147話 不幸1割(幸福9割)
私──藍綬は、ヴィーザルの頭蓋骨を砕いたメイスの手応えにウットリしていた。
「映司さんと、風璃と、私の仲を遮ろうとする者は何者であろうと排除します」
「ら、ランドグリーズ……助かったです。でも、どうして──」
怯えるような眼で見つめてくるフリンさん。
無理もない、目の前であんなものを見てしまったのだ。
ここは安心させてあげよう。
「ヴィーザルは、風璃を最後に殺すことによって、映司さんとフェリさんの絶望を深めようとしていたからです」
「そんな事をしようと……」
「つまり、私達三人を遮ったり、害を与えようとしていたのです。私達の邪魔をするのなら、殺してしまっても構いませんしね。あ、フリンさんの場合は私達の邪魔をしても、悪意は無いので殺しませんよ」
「な、何を言ってるんです?」
私はメイスに付いている汚い血を振り払い、鎖で拘束されているフェリさんの方を向いた。
「でも、フェリさんは──これから悪意を持って、映司さんを殺す存在になる可能性が高いので殺します」
(アンタ、無茶するねぇ)
私にしか聞こえない、私に全てを貸し与えてくれているランドグリーズの声が響く。
(『黒の加護』という無敵の自動運命操作が、フリンの微弱ながらも発せられた『白の加護』で中和されている最中に背後から殴り殺すとか)
ヴィーザル──彼は普段から無敵みたいなものだったから、油断してエーテルを引っ込めている時は生身の脆さなんですよね。
頭部を砕いて、そのまま引き千切るのは簡単でした。
(あの純粋だった子が、どうしてこうなっちまったかねぇ……)
純粋? 私は今でも、映司さんと風璃の事ばかり考えていますよ。
(堕天した天使達と一緒で、純粋が故の狂気か……。いいさ、アタシはテュールお爺ちゃんを殺さないのなら見てるだけさ。戦っても命までは奪わないでくれよ)
私は──私は、あの時から何か変わってしまったのだろうか。
生前は不幸であり、幸せであった。
両親から虐待を受けて結局は死んでしまったが、光とも言える兄妹と出会えたからだ。
割合的には不幸1,幸福9と言ったところだろう。
(薄幸の少女かと思ったらこれだからねぇ……)
ランドグリーズには感謝してる。
私の死に際、願いを叶えるために色々してくれて。
(アタシも身体を失って彷徨っていただけだし、それにもう代償は他の奴からもらったのさ)
死の直前、窓から見えていた星はランドグリーズのエーテル体だった。
身体を失って弱っていた所を、私の元へ来てくれたらしい。
でも、なぜ私だったのだろう。
それに代償とは何か。
(さぁな……)
そこでいつもはぐらかされてしまう。
とにかく、そこからランドグリーズの祖父であるテュール経由で、ヴィーザルへの協力を求められた。
私を使って映司さんを絶望させ、連鎖的にフェリさんやフリンさんも巻き込むつもりだったのだろう。
断った場合は、たぶんランドグリーズごと消滅させられていた。
私は──丁度良いと思ってヴィーザルを利用する事にした。
映司さんを裏切ってでも、映司さんと風璃を守るというシンプルな答え。
ヴィーザルの前では、映司さんと風璃への気持ちに嘘を吐かなければいけないのが本当に辛かった。
だから、さっき殴り殺した時は快感だった。
私に直接、風璃に嫌いとまで言わせたのだ──神であろうと死んで当然。
「藍綬、フェリちゃんを殺すって……そんなのいけないよ!」
耳に、私の存在意義の声が聞こえてくる。
私に向けられた声、嬉しい。
でも、それは否定の言葉、悲しい。
「風璃、ごめんね。映司さんのために殺さないといけないの」
「映司お兄ちゃんは、自分のために誰かを殺すなんて望んでいない!」
「うん、そうだと思う」
優しい風璃、優しい映司さん。
私は最初から知っている。
「だからこそ、私が殺してあげるの。大切な存在だから、そんな事はさせたくないし、されたくないから」
「だったら! あたしも映司お兄ちゃんも! 親友の藍綬がそんな事をするのは──」
「ありがとう」
私は再び、フェリさんに向かって歩みを進めた。
映司さんのためなら、風璃のためなら、私は何だってしよう。
いくらでも汚れよう、嘘を吐こう、死も──罰も罪も何もかも受け入れよう。
「愛か狂気か、表裏一体の恐ろしさよな」
「こんにちは、ランドグリーズのお爺様」
私の前に立ちふさがる隻腕の軍神テュール。
「ランドグリーズはどうした?」
「今は私が主導権を握っています」
という事にしておいた。
本当は主導権を譲ってもらっているのだが、私が敗北した場合にランドグリーズのみが生き残る事の出来る選択肢として用意している。
「そうか、では不肖の孫を叩き起こしてやろう」
「お手柔らかにお願いしますね」
異様に鍛えられた隻腕に、鞘に収められた軍神の剣をグッと握るのが見える。
私は左手に大盾を呼び出し、右手には血に濡れたままのメイス。
こちらが中学生程度の外見に戦乙女の甲冑で、相手は偉丈夫で鎧マントを装備した軍神のため、外見的にはかなりの差がある。
だが、実際の戦いにそんなものは関係ない。
上級第一同士の戦いというのは、魂の競い合い。
軍神は一瞬で最高速に加速、滑るように走りながら、抜刀。
私はそれを受け止め、衝撃を物ともせず反撃。
数度の打ち込みの後に拮抗、鍔迫り合い。
一瞬にして、機械のように正確で力強い動き。
正々堂々、古くから打ち合いで生きてきた軍神の所作だ。
「手強いな、藍綬よ!」
「軍神にお褒め頂き光栄です」
映司さんと、ヴィーザルから与えられていた力がミックスされ、軍神テュールとも渡り合える程だ。
剣の一撃を大盾でいなし、右手のメイスで横っ腹を殴打。
鎧の上からでもダメージを与えるという特性は、相手が強固なエーテルを纏っていても発揮される。
盾や鎧であっても耐刃耐魔重視の物が多いので、メイスで殴れば砕くことも可能。
これが盾の破壊者と呼ばれる由縁の内の一つだ。
そのダメージによって怯んだところに、本命の追撃。
メイスに、ただ単純に殴るための腕力を込める──全身全霊で。
「生命破壊撃──!」
「ぐっ!?」
どんな強固なエーテルですら破壊する渾身の一槌。
テュールはそれを剣で受けるも、威力を殺しきれずに吹っ飛ぶ。
「……見事な技だ」
「どうでしょうか? テュールさんが孫の身体へ手加減していたようにしか思えませんが」
「くくく……。そうだな、確かにミョルニルよりずっと軽かったはずだ。互いの気持ちの軽重かもしれぬな」
テュールは笑いながら、大の字になって寝転がってしまった。
「俺はな、太古はオーディンと同じ地位にありながら、今はこの落ちぶれ様よ。すっかりと焼きが回ってしまったものだ」
立ち上がって追ってくる気配もないので、そのまま放っておく事にした。
「さぁ、フェリさん。殺しに来ましたよ」




