24話 語りかけてくるまな板(胸)
ワタシ──フェンリルは道に迷っていた。
フリンや風璃、オタル達と一緒に温泉へ向かっていた途中、何か美味しそうな香りに引っ張られてしまったのだ。
地球でも同じように香りに釣られて道に迷い、イギリスという所まで行ってしまい餓死寸前になった事もある。
あれは悪夢だった……。
昔、鎖に繋がれていた経験も辛いが、イギリスの食べ物というトドメがある分、この経験の方に軍配が上がるだろう。
さすがに今回は室内なので海を越えたりはしないはずだが。
「いやぁ、このアダイベルグを落とした奴だって聞いていたから構えていたけどさぁ、あたいの魅力でイチコロだったね。あの、やさおとこはさぁ」
何か声が聞こえてくる。
現在いる場所──天井の通気口の中から下の様子が見える。
厨房だろうか、美味しそうな香りが漂ってくる。
「このサラダ姫様を食べ残して、紙皿食うとか人間シュレッダー過ぎてマジ笑う~! あっはっは──」
「食べ残し!?」
ワタシは通気口の下に付いている金網を思い切り蹴飛ばし、吹き飛ばすように地面へと一緒に落下する。
そして、目を爛々と輝かせながら、食べ残しのプチトマトを発見。
「ねぇ、食べ残しなの?」
「え、ええ。見事に食べ残されてしまいましたわ、わたくし。可哀想と御慈悲をもらっ──」
「食べ残しでしょう?」
「だ、だからそうと……」
「ねえ、食べ残しでしょうッ!?」
パクリ。
「ギャッ」
「ん、モニュモニュした内臓が苦い。生野菜だから取ってないのかな」
ワタシは不味さで冷静さを取り戻し、通気口から元の道を戻ることにした。
* * * * * * * *
ガサゴソと狭い中を通り、元の明るい通路へと前転しながら舞い戻った。
そして、そのまま脱衣所へ向かい、服を脱ぐ。
温泉というのは、他人に肌を晒す事が普通らしい。
郷に入っては郷を食せ、食べ物の格言らしいが、ここは素直に従っておこう。
確か、最後に誰かに素肌を晒したのは、家族と一緒に風呂に入った時だっただろうか。
あの時は家族のために海を暖め、弟の大きな身体を自慢されたものだ。
プカプカと浮いてきた魚が美味しかった楽しい記憶。
「あ、フェリちゃんどこ行ってたのー?」
脱衣所から、温泉への戸を開けると風璃から声をかけられた。
「食べ残しを処理していた。食べ残しなら、どれだけ食べても誰も迷惑しないからな!」
「あ、あはは……後でちゃんとした物を食べに行こうか」
「うんっ!」
ついつい、ワタシは満面の笑みで頷いてしまった。
通気口の中で汚れてしまったので、身体を入念に洗ってから湯船へと浸かった。
「フェリって、お湯に濡れると尻尾が小さくなるんですね」
先客のフリンが、ワタシの尻尾を物珍しげに見詰めてくる。
いつものモフモフした自慢の尻尾は、水に濡れてしょぼくれたような風体だ。
「エーテルで乾かすことも出来るが、その場合は温泉も蒸発してしまう……」
「ひぃっ」
フリンは、怯えた表情で風璃の後ろへ隠れてしまった。
「……冗談」
と言っても、後の祭り。
涙目で見られてしまっている。
物凄く悪い事をしてしまった気がする……何か話題を変え……たりする器用な事は難しい。
「フェリちゃんは、尻尾は小さくなっても~胸は大きいままだよね~」
良いタイミングで言い放たれた風璃の助け。
何か恐い視線が、ワタシの胸に注がれているが乗るしかなかった。
「そ、そう? ワタシとしては戦う時に動きにくいし……足下見にくいし……」
「くっ、あたし達3人との格差が憎い!」
格差?
胸の大きさの事だろうか。
風璃は小さな胸だが、戦いに晒されていない肌は美しいし、その華奢さは慈しむべき存在としては申し分ないだろう。
フリンはまだ幼いし、胸とお腹とお尻が近いサイズでも仕方が無いだろう。
あの家系から考えると、強大なエーテルと頑強な肉体も得られる事は想像に容易い。
たぶん年月が経てば、ワタシなんて追い抜く。
そして、3人目……いつの間にかそこにいたオタルという少女。
その胸板は、風璃よりさらに薄い。
「あ、今……私を見ましたね。伝説の洗濯板というアイテムを見るような視線を感じました」
「いや、調理場で似たような物を見たような……なんだったっけ」
いまいち、もやもやして思い出せない。
「まな板だよそれ!」
風璃の声に反応し、平らなピースがカッチリとハマって、木製の頑強なまな板が浮かび上がった。
「そう、それだ!」
「さらに凹凸が減っているじゃないですか……」
胸板と同じで幸も薄そうなオタルは、はぁと一つ溜息を漏らした。
だが、その表情は温泉に浸かっていてご満悦のようだ。
あきれ顔の中に若干混ざる笑み。
「ねぇ、フリン様はどう思います? 愛人の私の事を」
「……え?」
フリーズする風璃。
ワタシは愛人の意味がいまいちわからず、フリンと一緒に疑問符を浮かべた。
「愛人です~?」
「そうです愛人です。簡単に言うと、フリン様と映司様に全てをささ──」
「ちょ、ストップ! ストーップ!」
湯船から立ち上がり、両手を広げて制止する風璃。
何もかも見えてしまっているが、必死な顔でそれどころではないのが伝わってくる。
「え、ええと! そういえば、映司お兄ちゃんはどうしてるかな!?」
話題を変えようとしているらしい。
こういう時の風璃は大体が正しいので従っておくのが吉だろう。
「映司様は~……食堂から運び出されて、最後の難関に立ち向かっている最中みたいですね」
「な、難関?」
「そう、地獄の野球です」
オタルが空中をフリックするような動作をすると、その場に半透明のウインドウが出現した。
そこに映る、野球のユニフォーム姿のエイジ。
「あ、それで──こっちで操作して色々できちゃいます。やってみます?」
「やるやる~!」
「ほほぅ……」
「妹として、日頃の恨みを晴らすか」
全員ノリノリだった。




