151話 巨人、冥犬、偽神(と、お隣さん)
黒妖精の国──砂漠地帯。
空には、疑似エーデルランドの初期と同じような巨大な転移陣が一つ。
そこから疑似天使の大群が出てくるところだった。
この異世界にはある程度の力ある存在はいるが、それも物量で押されてしまっては為す術も無い。
質量、パワーこそが破壊、全てなのだ。
「ようやくきおったかの。砂風呂は飽きてきたところなのじゃ」
砂漠から頭だけ出している、語尾がおかしい長い髪の少女。
空を見上げ、何でも無いという風に笑う。
「ここは可愛い物が全然ないからの。フレイヤクラスとまでは言わぬが、可愛い小物を後でドヴェルグ達に作らせるという──名案を思いつくスリュムなのであったのじゃ!」
高まっていくエーテルを感じ取り、疑似天使達は少女──スリュムに狙いを定め、降下し始めた。
「この異世界序列第三位が巨人の国──その霧の巨人の王スリュムを恐れぬのなら! かかってくるのじゃ!」
スリュムのエーテルは物体──巨大建造物を構築する程に高まり、それだけで周囲の砂を吹き飛ばした。
さっきまで埋もれていた首から下の格好は、珍しくまともな服だった。
賢者が着るようなゆったりとした高級な白ローブ、突風になびく黒マント。
そして、黄金牛の角を模した王冠を取り出し、誇りとして頭の頂に載せた。
「我が拳を受けて生き残ったのなら、スリュムヘイムへ招くことも吝かでは無いのじゃ。──もっとも、そんなバカはアイツくらいなのじゃ!」
腕を組み仁王立ち。
傲岸不遜に口角をつり上げる、神話の巨人。
空間が歪み、星をも砕く超弩級の拳が出現した。
* * * * * * * *
同時刻──冥界。
ヘルヘイムとも呼ばれ、ロキの娘である、フェンリルの妹が納める世界。
身体を失ってもなお、意思ある者たちの安息の地であり、更生の場所でもある。
緑無く岩肌だらけ、煮え立った溶岩風呂がそこかしこに見えるイメージ通りの地獄。
元は氷の世界だったが、地形改善されて今の気候となった。
そこに西部劇に出てくるような、悪党だらけの町がある。
冥界の住人達が、狂いながらも楽しく過ごしている。
関係ないが、流行のファッションは縞々のレトロな囚人服だ。
デザイン出来る住人が非常に偏っている少数だけなので、大体はこれとドクロパンク風味の服とループしている。
「あー、本当に疑似天使が来ちゃった。疑似とは言え、天使の羽根とか吐き気がする。むしり取って、罪人に穴という穴を犯させて堕天コース直行を見たいわね」
天に蠢く疑似天使の群れを見上げる、火傷跡が目立つ少女──ヘル。
その身体は幼くも、眼は汚物を見るような嫌悪感混じりのジト眼。
口からは出る言葉は毒々しい。
可愛らしいフリル付きブラウスも相まって、外見だけは小さな淑女と言った感じで、その中身との反比例で亡者のファンも多い。
「といっても、わたくしは馬鹿力のバカ姉や、世界蛇の頼りない兄と違って、お父様から受け継いだのは知性や品格が大半。このままでは疑似天使に今度こそ焼き尽くされてしまいそう」
あ~、誰かあれに玉砕して最後のショーでもやってくれないかなー、という視線を辺りに振りまく。
無理、無理無理、と首を振る亡者達。
「ったく。後は不死身じゃ無かったバルドル君だけど、色々と鬼畜行為をやっちゃって楽しんだ後だしな~……。オマケに神器もパクって投げ捨てちゃったし」
ため息を吐き、チョコンと座り込むヘル。
音声をミュートにすれば非常に可愛い。
「あ~あ、あの大群相手じゃ他の誰でも分が悪い。こういう時にあの犬でもいてくれたらな~。でも、黒妖精の国に送り出した後に行方不明。あ~、い~て~く~れ~た~ら~な~」
「呼びましたか! ヘル様!」
どこからともなく現れる一匹の赤髪犬男。
その表情、ピンチの時に駆け付けたドヤ顔。
「んじゃ、ガルム。後よろしく~」
「え、あれ、リアクション薄くないですか?」
「無いわよ~」
「そんな~……。でも、そこがヘル様らしいというか……!」
変な所でテンションが高まる赤髪、犬耳、犬尻尾、Tシャツ姿でトゲ首輪を付けたパンク風青年──ガルム。
「どーせ、来ると思ってたしね」
「そ、それって信頼されてるみたいな、ですか!?」
「纏わり付いて邪魔なだけ。でも、そうね。今回はちゃんと働けたらカリカリじゃなくて、生タイプを用意してあげましょう」
「生っすか!? カリカリでも珍しいのに!」
ガルムは最高潮となり、黄金の腕輪──神器を即発動させる。
「金色の玖夜捌雫、オレを増やせぇ……!」
「それもチューブタイプの個別包装のね、もう甘やかしすぎて蕩けちゃうんじゃないかしら? 今回だけの大サービスよ」
ヘルはその後に小さく呟いた──フェンリルには負けられないし、と。
「っしゃああああああああ! オレやりますよ! いつまでも負け犬じゃないですよ!」
瞬時に数百体まで、金色の玖夜捌雫の能力で分裂したガルム。
「見てろよ尾頭映司ィ! 冥界最強の犬ガルムの真骨頂は相手を殺すこと! 不殺ルールじゃ力を全然発揮できてなかったんだぜぇー!」
分裂ガルムは疑似天使に突撃、爆散していく。
「うっわー、汚い花火最高! やっぱガルムのこれ面白いわぁ~。神器を渡して大正解だった~」
色々と言えない『生タイプ』が飛び散っている様を見て、ニコニコと笑うヘルであった。
* * * * * * * *
同時刻──地球。
「いや~、ちょっと聞いてくださいよ」
地球の管理神──否、偽神クロノスは困り果てた表情をしていた。
場所は尾頭家のすぐ横。
「俺は忙しいのだが……」
「そんな事を言わないでくださいよ。ついつい、5000年前の私に近い境遇の子に頼まれて安請け合いしたけど、あの無愛想な世界樹に、時間魔法も空間魔法も封じられちゃってですね……」
ペラペラと話すクロノスを、面倒くさそうに眺める一人の大男。
「いや、だからだな……これからまた家族サービスで」
「一生のお願いですから、ね! ほら、ここを壊されると隣人関係とか大変じゃないですか」
「一生のお願いって、五千年くらい前にも聞いた気がするぞ」
尾頭家のお隣さんは頭を抱えた。
「雷神トールさん、アレを一振りでお願いしますよ~」
ヒゲの大男で、サラリーマンの正装であるスーツ姿が似合う営業マン。
それでいて休日は息子眞国の良きパパとして家庭を大事にする夫──それが今のトール。
北欧神話最強のパワーを誇る雷神トール。
「アレを使うの嫌なんだがなぁ……。息子の教育に悪い。大体、お前は世界樹の魔法拘束くらい簡単に破れるだろう? 原初の世界殺しを成した神器『アダマスの大鎌』で──」
「いや~、今の私では無理ですよ。もしできたとしても立場上、大っぴらにそれをやっちゃうと面倒なんです」
「じゃあ、草薙和菓子店に通ってる刀の神器とか」
「今、熱田神宮の方に顔を出しているみたいですね」
たはは、と面目なく、それでいて余裕十分なクロノスの困り顔。
「後は近くだとルシファーの奴が──」
「ああ、勢力争いでハメられて、今は下級悪魔として魂集めのバイトをしています」
「あ~、ったく。これっきりだぞ!」
敵に回すと恐ろしいが、味方だと扱いやすく、乗せやすい巨人殺し──それが雷神トールである。
「言っておくがお前のためじゃないぞ! マグニと遊んでくれていたフレイヤの孫のためだ! そうじゃなかったら、いつものように誰彼構わずハンマーを頭に当ててやるところだったぞ!」
少々、気は荒いが……根は面倒見が良い。
それを分かっていても、唾が掛かる距離で雷のように怒鳴られているため、クロノスは胃にダメージを負った。
「あ、あはは……では頼みます。空間をねじ曲げて誰からも見えないようにしていますので」
「やっぱお前、世界樹の魔法拘束を軽々と破ってるじゃねーか」
舌打ちしつつ、トールは右手を大きく掲げる。
光が集まり、金のグローブが出現。
「あとは、腰に剛力無双帯っと……この格好するのも久しぶりだな」
「あの神器を使うのに、その二つが必要ですからね。おっと、疑似天使の大群が出現しましたよ」
空の巨大転移陣から、黒い何かが一斉に押し出される。
あまりに多い破壊衝動の群れ。
それを見て、しょうがないとため息一つ。
「俺の一部のようなものだから、勿体ぶった詠唱もいらねーだろ? なぁ、『雷鎚』!」
雷神トールがその名を発した瞬間、宇宙の果てから何かが飛来した。
それは上空の疑似天使を軽々と粉砕しながら、直線上の手の中に収まった。
『トール様! トール様! やっとお呼びに──』
赤熱化している、柄の短い金属製の大型ハンマー。
表面には複雑な彫金が成されており、幾何学模様のラインが幻想的に光っていた。
一言で謳うのなら、力と言う名の芸術品。
その中から、女性の声が──ミョルニルの声が響いている。
『使った後、力一杯に宇宙の彼方まで投げつけるなんて、もうイケズ! でも、またその凜々しいお姿を拝見できて私は! 私は、興奮冷めやりません! あ、それでマグニ様はどれくらい成長なされましたか? 私としては、アルバム等あると毎日の妄想デートの幅が広が──』
「ぬんっ!」
長文台詞は悪だ、という様にミョルニルを思いっきり頭上へ放り投げる。
超加速のドップラー効果を得ながらも、トールとマグニへの愛を語り続ける恍惚とした声が聞こえる。
「アレが教育に与える影響は多大だ。せめて息子が成人するまでは会わせるわけにはいかん」
「まぁ、マグニ君が成人しても、本人が受け継ぐのを嫌がりそうですけどね……。将来はフリン様と修羅場の予感がします」
そうかもな、と目元を少しだけ優しくするトール。
「じゃあな、世界を欺いた元人間。俺は家族サービスに戻る。良いパパというのは巨人を殴り殺すより大変だ」
「ええ、お達者で。巨人を殺さない道を選んだ偉大な御方よ」
解散、とばかりに背を向けて立ち去る偽神と雷神。
数瞬遅れて、空には極大の雷柱が立ち上り、月面の横を通り過ぎていった。
後には疑似天使も、巨大転移陣も何もかも残っていなかった。




