150話 玄関開けたら2分で全壊(呼べば出てくる高校生)
ただユグドラシルは見ていた。
主人から託された仕事を全うし、全知全能に近い権能を持つ存在は見ていた。
「ヴィーザル様は真のラグナロクへと至ってしまうのでしょうか?」
ユグドラシルは答えない。
ただ世界中に見えない根を張り、見ていた。
「初めは争いを極力無くされた、ねじ曲げられた白き世界。それに適応できないだけだった。その僅かな蝶の揺らぎが黒き神の寵愛を誘い、やがて世界を黒に染め上げていく──」
ミーミルは、ユグドラシルに寄り添うようにもたれ掛かる。
甘い接吻の如く顔を近づけ、囁き続ける。
「一度目の未来観測は白黒の神話、二度目の未来観測は白の平和、三度目の未来観測は黒の悲話、現在の四度目の未来観測は光陰の──もう混ざり合って何も見えない秘話」
ミーミルの瞳は今を見ていた。
世界を自己愛によって滅ぼそうとする、黒き神の寵愛を受けたヴィーザル。
それに抗おうとする存在達。
冥界、地球、鉱星──そして最も懐かしき本星。
諦めない意思達がそこには見える。
本当に弱い白き加護によって、運命操作の影響から逃れ、選択肢を掴み取れるだけの『彼』に影響された──勇気ある者達。
「彼、いえ、彼らが世界を育てる。私達が一番好むモノを沢山注ぎ込んで。でも──そのために彼は、たぶん……」
ミーミルは世界樹との繋がりによって、その権能の一部と共に呪いのような、機械的な判断が求められる時がある。
最もたる存在証明、ミーミルという代名詞──生贄という代償と対価の譲渡。
「権能として、もう私程度では完全な未来を観ることは出来ません。でも、彼と次に話すとき、どんな残酷な言葉を告げられるのか分かってしまうんです」
ミーミルは、珍しくユグドラシルが同意した気配を感じた。
それがおかしくもあり、当たり前のことであり、少しだけ子供のように無邪気な微笑みを見せた。
「さぁ、鉱星の巨人、冥界の犬、地球の雷神、最も懐かしき本星──エーデルランドの優しくも、これから約束破りをするであろう酷い御方」
目に涙を浮かべながら続けた。
「そして、私達が大好きな『白き神』『黒き神』の面影持つ二人が──誰も罰することの出来ないまことの罪化を遂げるか、見届けましょう。そうせずには、愛しき者を救えないでしょう」
童話のように繰り返す。
「見届けましょう、見届けましょう。私達はただ見届けましょう。世界殺しのヴィーザルと、運命に何度殺されようと立ち上がる──最強の主神となる御方を」
* * * * * * * *
長さは俺の身長より大きい2メートル程。
肌に吸い付くような木製の柄は、世界樹の枝。
エーテルを抵抗なく行き渡らせ、この世の理を掌に握らせてくれる。
先端の鋭利な穂は、気高い金属の色──白銀。
曇り一つ無い表面は、明鏡止水を体現したかのように異質で、世界を三角形を切り取っているように見える。
合わせた全体のシルエットは、狩りをする隼が尾引くような、鋭角な矢印型。
「──絶対勝利、ただ其れだけの為、幾千幾万の楔と成れ。もう一つの主神の名において──我放つ──」
「お前は、何故ここに!?」
──その槍の名は。
──その持ち手は。
「──必中せし魂響の神槍!」
「何故ここにいる! 尾頭映司!」
俺──尾頭映司は、グングニルで転移陣を突き破りながら、疑似エーデルランドへ突入。
そのまま投擲した。
『オウズよ、相手は数百億。ちぃとばかし多いみたいじゃぞ』
周辺──星全てを把握したグングニルからの忠告が響く。
確かに敵と転移陣で空が見えない。
俺はニィッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、概念消失した左目を光らせた。
「そうか、じゃあ──アレを使うか!」
この神槍にはルーン文字──報酬、勇敢、巨人、主神、車輪、炎熱などの25文字が刻み込まれていた。
英語で言うアルファベット──ルーンのFUThARK全てで25重にルーン魔法が即時発動可能。
つまり、それは──。
「──我が神言は扇動者! 一万の神槍に告げる!」
瞬く間に一万本へと分離し、光を超える速度でエーデルランド中に散らばった神槍。
「──我が神言は魔術父! 刻まれし25のルーンよ!」
一本一本が魔法の杖として機能し、視覚、思考等の魂持つ神器となる。
「──我が神言は恐懼神! 一万の杖から破壊を放て!」
一本に付き、上級含めた疑似天使を数百万体倒せばいいだけである。
住人に被害が出ないように、破壊と同時に空間凍結。
ついでに残りの転移陣も掻き消しておく。
エーデルランド──つまり星全てを上書きするように魔法の炎、氷、雷といった派手なエフェクトが飛び散る。
それに触れただけで疑似熾天使でさえ飴のように溶解、または凍結粉砕、そして消滅。
まるで刑罰執行中の冥界絵図である。
星に群がっていた疑似天使の破壊後には、通り雨が去った後の快晴のような光景が広がっていた。
「ゴミ掃除したら、良い天気になったな」
何事も無かったかのように、一本へと戻った神槍を掴み、地表へと降り立った。
「映司! 呼んだら本当に来たです! 映司! 映司!」
いきなり抱きついてくるフリン。
「言っただろ、ピンチの時に呼べば駆けつけるって。女の子との約束は守るさ」
ひどく久しぶりに会ったような気がするフリンは、何故か少しだけ成長したように見えた。
「エイジ、お腹が空いたぞ……」
「帰ったらでいいか、それ」
切なそうなフェリの声は適当に受け流しておく。
さて、状況確認だが──。
あれから、シィの録画にはいくつかのパターンを想定しながら預言がされていた。
それでも、一瞬での理解は難しい。
とりあえず倒れている二人は狸寝入りで、フリンはエーテルをほぼ消費、風璃は無事、フェリは鎖に捕らわれている。
一番ひどい状況なのはシィだが、絶対に死んでいると自分で予言していたはずなのに、右腕を失っているだけというのは不幸中の幸いなのだろうか。
その横に勇者リバーサイド=リングも転がっているが、身体が一時的に動かないだけで元気そうだ。
後の問題は──。
「やぁ、映司」
「よぅ、ヴィーザル」
目の前のヴィーザルだろう。
シィの録画では最後まで『敵』としての名前を出せなかったみたいだが、攻撃の痕跡などから一瞬で分かってしまう。
それとは別に、まだかなりのエーテルを残しつつ座り込んでいるテュールはよく分からない。
このまま二人と直接争えば、周囲の誰かが殺される可能性が高い。
さらに疑似エーデルランドには、本来のエーデルランドの住人も転移させられている。
全てを人質として考えれば下手に、本人に手を出せない。
糸口を掴むために、もう少し情報が欲しい。
現状を把握するためには、プライバシー的な問題であまりやりたくなかったが──。
「ランドグリーズ、起きてるんだろ」
「ちっ、しゃーねーな」
ランドグリーズを装着して、ここ数日の記憶を見させてもら……何か口調がおかしい。
声やエーテルはランドグリーズ本人のものだが、何かやんちゃな雰囲気に。
こんな事が前に一度あったような……。
「藍綬! 無事だったの、藍綬!」
起き上がるランドグリーズを見て、風璃が安堵の表情。
思いっきり藍綬呼びをしている。
さっきまで放心状態だったというのに、どういう事だろうか。
「ごめんな風璃。アタシはもう藍綬じゃねーんだ」
「それはどういう……」
ランドグリーズは、風璃の言葉、悲しげな呟きから逃げるように、俺に向かうエーテル光となって鎧へと変化した。
俺を包む、頭部以外の全てをガッチリと包む主神の全身黄金鎧。
(そうか、映司は見たいのか。いいぜ、藍綬の記憶すべてを見せてやるよ。あの子が、あんたのために汚れていった記憶さ)
──俺を慕ってくれていた少女の記憶が流れ込んでくる──。
──それはとても暖かく、やるせなく、何者にも破壊されない強い意志──。
(でも、最後はフェンリルを殺しきれなかった。あんたが紡いじまった新しい絆のせいさ。いや、おかげか?)
やっぱり、藍綬とは別に、もう一人のランドグリーズが存在していたんだな。
(ちっ、気付いてたのかよ)
最初は確証も無かったが、前に風邪をひいて出てきた時……あれは余りにも藍綬と違いすぎた。
(残された時間が無かったんだからしかたねーだろぅ)
もしかして藍綬のためか?
(本人の名誉のためにノーコメントだってーの。まっさか奥手の藍綬があんな事を一度はしてみたかったとか考えていたとか口が裂けてもいえねーの、あはは!)
お前、口が悪いな……でも、良い奴だ。
(ば、ばっか! そんなわけねーだろ! アタシは、面白い事を望み、面白い側に付くだけだ! この退屈でクソみたいな世界に飽き飽きだからな!)
俺の精神世界で向き合って会話している、本当のランドグリーズの姿は──藍綬に似ているが、どことなく悪戯っぽいやんちゃ娘のような……。
顔のどこかが風璃に似ているのだろうか、何か既視感が。
(そりゃお前は鏡をあまり見ないからな)
ん?
(なんでもねーよ。それで、一番聞きたい事があるんだろう)
そうだな、藍綬は、今……。
(かろうじて消滅してはいない。だけど、ヴィーザルによって完全にあたしから切り離されて魂の欠片が残っている程度だ。身体を失った存在がどうなるか──)
神々のような強い存在ですら、身体を失って精神だけになると、徐々に消滅していくと聞いた事がある。
(そう、元々身体を失っていた藍綬を、アタシのエーテルで何とか補っていただけだ。もっとも、アタシも身体を失っていたから風前の灯火二つだったけどな)
つまり、どうなんだ……?
(結論から言えば、藍綬はもうアタシに保存されていた記憶を全て失っていて、一度切り離した今はどうやっても戻らない。情報だけ与えても、第三者の昔話を聞かせる程度の認識になるな)
そうか……。
(映司の姿を見ても、あなたは誰? と言われるのがオチだろうな。もっとも、魂の欠片だけになっちまった存在がそこまで戻れるかも怪しいがな)
こちらのエーデルランドの状況や、藍綬の事は分かった。
ありがとう。
(おう、それじゃあ面白い事をアタシに見せてくれよ。それだけが望みで──)
ありがとう……藍綬に優しくしてくれて。
(はっ!? お、おまえ何をッ!? 享楽家のアタシがそんな気持ちを持つはずが)
ランドグリーズも、そのまま藍綬と同じ存在なんだなって、同じくらい素敵な女の子だなって思っただけだよ。
(な……なんだよ……バカじゃないの……。ほら、この接続会話は現実時間で一瞬だけど、まだやることが残ってるだろ! 良いから先にそっちをやれ!)
ああ、一瞬でも大切な時間だった。
(ったく……昔っからこうだ)
何かランドグリーズが小さく呟いた気がするけど、今はこのエーデルランドをどうにかする事が先決だ。
まずやらなければいけない事があるのだが、それには予言の巫女が必要だ。
シィに視線をチラッと向ける。
意図に気が付いてくれたのか、その表情はやれやれといった苦笑に変わった。
さすが恋愛成就させた後だ、こちらの無茶ぶりを一瞬で理解しても、慌てず落ち着いてどっしりの心構え。
今のシィのオリハルコンメンタルなら、黒き加護を纏うヴィーザルにすら気圧されないだろう。
「──おや、ランドグリーズ。既に起きていたのですね」
相変わらずヴィーザルは微笑んで余裕綽々だ。
俺とランドグリーズのやり取りは、外から見れば一瞬だったための反応だろう。
「このヴィーザルを、藍綬だけでなく、あなたも裏切ったという事で良いのでしょうか?」
『そういうこった。テュールお爺ちゃんには悪いけど、こっちの方が面白いと思っただけだからなぁ』
「ふむ。そういえば、やたらめったら破壊するあなたは元々そんな性格でしたね。だからこちら側に付いたというのもありますが。テュール、あなたの孫も殺す事になりますが──」
視線は座り込んでいる軍神テュールに。
「構わん。覚悟して戦に臨むのなら、その死は誉れであり祝福」
『テュールお爺ちゃん話が分かるぅ!』
「神々っていうのは戦闘狂の家庭が多いな……」
つい口に出てしまった。
『まぁな。だからこそ、強制された戦の無い世界なんてものでは、歪とされて色々あった奴らも多いのさ』
なるほど。
各々に事情というものがあるのか。
「さてと、予期せぬ乱入。愛しい映司にきてもらいましたが、他の三つの世界でも疑似天使による侵攻が開始されます。どうか、愛しいフェンリルと共にご笑覧有れ」
「野郎から愛しいとか勘弁してくれ……」
と言うやり取りの中、このエーデルランドの生命全てをエーテルで探って把握しておいた。
アレを思い出しては不謹慎だが──、こういう事は最初にエーデルランド絶滅をやらかした時にしている。言い換えれば慣れている。
何もかも時間を戻して解決した未熟な自分が懐かしい。
まぁ、もうあの禁じ手は使えないが。
今はその結果にならないように顧みて、奇跡を自分の手で──いや、エーデルランドと、アイツらで協力して起こしている最中なのだから。
お礼の品は可愛い小物と、ドッグフードと、胃薬でいいだろうか。




