25話 さらに困った時は大体、野球回(鉄球)
「目が覚めたら、そこは野球場でした」
酒場でぶっ倒れた所までは覚えている。
その後、眩しさに顔をしかめながら視界に映ったのは、大きさ何個分で有名な東京ドームだった。
整備された芝、ぐるりと囲まれた観客席、巨大な電光掲示板。
「うむ、これも地球の巨人を参考にコピーした」
俺の呟きに、自信満々で答えるベルグ。
どこからその自信がくるのか知りたい所である。
「なぁ、さっきのもこれも、何か色々間違っている気がするんだが」
「なぬ!? どちらも我らの種族と同じ、巨人という名前のはず……」
確かにこれ、巨人は巨人だけど……。
「少なくとも、種族的な巨人が直接野球はしないぞ」
「そうであったか……だが、野球というものはなかなかに楽しい。エイジ殿は嫌いか?」
芝の良い匂い、革グローブの頼もしい感触、ボールを握ると徐々に伝わっていく熱。
それを一球入魂で投げ放ち、全身全霊を持ってバットで返礼する。
好きか嫌いかで言われれば──。
「ま、まぁ嫌いじゃないけど……」
「そうか! 良かった良かった! では野球をしよう! スタンダードに魔球を投げ合って、相手を戦闘不能にした方が勝ちだ!」
一瞬、言っている事が分からなかった。
「えーっと、スタンダードかそれ?」
「野球というものは、魔球で修行するのが常であろう? 我々はそれに感心して、ここに取り入れてみたのだ」
「ベルグ、お前はサッカーだった場合は、ゴールネットを突き破るのが普通とか言いそうだな……」
「さぁさぁ、この武具──バットとヘルメットを装備して戦場に立つのだ!」
木製のバットと、プラスチックっぽいヘルメットを押し付けられ、無理やりにバッターボックスへ立たされた。
そして気が付いた。
「あの、俺バッターだよな」
「そう、剣士であるな!」
「あれはピッチャー?」
俺の視線の先──マウンドには、人間サイズの白いコケシのようなモノが立っていた。
いや、設置されていた、でいいのだろうか。
ボールが十数個入るようになっている細い管が上に伸びており、右側辺りにボールを投げるための腕……というか細長いプラ製の回転板が付いている。
「そう、ボールを投げるといえばアレらしい。ロボピッチ──」
「ピッチングマシン、そうあれはピッチングマシン。オーケー」
素晴らしいフォルムのピッチングマシンだ、うん。
これは真剣に遊ばなければいけない。
そう柔道着姿の男が囁いている気がする。
……そして気が付いてしまった。
キャッチャーはおろか、球場には俺とベルグと、白いピッチングマシン以外は誰一人いない。
「では、試合開始!」
ベルグの一声で、俺はバットを構え、白いピッチングマシンは腕を稼働させ始める。
大きさは若干違うが、アレは子供用のオモチャだ。
球速もそんなに出ないだろう。
相手のボールを良く見て打つ。
なんてことはない。
『う゛ら゛ぁ゛!! しねぇ!!』
どこかで聞き覚えのある妹風な声が響いてくる。
そして、白いピッチングマシンの腕が急速に盛り上がり、丸太のようなブツへと変化した。
重機であるショベルカーのような手の平に握られるのは、黒光りする鉄球。
瞬間──空気が揺れた。
それが残像を残し、俺の背後の観客席へと飛び去っていく。
少し後から聞こえる爆砕音。
さらにその後で発生する俺の思考。
「えっ?」
背後で飛び散る壁だったものに視線を移動させ、現状を認識する。
──これ、戦闘不能じゃなくて死亡コースの奴だ。
「ワンストライク!」
ベルグが審判をやっているらしい。
といっても、バッターボックス付近から離れている。
あいつ、最初からこれを知っていたな……。
『あ、次は私がやってみたいです! このナイアガラ魔球っていうの楽しそうです!』
今度は、どこかで聞き覚えがある傾国の幼女様の声が聞こえた気がした。
白いピッチングマシンは高射砲のように変形し、その砲身を天高く掲げる。
頭上に向かって轟音と共に発砲。
「ぼ、ボールか……?」
そう思ったのも束の間。
見上げていた頭上から、何かが降ってくる。
バッターボックス数メートルずれた位置に刺さる鋼鉄の極太柱。
俺は真顔でそれを見ていた。
そして、白いピッチングマシンは次々と打ち出す。
何となく察する。
ナイアガラとは──。
「ちょ、ちょっとタイム! ターイム!」
「エイジ殿、野球でそんなルールは聞いた事がない」
どんだけ偏った知識なのかと小一時間。
バッターボックスを囲むように降ってくる鋼鉄の極太柱。
その幅は徐々に狭まっていき、最後に中心のバッターに死ボールするようだ。
回避不可能の魔球。
場を連続する轟音が支配し、砂煙が視界を隠す。
俺の野球観が凄まじく壊れていく。
『ふふふ……勝ったです』
勝ち誇る謎っぽい声が響く。
だが、俺はまだバッターボックスに立っていた。
「甘いな……ナイアガラ魔球敗れたり!」
晴れていく砂煙。
そこには、確かに無傷の俺が存在していた。
『なっ!? これが敗れるなんて!?』
「これは対巨人用に開発された魔球……つまり」
柱と柱の間、そこに挟まれるようにギリギリ立っていた。
「狙う相手が、マッチョマンじゃないと当たらないという事だ!」
大体の巨人がマッチョマン体型。
俺は、どちらかというと細身体型なので隙間に入って助かったのだ。
「さぁ、こんだけボールをしたんだ。俺の──」
「エイジ殿、魔球は増えても一球扱いというルール。確かそんな感じだったはず」
「ねーよ!」
俺の抗議も虚しく、柱を片付けた後、白いピッチングマシンは再び構え始めた。
『じゃあワタシは……ど・れ・に・し・よ・う・か・な。──というわけで、この絶対必中ホーミング魔球で。あ、みんな、終わったら何食べる?』
謎のフェリの声が響く。
適当なチョイスだが、俺に取っては確実にやばそうな魔球である。
「さぁ、エイジ殿! 最後の魔球をスポーツマンシップで乗り越えるのだ!」
「……いや、ベルグ。思い違いなら良いが、段々と直接当てる方向性になってきてないか」
だが、それを乗り越える価値はある。
男としての大一番。
ここでやらずして、いつやるというのか。
まずは、相手のボールを確かめるのが重要だ。
鉄球、鋼鉄の極太柱、次に何がくるのか。
視線を移動させ、それを眼球に納める。
白いピッチングマシンが掴むのは──トゲ付き鉄球。
これあかんやつや。
あれがホーミングで当たったら一巻の終わりだ。
たぶん普通のコースでは無いだろうから、バットを振って当てるのも難しそうだし、当てても木製のバットでは耐久力も頼りない。
もちろん、頭に装備されているプラスチックのヘルメットでは一撃粉砕だろう。
襲ってくる絶望。
「俺は……桃色のシャングリラへ辿り着けないまま力尽きるのか……」
急速に身体が重くなるような気持ちが襲ってきて、今すぐにでもバッターボックスへ倒れ込みたくなる欲求が沸いてきた。
絶対に越えられない壁というのも、人生にはあるだろう。
俺は……ここまで良くやった方だと思う。
もう休んでもいいんじゃないか?
そう自分に問い掛ける。
そうだ……そうだ。
乙女の柔肌も、インターネットという文明の利器があれば見ることが出来るだろう。
そうだ、そうなんだ。
それで満足して引き下がればいい……フェリっぽい獣っ娘コスプレ画像検索を頑張れば、それっぽいのも見付かるだろう。
近年はコスプレのレベルも段々と上がってきているし、背景として使用するスタジオも様々なサービスを提供してくれている。
具体的には水濡れとか出来るスタジオは素敵である。
なぜこんな知識があるのかと言うと、既に『女子高生 濡れ透け』で画像検索したからでは無い、決してそんな事は無い。
うん、もう諦め──。
『か、風璃……急に後ろにまわって胸を揉むのはやめてくれ。びっくりしてしまう……』
聴覚に響く甘い声。
それが脳内に届き、爆発的に精神を増幅させた。
「諦められるかよおおおおおおおおおおおおおおおお」
画像や動画なら、それっぽい肌色も拝むことが出来よう。
だが、俺が今からダイヴ出来るかも知れないのは、本物のフェリの胸、お尻、太股──そういう宇宙が存在している約束の地なのだ。
それを諦める。
そんな選択が出来る男はいない。
その賭けに乗れるなら死んでも良い。
普通、そうだろう!?
命の賭け所、見付けたり!
「こいやああああああああああああ」
俺は、野生の獣の如く咆哮を吐き出し、白いピッチングマシンから放たれるトゲ付き鉄球を睨み付けた。
球速はそこまでではないが、ストレートからの軌道を回転により修正し、俺の身体へとホーミングしてくる。
その名の通り確実に当ててくる気だろう。
「受けてやるよおおおおおおおおおおおおおお」
声による気合いなど馬鹿げていると思っていた。
だが、他にもう何も頼れるモノが無いのだ。
いや、待てよ。
まだ頼れる物を手に持っている。
このバットを振っても耐久力が足らなさそうなら。
──そこからは、多量の脳内麻薬が分泌されてスローモーションに見えていた。
一直線に向かってくるトゲ付き鉄球に、突き刺すようにバットを向ける。
そして、それをドロップキックの要領で蹴り出す。
二者は互いに衝突し、バットの先端が削れ、砕け、崩壊していく。
なおも止まらないトゲ付き鉄球。
俺は頭のヘルメットを手に持ち、ボクシンググローブのように拳にはめる。
「これが野球だあああああああああああああああ」
──気合いの叫びと共に、元のスピード感覚に戻る世界。
バットを破壊し終えて勢いの弱まったトゲ付き鉄球を、ヘルメットで打ち抜いた。
俺の魂となったトゲ付き鉄球は、そのままピッチャーボックスへと反射して、白いピッチングマシンを粉砕した。
「ふむ、やはり野球とは素晴らしいですな。エイジ殿」
「っるうあああああああああ!!」
俺はそのままのテンションで、ベルグのハゲ頭をぶん殴った。




