくる。
そして、その中心に金色の光が差し──。
第六の死杖──異世界でもっとも有名な場所『地獄』、彼の地の主であるヘルの加護を受けし、おぞましき魔法道具。
ドクロが付いた持ち手が、ケタケタと笑っている。
私も、それの意思に同調し悪辣そうな笑みを躊躇いもなく放つ。
「……うっわ」
リバーがちょっとどん引きしているが、見なかった事にしよう。
私は、コホンと咳払い一つ。
表情を戻して、死杖を手に持つ。
物を媒体に発動させる魔法──セイズ魔法を使った。
死杖の先端に魔力を込めて、それをどす黒く変色、増幅させる。
そして、仕上げは文字を媒体にするルーン魔法。
杖でいくつかのルーン文字を描き、武器達に身体を与える。
5体の、魔術師ダンジョンのボスをしてもらっていた化け物の完成である。
「お、何か見覚えがあるな」
「姿は一緒でも、力は違うけどね」
私は可愛くウインク一つ、それを合図に死の六柱達が、巨人に向かって躍り掛かる。
機敏な動きで巨人の装甲を、熱したナイフでバターを削るようにえぐっていく。
「今回は冒険者相手でもないし、誰かさんに殺されるための調整もしていないから」
瞬く間に寸断され、ジャンク置き場の鉄くず山のようにされていく巨人二体。
乙女心的には、普段は使いたく無いが今回はしょうがない。
好きな人が出来て初めて思った、もっと可愛い感じのも使えるようになっておけばよかったと。
ハート型の弓矢とか、何かそんなのだ。
今度、死弓を魔改造してみようか……。
「ほう、さすがアレを読めるだけの者なのじゃ」
ジャンクと成り果てた巨人の肩から、一体のゾンビが降りてきた。
いや、ゾンビだったモノは、異常なスピードで自然再生し、少女の姿になった。
本能が告げる、あれはまずいと。
「死の六柱、あいつが動く前に──」
手元の杖で命令しようとした瞬間、気が付いた。
既に杖以外が粉砕されていた事に。
バラバラに砕かれた武器達は、光となって元の異界へと還っていく。
明らかな実力差を認識し、一歩も動けなくなってしまった。
陳腐な例えだが、蛇に睨まれたカエルというやつだろう。
「巫女の予言を回収しにきたのじゃ」
少女は、平然と言い放つ。
アレの存在を知っているということは、それなりの者なのだろう。
「渡せない、と言ったら?」
「ふむ、逃げられなくしてから聞くのじゃ」
少女は、地面に落ちていた巨大な装甲板の一つを軽々と持ち上げた。
そして、狙いを付けるようにこちらに視線を向ける。
投げてくるつもりなのだ、あの恐ろしい力と共に。
……まずい、あれは魔力に耐性を持つ。
魔力を消耗した今の私では、防げるかどうか怪しい。
「シィが女の子だったなら尚更、守らなくちゃな!」
視界に映る、私をいつも守ってくれていたリバーの背中。
前とは違い、あの恐ろしい相手の攻撃を受け止めたら──。
「やめて、リバー!」
私をかばって犠牲になろうとする、馬鹿な相棒。
そんなものを見るのなら、私が倒れるか、嘘を吐いてでも現状をどうにかした方がいい。
「渡す、渡すから! 巫女の予言!」
「人間、エーテルに……心に乱れが見えるのじゃ。面倒な問答は苦手だから──」
嘘すら吐くことが許されない現状。
絶望。
「後でゆっくり聞く、これで死ぬのは禁止なのじゃ?」
吐かれた言葉とは裏腹に、巨大な装甲板は砲弾のような速度で飛んできた。
だが、リバーは一歩も動かない。
狙いは私なのだから、逃げれば助かるのに。
私は祈った。
あの魔術師のダンジョンの、最後の時のように。
誰にも──神にすら届くはずのない祈りを。
「セーフだな」
私達の直前で弾かれ、凄まじい衝撃と轟音と共に、遥か後方に吹き飛んでいく巨大な装甲板。
今度はあの時と違って、黒髪の少年本人がやってきた。
巫女の予言すら打ち砕く、運命を改変する少年が。




