22話 走り続けると何かに目覚めるのじゃ(M)
「というわけで、第一関門は地獄のフィットネスコースである!」
浴衣に着替えた俺は、解説役のベルグと一緒に地獄へ踏み入れた。
オタルはどこかへ退場してしまったが、確かにここへは来たくないだろう。
「うん、地獄だな。これ」
筋骨隆々な野郎どもが身体をいじめ抜くための機器を使い、熱気を噴出させて室内がサウナ状態になっている。
普段ならフィットネスルームというのは、爽やか筋肉イケメン達がランニングマシーンなどで汗を流したり、ベンチプレスでボディビルダーが美を鍛え上げていたりするものだろう。
だが、ここは巨人の国。
ベルグのように人間サイズになっているのもいるが、遠近感が狂うような巨人サイズのままの野郎共も大勢いる。
そして、そいつらの吹き出す汗が雲となり雨が降りそうな勢いだ。
ちなみに女性はいない。
男のマッスルキングダムだ。
「のじゃっ! のじゃっ!」
と思ったら、一人だけ少女が紛れ混んで、ベンチプレスをのじゃのじゃ言いながらやっていた。
直感的に、見ているだけで知性のステータスが下がりそうな気がしたので、存在を認識しなかった事にした。
巨人族に関わるとロクな事がない。
「さぁ、オズエイジよ。ここで一汗流そうぞ。一種でノルマを達成すれば通行許可が出る!」
「あのさぁ……これ考えたのオタル?」
「いいや! 我だ! お前に負けてから鍛え直そうと思ってな!」
何か色々と心底後悔した。
だが、後ろを向いて何になる……。
この難関を越えていけば乙女の柔肌が待っているのだ。
「よし! やるぞ!」
俺は筋肉の森を掻き分け、なるべく簡単そうなマッスルマシーンを目指す。
重量負荷系は、駄目だった時は一回も達成出来ずに終わってしまうだろう。
そこで、肉弾ベルトコンベアであるランニングマシーンを選んだ。
「ほう、良い選択だ。その装置は我が開発したのだ」
「ただのランニングマシーンじゃ?」
俺はランニングマシーンに乗り、スタートボタンを押した。
外見は地球にもありそうなくらい、平凡なシロモノに見える。
「肉体と同時に精神も鍛えられる!」
動く足下のベルト、それに合わせてランニングを開始する。
同時に音声が流れてくる。
『このランニングのリズム……あなた童貞ね? マジ気持ち悪いんですけど』
何か初っぱなから酷い事を言われている気がする。
「これ、オタルの声に聞こえるんだけど」
「気のせいじゃないか。いつもと違う気もするが、テープ収録されたものが流れてくるはずだ」
俺は気にせずランニングを続ける。
まだ序盤。
ペースは、全力よりはかなり下という感じだ。
『いつか、年端もいかない子にも手を出しそうで恐いですよね~』
走るペースが崩れる。
恐ろしいトレーニングだ。
『近所のおばさま方も言っていましたよ。最近、イヤラシイ視線を感じるって……飢えた若い性欲って留まるところをしらないからね~、と』
「いくらなんでも近所のおばさま方をそんな目で見ねーよ!」
つい反射的に突っ込んでしまう。
ペースはさらに乱され、効果はてきめんであった。
「オズエイジ……収録されたもの向かって何を」
「そ、そうだったな。うん、所詮はパターンだ。俺個人の事を言っているのではないだろう」
必死にランニングに集中し、息を整える。
『いますよね~。フラグだけいくつも立てておいて、結局誰も選ばないでいる酷い人って~。歳とか、胸が小さいとか、そういう理由をつけて逃げたり~』
俺は、ピンポイント過ぎる指摘に吹き出した。
「おいィ! これやっぱりオタルじゃ!」
「あ、ノルマ達成だ。先に進むとするか」
何か釈然としないが、地獄のフィットネスコースを抜ける事が出来た。
* * * * * * * *
俺達は次の場所へ辿り着いた。
『た、助けてくれぇ~! ぎゃああああああ!』
『私はどうなってもいいからその子は……その子だけはーッ!?』
徘徊する巨人達。
噛み千切る口から飛び交う赤い飛沫、命乞いの断末魔、ソレだったモノのパーツが転がる。
「あの、ベルグさん。なにこれ?」
「地球を参考にした食事だ。我はお前に言われて感化された、食事は大事だとな!」
人間サイズや、巨人サイズの椅子とテーブルが並ぶ酒場風の食事処。
美味しそうなシチューや、焼き魚などが並び、それを客達が食べているだけの風景。
ただ違うのは音声だけである。
「俺が知ってる食事は、食べる時にあんな音は出ないぞ」
「そうか? 地球を見ると巨人は喋るモノを食べるように描かれていたが……。それを参考にして、食事に対して食材がリアクションをするという音声をスピーカーから流している」
たぶん参考にしてしまったのが進撃しちゃったりするアレのせいだろう。
大人気だから仕方が無いのかも知れない。
「さぁ、食事にしよう。身体を作るには食事からだ!」
「あれ、そういえばフリン達は食事が必要ない身体だったらしいけど……」
「それは上位の存在だけの話だ。我々のようにそこへ至らない者は普通に食事はするぞ」
とてもコスプレしてオイルを飲んでいたおっさんとは思えない発言だ。
ともあれ、神や巨人にも格付けみたいなものがあるらしい。
フリンは、その上位に入るような存在なのだろうか。
俺と出会ったあの日以来、普通の女の子のような行動しか見ていない気もするが。
「そこに座って、メニューから選ぼうではないか」
「あ、ああ……」
促されるままに木製の椅子に腰掛け、おいてあったメニューをテーブルの上に広げる。
血溜まりデスソースパスタ、豚共の内臓肉詰め、これ母さんですミートボール、牛の惨殺死体丸焼き、可愛いサラダ姫。
何か一つ以外、物凄く物騒な名前が並んでいる。
「血溜まりデスソースパスタ辛すぎなのじゃ~! 水を飲んでも無理なのじゃ~!」
隣の席からのじゃのじゃと聞こえてくる。
「辛い時は牛乳を飲むと良いですよ」
初対面だが、何か可哀想な気もしてきたのでアドバイスをしてみる。
「お、恩に着るのじゃ……。へーい、店員よ。この少女なガールことワシにミルクを一杯頼むのじゃ!」
これで、この世界の……のじゃがまた一つ救われた。
──やばい、何故か俺の知性が下がってくる気が。
やはり関わってはいけない、見なかった事にしよう。
さて、注文はどうしようかな。
ベルグは既に決めて、店員を呼びつけてしまっている。
「あ、店員さん。我はくず鉄パフェの潤滑油トッピングで」
「は~い、くず鉄パフェの潤滑油トッピングですね。そちらのご注文はお決まりでしょうか?」
俺へ送られる店員の視線。
……ど、どうしよう。
どれを選んでも嫌な予感しかしない。
こうなったら、消去法的にやばさや、グロさから回避できるサラダでも選ぶか。
「可愛いサラダ姫で」
「えっ」
「えっ」
店員とベルグが驚きの声をあげ、俺に間違いでは無いのかという表情を向けてきた。
俺もワンテンポ遅れて、疑問の声をあげてしまう。
「えっ」
何こいつ驚いているんだ? という驚きの声が返ってきた。
「えっ」
「えっ」
俺はパニックになって、さらに驚いた。
「えっ」
このやり取りを見て、周りの客達も気が付いた。
そして同じように驚きの声をあげる。
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「のじゃっ」
だが、俺はそれでも言わなければならない。
「可愛いサラダ姫で……!」
その場を異様な空気が支配した。




