142話 修行の成果(YRのルーン)
「へぇ~、いっぱいいるです」
「確か、ユグドラシルが緊急時に作り出す疑似天使っていう魂の無い機械。いつかワタシも戦ってみたいと思ってたんだよね!」
ワタシ──フェリは、神の国でテュールとも合流して、ここまで船で来た。
フレイから貸してもらった、四人では大きすぎる星渡りの船。
山のようなサイズだが、これでも小さめの状態らしい。
本来の姿になると、全ての神を乗せられるくらいになるとか。
これを使ってエーデルランドの付近まで通常航行……といっても、物凄い速度だった。
そこから、近くからなら転移陣を使えるとヴィーザルが言ってきて、即突入してシィを助けた場面へと繋がる。
「あ、それでシィ。エーデルランドのみんなは大丈夫なの?」
「オズエイジはここにいないけど、他は街の手前で疑似天使達を抑えていて、通信で死者は0って入ってきてる」
どれどれ、と通信機からの音声に耳をやると、どうやらケンとカノも一緒に戦っているらしい。
あの兄妹がいるのならある程度は大丈夫だろう。
特にカノの防御能力なら、広範囲をエーテルで把握して、ピンポイントの炎壁で即死に繋がる攻撃を防げそうだ。
「あの二人とも久しぶりに会いたいな~」
「フェリ、その格好で誰かと会うですか?」
「黒妖精の国で会った子供達とちょっとね」
フリンに指摘されて、自らの格好を見る。
地球での姿……ジーパンTシャツではなく、エーデルランドに来る時に着ていた身体にフィットする戦闘装束だ。
「何かピッチリしていて恥ずかしくないですか? おへそも出てるです」
「う……」
薄く黒い皮膜のようなもので胸と腰回りを締め付けるように覆い、ふさふさの毛皮を申し訳程度に装飾として付けている。
後は動きやすいように素肌を曝け出している感じだ。
地球で言うところのチューブトップとスパッツという物に似てるらしい。
異世界を旅をするときは全く不便しなかったが、エイジと出会ってからは変に意識するようになってしまった。
それでエイジの視線が恥ずかしくなって、結局は地球でTシャツジーパンに着替えてしまっていたのだ。
「こ、今回は本格的な戦いになるかも知れないから、本気を出せる格好で来たんだ」
「うーん、でも寒い格好だと心配されて恥ずかしいです」
どうやら、エイジが見てくるような視線からの恥ずかしさの話では無かったらしい。
だが、確かに普通の人間から見たら暑さ寒さの見た目というのも大切だ。
「それなら、フリンの法衣はフッカフカしているけど、熱いところに行ったらどうするんだ?」
「その時は~……フェリに服を貸してもらうとかどうです!」
ワタシは、お互いの格好を見比べる。
「サイズが無理だし、この服はまだ小さいフリンには似合わないと思う……」
「うぬぬ! いつかボンキュッボンになってやるです!」
「はは、その時は貸すよ」
きっとフリンはフレイヤ並の身体に……いや、もしかすると初代オーディン並の筋肉を付けるかも知れない。
非常に楽しみだ。
「おい、フェンリル狼よ。エーデルランドが疑似天使で埋め尽くされようとしているが……良いのか?」
白髪隻腕の偉丈夫──軍神テュールからのツッコミが入った。
それを見て微笑む銀髪長身のヴィーザル。
「ふふ、二人ともマイペースですね」
ワタシは頭をかきながら現状を見回した。
「あ~、そうだね」
辺りに飛び交う疑似天使達、すっかり忘れていた。
「それにしても、これだけの時間、疑似天使に侵攻されて死者0とは恐れ入りましたね。さすが元は父さんが納めていた伝説の地と言ったところでしょうか」
とりあえず、満身創痍になっているシィを、ぶつぶつ独り言をしているヴィーザルに預ける事にした。
命に別状は無さそうだが、かなり消耗している。
「この子、頼めるかな?」
「はい。私は立場上、緊急時じゃ無いと手を出しにくいので~……。今回は見ているだけにしたいので丁度良いです」
「俺もそうする。なぁに、これくらいはお前ら二人で十分だろう」
テュールまで見学だけという事らしい。
だけど、久々に暴れられそうなので嬉しい気持ちでいっぱいだ。
「フェリ……気を付けて。上級第二位──疑似智天使と……」
「うん、わかってるよシィ。それと上級第一位──疑似熾天使もいるね」
「だいじょーぶです! パワーアップしたこの私、フリン──いや、二代目フレイヤ(予定)の活躍を見るですよ!」
そういえば、フリンは修行の成果を試したいタイミングかもしれない。
全て一瞬で倒してしまわないように気を付けなければ……。
「それじゃあ、神器のお披露目をいくですよ!」
アレを使うのならかなり大雑把な大量破壊だろうから、フォローで取り逃がしたやつを倒す方向でいこう。
……と、話してる間に敵は数百まで膨れあがっていた。
さぁ、噂に聞く黄金の首飾りを見てみようじゃないか。
「今度は詠唱の省略無しです……!」
厳かな法衣にも負けず、豪華絢爛に首から下げられている美の奇跡。
その素晴らしさにフレイヤが一目惚れし、ドヴェルグ達から……ゴニョゴニョして譲ってもらったけど、ロキお父様が告げ口してややこしくなった、という一品。
盗まれたり、狂戦士の王の手元に渡ったりと大変だったとか。
それが刻、世代を隔てフレイヤの孫であるフリンの元にある。
「全てを作り出す創世の首飾りよ、死の美しさを照覧せしセイズの座よ──」
その詠唱から、きちんと神器の理解を深めているようだ。
黄金の首飾りは、死の女王が座る制御装置へと変化。
フレイヤが得意とした、物体を媒体にエーテルを操るセイズ魔法の極意とも言える神器解放。
それが真の姿を発揮すれば黄金、宝石、それに止まらず有りと有らゆる物を──。
「炎のような情熱を以て、今ここに──」
オーディンの死者の館と対になる力すら──。
「大砲でぶっ飛ばせ! 世界盤の頚飾!」
『起動確認。モード殲滅』
まさかのYRとは……。
ルーン文字で、この場合の意味はたぶん矢だろう。
複数の意味があるけど、今回は一発で分かってしまう。
見た目的に……うん。
つまり変な方向で神器を理解をして、発動してしまったようだ。
フリンがチョコンと乗る玉座は、大岩が発射出来るサイズの大砲とドッキングした。
ワタシがロキお父様から聞いた本来の姿とはだいぶ……いや、かなり違うが、これはこれでありなのかもしれない。
「フリン、もしかしてだけど、そのまま自分を発射するとかは……」
「あの特訓はイメージトレーニングです! 大丈夫! 見ててくださいです!」
人間大砲で上級第一位の疑似熾天使に突っ込んで行く事はしないようだ。
「終わりに来る黒き者、世を灰燼に帰す古き燃え木……」
その詠唱は前にエイジから聞いた事がある、あの魔法だ。
「鹿角持つ豊穣神を屠るムスペルヘイムの守護者──その枝の破滅を以て、勝利を──」
砲座大砲に大量のエーテルが吸い込まれていく。
さすがに本来の威力と違って、ランクはダウンしているが……。
「示せ! 我が手に──黒き炎剣!!」
「……もしかして、それを弾に?」
「はいです!」
「……ええと、他に弾は?」
「ないです!」
世界を滅ぼす炎の巨人の加護を、最高神の神器から撃ち出すとか……。
神々が知ったら卒倒する組み合わせだろう。
「危ないから地面には向けないように」
「りょうかーい!」
対神ではあるが、対世界特化の面もある黒き炎剣でエーデルランドを半壊させてしまっては元も子もない。
そんな事をするのはエイジだけで十分だ。
「準備できましたです!」
『地上への被害が出ないように考慮する斜角なので……フェンリル様、後詰めは頼みました』
大砲から聞こえてくる神器自身の声。
どうやら彼女がお目付役のようだ。
ワタシは安堵しながら頷いた。
『それでは、対象範囲、疑似天使ら399──』
「ってぇーい!」
『──発射致します』




