158話 終わりなき旅(キミとワタシ)
「そんな!? どうしてフェリちゃんと、映司お兄ちゃんが戦わなくちゃいけないの!?」
風璃の悲痛な叫び。
俺達二人が冗談では無く、本気だと察したからだろう。
フェリは、それに視線も向けず吐き捨てる。
「黙れ人間。あまりに目障りだと……命を奪うぞ」
「フェリ! 風璃になんて事を言うです! もしかして正気を失って、私達が分からないですか!?」
フリンの問い掛け。
それに対しても目を向けない。
「全て覚えている、知っているぞ。だが、ワタシは──終焉をもたらすフェンリル狼。これが本来のワタシだ」
フェリは軍神の遺体の元へと歩み寄り、見下ろした。
「テュール。──とマントを借りるぞ」
とても小さな呟き。
自らを覆い隠すような大きな外套を羽織り、俺に黄金の瞳を向けてくる。
「ワタシはこのままやってもいいのだが、それだとお前が周りに気を遣って本気を出せないだろう?」
「ああ、場所を移そう」
いつもと変わらない歩幅。
俺より少しだけ小さく、でも、そうは感じさせない力強さ。
普段通りに並んで歩く。
「ここでいい」
「そうか、ここか」
見覚えのある場所。
「さぁ、主神と狼の勝負を始めようか!」
「ああ、始めようぜ!」
俺は自然と笑みがこぼれてしまっていた。
だって、そうだろう。
フェリと始めて出会った、この場所で──。
「このカンスト突破のステータス、受けてみろ!」
俺のふざけた台詞に、フェリが少しだけ微笑んだ気がした。
「いくぞ! 審判を下せ──バニッシュデイ!」
俺の身体から圧縮された光のエネルギーが二発放たれる。
一発は正面に向かって。
それを見たフェリは、ただ手の平を前につきだした。
片手で受け止めるつもりなのだろうか。
「懐かしいな、フェリ」
直進していた極太の光は、急激に角度を変えてフェリの斜め後方へ──。
刹那、鏡で跳ね返されたようにフェリの背中へ方向転換。
「ああ、懐かしい。でも、エイジはもう弱者じゃない」
あの時の俺は、フリンの加護を受けた、ただの人間だった。
それが最強の狼である当時のフェリに戦いを挑んだのだ。
今思い出しても無謀すぎて笑ってしまう。
「今はもう──殺し合う運命にあるフェンリルとオーディン。今はもう──振り返ることの出来ない旅の終焉」
彼女は背後からの光を跳んで躱した。
「フェリが認識を変えたのなら、俺も認識を変えているさ」
足底から下に向かって放っておいた二発目を、地中から飛び出させる。
俺を強者として見てくれている彼女を信じての二段、いや、三段構え。
完全に意表を突いた形で、空中のフェリに直撃。
彼女は戦闘時に跳ぶ傾向が高い──その博打に勝った。
「くっ!?」
轟音──爆風で塵が舞い上がり、視界全てを覆うほどの煙幕となった。
晴れてくる視界に、巨大なクレーターが見えてくる。
その中に、当たり前のように立っている存在に向かって言葉を投げかける。
「また増えちまったな、クレーター」
「……エイジも強くなった。でも、まだこんなものじゃない。本気を出さないと……すぐ死ぬぞ」
軍神のマントをはためかせ、誰よりも鋭い敵意を向けてくる黄金の瞳。
その外套の留め具にテュールのルーンが輝いている。
「そうだな。本気を出さずにどうにかできる程、甘い相手じゃ無い」
そこからは意地の張り合い。
神々が昔から決闘で良くやるスタイル。
お互いのエーテルを直接ぶつけ合って競い合う。
つまりは単純に──馬鹿みたいな殴り合いだった。
俺はフェリを殴り、フェリは俺を殴る。
ヴィーザルにあれ程の優位を保てた全身神器ですら──。
「──神砕き!」
フェリの神へ対する特別な力により、端々が砕け始めている。
ヴィーザルは言っていた──フェンリルはオーディンより強く、そのフェンリルよりヴィーザルが強いと。
だが、それは単純に倒した順。
俺が思うに、最初の巫女の予言の『フェンリル狼』は、長い間グレイプニールに拘束され、同時に大きな岩に押しつぶされ続けて弱っていた。
その衰弱状態の寝起きですら……オーディンを倒したのだ。
そして、ヴィーザルはさらに戦闘で弱ったフェンリルを倒したとも言える。
つまり──この眼前のフェリは万全の状態に近いため、ヴィーザルより強くて当たり前なのだ。
でも、俺も負けてはいられない。
ずっと、ずっとこのために強くなる事を望んできたのだから。
「さぁ、エイジ。ワタシを殺すか、ワタシに殺されるかだ」
「どちらも選ばない!」
「先延ばしにした場合は、ワタシは地の果てまで、お前をカミ殺しに狙い続ける!」
殴り、殴られの最中のこの会話。
滑稽で笑いがこみ上げてくる。
「フェリにずっと追いかけられ続けるのなら、意外と悪くないのかも知れないな」
「ワタシは本気だ……。鎖から解き放たれ、フェンリルという悪名と共に世界を旅し始め、オーディンを殺すという終着点を目指す運命。抗うことは出来ない」
「フェリは──、フェリはその旅で何を見てきたんだ? 聞かせてくれよ」
それはまるで、たき火の前で思い出を聞かせてもらおうとしている旅人二人。
一人はもう終わりを見据え、もう一人は──。
* * * * * * * *
ワタシ──フェンリルは、ただ一人で、外の世界へ解き放たれた。
自由を得た。
目的は特にないけど、旅をしてみようと思った。
何でも良い、たぶん見付かるだろう。
行方不明の家族を探したりだとか、美味しい物を食べたり、綺麗な場所を見たりとか。
──でも、旅を始めたワタシに降りかかるのはつらい事ばかりだった。
巫女の予言で語られるフェンリル、神々を屋敷で皆殺しにしたとされるフェンリル。
そう、ワタシは災厄の象徴フェンリル。
人々から忌み嫌われ、恐れられる存在。
ワタシは、何回も、何十回も、何百回も怖がられた。
同時にワタシは、何回も、何十回も、何百回も怖がった。
旅は酷くつらく、立ち止まって、今はもう居ない暖かい家族や、優しいテュールを振り返りたくなるものだった。
* * * * * * * *
フェリは語らないが、その想いはエーテルを通じてこちらに流れ込んできた。
悲痛な心の叫び。
それを知ると、今のフェリの強張っている表情は、やせ我慢している幼浪に見える。
「ワタシは、ワタシは見てきた──! だからエイジ、本気を出して殺し合え!」
* * * * * * * *
疲れ果てたワタシは、一つの青い星へ降り立った。
前に使われた鎖の材料となった、狼を滅ぼした恐ろしい世界──地球。
ここは異世界の存在を秘匿しているらしいので、目立たないように完全な狼の姿になって、山へ隠れた。
そこを絶滅した狼と同じように、旅の終わりとして、自ら死を選ぶのも良いと思った。
だって、そうだろう。
ワタシは誰からも認められず。
望まれている事は鎖での拘束。
それならいっそのこと──。
「あ……」
今のワタシは言葉を喋らない狼だ。
どこから声が……と、そちらを振り返る。
そこで山道を歩く少年──昔のエイジと出会った。
最近までは同一人物だと気が付かなかったが、黒妖精の国で藍綬が教えてくれたのだ。
エイジはこちらの姿に驚いて、崖下へ転がり落ちてしまった。
ワタシのせいだと思い、心配になる。
急いで崖下へ降りて、様子を見に行く。
彼は痛そうに足首を押さえていた。
「これは……歩けないか」
どうやら人間は脆いらしい。
たったこれだけで歩けなくなってしまうとは。
「丁度良いじゃないか」
エイジは自虐的に言った。
「人間ってどれくらいで死ぬんだろうな」
そして、助けを呼ばず、何かを諦めたかのようにゴロンと大の字に寝転がった。
打ち所が悪かったのだろうか……。
* * * * * * * *
「そうか、ずっと前に出会っていたんだな。フェリ」
「ワタシの、ワタシの心を見るな!」
フェリの本当の声はとても苦しげで、俺まで泣いてしまいそうになった。
* * * * * * * *
そういえば、人間はワタシと違って何か食べないと死んでしまう。
動けないのなら、何か食べ物を持っていった方が良いだろう。
何か人間が食べられそうなもの。
干し肉……は食べられると思うけど、あいにくと持っていない。
そこらへんに生えている草なら、きっと食べられるだろう。
ワタシは食べたことはないけど。
「ん?」
夜中、そっと置いておいた。
「手触り的に……引き抜かれた雑草?」
それに気が付いたエイジ。
でも、食べてくれなかった。
人間とは、なんてわがままで、脆弱な生き物だろう。
* * * * * * * *
「フェリ、自分だって草は不味いって言ってたじゃないか。まったく」
「やめろ……もうやめてくれ……振り返ってしまったらワタシは……」
フェリは、俺を殴り続けるが、それはどこか悲しげだった。
* * * * * * * *
日が出た。
あれから一日が経った。
「勝手に死ね」
物陰から見ていたワタシは、唐突な言葉にビクッとしてしまった。
完全に気配を消しているので見付かってはいないはず、たぶん。
独り言だろうか。
いや、もしかして自らに言ったのだろうか?
今までの様子から、自暴自棄になっているような気もする。
足首を怪我したからだろうか、食べ物を食べていないからだろうか。
どちらにしろ、やはり……とてつもなく弱い生き物だ。
心も体も弱い。
仕方なく、ワタシは姿を見せることにした。
「俺を食うのかな」
こちらを見た感想がそれらしい。
せっかく、また食べられそうな物を持ってきたというのに。
失礼すぎる。
憤慨しながらも、咥えていた植物の茎を差し出した。
「俺に?」
そんな事は当たり前。ワタシは礼儀をわきまえた賢いフェンリルなのだから。
……と見詰め続けた。
「別に何か食べたいわけじゃ……」
そんな馬鹿な。
いや、そんな馬鹿な……。
食べ物、食べ物を目の前にして。
ワタシは信じられないといった驚愕の表情で見詰め続けた。
「う、うぅん……」
自分に素直になったのか、エイジは植物の茎を食べ始めた。
顔をしかめながら、変な笑い方をして食べている。
どういう心境なのだろうか。
少しだけ興味が沸き、エイジの横に座ってみた。
「ありがとうな」
やはりワタシのチョイスは正しかった。
きっとあの植物の茎は最高の味だったのだろう。
食べたことはないけど。
「だけど、不味いな、これ」
……人間はわがままで、脆弱で、心も体も弱くて、恩知らずな奴だ。
ワタシは心底落ち込み、耳をペタリと折りたたんでしまった。
「お前も独りぼっちか?」
お前も、という事は、エイジもひとりぼっちなのだろうか。
でも、こんな弱い存在が一人で生きられるはずが無い。
家族と離れてひとりぼっちという意味だろうか。
それなら、ワタシと似ているのかも知れない。
同じひとりぼっち、忌避されるワタシは……わがままで、脆弱で、心も体も弱くて、テュールの腕を噛み切った恩知らず……。
いや、身体だけはワタシの方が頑丈か。
少しだけ体温が下がってきているエイジに寄りかかって暖めてやる。
「暖かいな」
少しだけ、誰かに必要とされている気分になった。
こんな事、いつぶりだろうか。
触ると砕けてしまいそうな存在が、ワタシにも体重を預けてきている。
「犬の毛、気持ち良いな」
犬じゃない狼だ、と抗議するために尻尾で叩いておいた。
フェンリルであるワタシが力を込めれば、今の一撃で命を失っているぞ、まったく。
でも、何かくっついてると……すごい久しぶりに安心できるから、許してやる事にした。
そんな感情、旅に出てから初めてかも知れない。
いつも忌み嫌われ、恐れられ。
旅路は酷く辛かった。
「俺、さ」
エイジはぽつぽつと語り出す。
「自分より小さい女の子を、助けられなかったんだ」
ワタシは身じろぎすらせず、ただ聞いていた。
「出会った時は、全然話しても反応しない子でさ」
エイジも、ただ話し続ける。
「でも、徐々に打ち解けていって、何年もかけて理解し合って、仲良くなっていって……」
こぼれ出す涙が見えた。
「それがちょっと前、ほんのちょっと前に亡くなった。知ってるか? 死んだ奴って、話しかけても……本当に何にも反応してくれないんだ……」
少しずつ感情が噴出するように、語気が荒くなっていった。
怒り、悲しみ、後悔。
密着している身体から伝わってきた。
でも、それ以上に伝わってきた事がある。
奇妙な事に、エイジの魂は半分しか無かった。
人間がそんな状態だと、辛うじて生きているという感じだろう。
意識や感情の減衰、そういうものに縛られているはずだ。
だけど、そんなものは関係ないと言う風に──。
「なんで! どうして俺は助けられなかった! あの子を! いくら俺がガキだっていっても!」
力一杯、エイジは叫んでいた。
生を表現するかのように。
疲労によって弱々しくも、ワタシを抱き締める少年の華奢な腕。
涙がワタシの身体に落ちる。
人間はわがままで、脆弱で、心も体も弱くて、恩知らずな奴だ。
でも──。
「綺麗な瞳だな」
きっと、この子はワタシより強い。
だから少しだけ、異世界の干渉をしてはいけないというルールを破った。
ワタシの黄金の瞳のエーテルで、エイジを治した。
といっても、半分になっている魂はそのままだ。
何故か掛かっていた、神との契約の一部を殺しただけ。
封じていた心の鎖を解き放った。
後はエイジが自分自身で、取り戻していく奇跡を祈る。
大丈夫、本当に強いこの子なら──。
「俺、美味しい物でも作れるようになろうかな」
ワタシは頷いた。
「それで、周りの奴らにいっぱい美味い物を食べさせてやるんだ。和洋中、なんでもござれってな!」
……撫でられた。
気持ち良いが、何か癪である。
「あ、でもプリンを最初に作れるようにならないとな。そんなに甘い物が好きって程でもないけど、藍綬の墓に供えてやるんだ」
プリン……。
それは食べ物らしい。
しょうがない、探してきてやろう。
* * * * * * * *
「そっか、フェリが治してくれたのか。世界に色が付いて、その瞳の金色が綺麗だなって思った」
「エイジ……」
フェリの眼には涙が貯まっていた。
* * * * * * * *
どうやらプリンというものは人が作る物らしい。
山のふもとの街にあるかもしれない。
プリン……、プリンを探して人混みを走る。
毛並みが良いだけの犬と勘違いされたのか、近寄られて変な機械でパシャパシャされたり、撫でられそうになったりと大変だった。
ユグドラシルからの翻訳魔法の加護によって文字や言葉は分かるが、具体的なプリンの形が分からない。
さっき八百屋というところの中に入ったら追い払われてしまった。
怖がられて避けられるのは慣れ始めていたが、水をかけられたのは始めてである。
ワタシは身体を震わせて水滴を飛ばし、再び奔走する。
「あそこの洋菓子屋のプリン美味しいよね~」
そんな女性の声が聞こえてきた。
どうやら、そこに行けばプリンがあるらしい。
走る、日が傾きかけてきたがひたすら走る。
そして、その店を見つけた。
立ちはだかるガラスのドア。
たぶん、巨人の国で見かけた自動で動くドアだろう、やっかいだ。
動物には反応しない場合があるので、うまく人の後ろからスッと滑り込む。
「あれ、ワンちゃん。飼い主さんは誰かな?」
店内を見回す店員。
だからワタシは犬では無い、狼だ。
しかもフェンリル狼なのだ。
「こちら特製カスタードプリンになります」
見つけた。
名前がちょっと違うが、亜種なのだろう。
ワタシは、プリンを手に入れるべく──。
しまった、通貨がない。
金貨……金貨でもあれば。
ええい、もう時間も無い!
ワタシは悪名高きフェンリル狼!
「きゃっ!? 犬がプリンを咥えて外へ!」
だからワタシは狼だ!
カウンターで受け渡し中のプリンを奪い取っても、ワタシくらいの畏れられる存在なら問題はないだろう。
問題は……無い……でも、罪を犯してしまってごめんなさい。
謝りながら猛ダッシュで逃げた。
そのまま、お腹を空かせているかもしれないエイジの元へ。
ぷるぷる揺れるプリンが壊れないように、慎重に。
油断すると一瞬でカップを噛み砕いてしまいそうだ。
エイジはこれを食べたら、どんな顔をするのか。
そんなうきうきした気分で山へ戻ってきた。
「く、熊……」
エイジは襲われていた。
子供とは比べものにならない体格の現住生物。
ワタシは咥えていたプリンを投げ出した。
「た、たすけ──」
熊の爪が届く前に、ワタシは跳んだ。
熊へタックル。
反動で身体が跳ね上がり、空中で回転しながらバランスを正して着地。
ワタシは地面へ投げてしまったプリンが気になった。
形は崩れてないだろうか、カップは割れてないだろうか。
エイジを食べ物で、笑顔に出来るだろうか。
テュールが、ワタシにしてくれたように。
──それが油断になった。
ワタシへ向かって走ってくる熊。
これ自体は気にしなくても平気な事柄だ。
しかし、何を勘違いしたのか、最も脆弱な存在──人間が。
「危ない!」
熊に向かって行った。
ワタシの強さを知らないためだろう。
自分も足首に怪我をしているのに、それでもワタシを守ろうとして、体格差がある熊に向かって行ったのだ。
無謀である。
それでは自分を生贄に捧げるどこかの誰かのような──。
エイジは、熊の手で振り払われた。
脆い人間など、そこに爪があっただけで死んでしまう。
ワタシは、ついカッとなってしまった。
ヒトの姿に戻り、威嚇した。
熊と同じように腕を一振り。
森の木々をエーテルでなぎ払い、かき混ぜるように吹き飛ばした。
黄金の瞳で殺意を込めて睨み付ける。
一目散に逃げていく熊。
ワタシは、遠目でもエイジが気を失っているだけなのを確認した。
今の騒ぎで人間達が向かってきているのが聞こえる。
名残惜しいようにため息一つ。
落ちていたプリンを、そっとエイジの顔の横に置いた。
「さようなら、白く純粋な心を持つ人間」
そして、地球から去った。
* * * * * * * *
「フェリ、ありがとう。でも盗みはいけないぞ。俺と一緒に帰ったら、謝りに行ってお金を払おう」
「ねぇ……エイジ……ワタシを殺してよ……」
「嫌だね」
フェリの攻撃の手がついに止まってしまった。
「エイジが与えてくれた温もりのおかげで、また旅に出たワタシの世界も変わった。人々は本当は優しくて、大切な何かを守るためにワタシを畏れていたんだって分かっちゃったんだよ……」
俺は、フェリがどんな悲惨な旅を続けてきたのかは分からない。
旅で見る世界が、どんなに変わったのかも分からない。
「そしてそれを、ワタシは……生きてるだけで……人々の笑顔を、未来を奪うかも知れないと気が付いた。でも、同時に自らの命を絶てなくなっていた。もう少しだけ、あの子の温もりがあった世界で生きてみたいって……」
「フェリ……」
「ほんの、ほんの些細な……終焉をもたらす神殺しの望みが出来ちゃったんだ……」
「フェリが死ぬ必要なんて──」
俺の言葉はフェリに届くのだろうか。
届かせたい。
絶対に。
「その後にね、初代オーディンと一度だけ出会ったんだ。そしたら、訳の分からない殺意が沸き上がって止められなくなった。巫女の予言……縛られてるのはシィだけじゃなかったみたい」
「最も強固に縛られているとシィが言っていたけど、きっと何か手が──」
「今もね──正式に、たった一人のオーディンとなってしまったエイジを……殺したくて殺したくてたまらないの。こうなるって分かってた。でも言えなかった。優しい藍綬だけが、それをどうにかしようとしてくれて……」
俺は……俺は、フェリより強くなりさえすれば、もう誰もフェリを危険とは見なさなくなるかも知れない。
いつでも俺がフェリを止めることが出来る、そう胸を張って主張できる。
そんな微かな望みのために強くなってきた。
何とかなると信じてきた、信じるしか無かった。
でも──現実はもっと根深いモノだった。
終末の予言、絶対的に決まっている事柄。
オーディンとフェンリルの殺し合い。
「それに、もうワタシのために何もしないで……」
「お、俺は……」
「エイジのプリン、みんな食べられなくなっちゃった。すごく悲しいよ」
「俺は……!」
「ワタシのためを思うのなら、ワタシの最後のわがままを聞いてくれるのなら──」
その望みは──言おうとしている事は既に何度か言われていて、予測は付いていた。
聞きたくなかった。
「ワタシを殺して。──せめて旅の終わりはエイジの手で」
「フェリは、フェンリルは──オーディンの俺を殺すんじゃなかったのかよ! 諦めるのかよ!」
「好きだから殺したくない……。好きだから──せめてその手で殺されたい」
俺は覚悟を決めた。
一つしか無い大切なモノを生贄に捧げる事を。
「俺は──フェリを殺さない。オーディンはフェンリルを殺さない! だって──」
「そう、それならワタシが……殺すしか……ない……」
その日──オーディンは、フェンリルに殺された。




