23話 可愛いサラダ姫(食用)
「お、きたぞ。あれこそが『可愛いサラダ姫』だ」
俺の対面に座るベルグは、先に運ばれてきたパフェを食べながら喋っている。
いい年したおっさんが、ロボットマスクのコスプレと浴衣を装備しつつ、パフェを食べている風体は異様だ。
だが、俺の目の前に置かれた者はさらに異質だった。
「ご機嫌麗しゅう、サラダ姫と申します。以後、お見知りおきを」
一瞬、思考がフリーズした。
「あの、ベルグさん。これはなんでしょうか?」
ちょっと普段とは違う口調で聞いてみた。
そのくらい動揺してしまった。
「いやぁ何て事は無い。このスピーカーで音声を流すシステムに限界を感じてしまってな。実際に喋るトマトを遺伝子操作ってみたのだ」
どうやら現実らしいので直視することにした。
テーブルの上に乗る、紙皿で綺麗にデコレーションされたおとぎ話の馬車らしき物の中に、小さく……赤い顔をした……というかプチトマトがドレスを着ていた。
サイズ的にもプチトマトだ。
それにつぶらな瞳らしき器官と、喋ると動く口が付いている。
俺は思わず眉間にシワを寄せ、渋い顔になってしまう。
「ええとですね……食べなきゃダメなの?」
「ああ、トマトだからな!」
豪快に答えてくれるベルグ。
……お前のパフェと交換してくれないかな、おっさんとの間接キスでも良いから。
口パーツだけ不自然に開いて、中のおっさんが若干見えてる事も黙っててあげるし。
「さ、さぁどうぞ! わたくしを召し上がれ! 覚悟は出来ています!」
ドレスを着たプチトマトは、紙皿の馬車の外に出て気丈に振る舞っていた。
だが、声は震えていたし、目からは涙らしいものが流れ落ちている。
食いにくい事この上ない。
というか、これを食べるのは無理だろう。
魚の躍り食いとか、お肉になる前の元気な牛さんを眺めているのとはワケが違う。
喋っているのだコイツは。
「食べんのか? この先へ進めなくなるぞ?」
そう、食べなければ乙女の柔肌を全力ハプニングする事が出来ない。
そのためにこの子を食べ──。
「わたくし、この店の皆さんには大変良くして頂きました……。最後まで感謝していたという事を忘れないでくれると嬉しいです……」
プチトマトは、周りの客や店員達に、涙が貯まっている状態で流し目をする。
「トマトちゃああああん」
「う、うわあああああああああん」
「のじゃああああああ」
号泣する店内の巨人達。
その後に突き刺さる俺への視線。
針のむしろの中、俺は決断をした。
「頂きます」
おもむろにソレを掴むと、一気に口へと押し込んで咀嚼した。
水分がない。
この紙皿は水分が無い。
「いひゃあ、うまいぬぁーっ! この頼んだサラダっぽい紙皿ぁ……」
口の中いっぱいの紙皿をモグモグしながら喋った。
味がしない。
硬い。
表面が何かでコーティングされている。
なぜ俺は生まれてきたのだろう。
天とは何か。
宇宙の心理とは。
世界樹よ、白き神よ、黒き神よ、教えてくれ。
今、飲み下そうとしている紙皿は人体に影響はないのでしょうか。
「よし、食った。次へ行こう」
強引に胃に収めた紙皿に違和感を感じ、腹痛が痛いし、怪死で死ぬ予感をグッと抑えて達タチちたたちたちた立ち上がった。
そして、プチトマトに手を振られながら旅立った。
──天国へ。




