13話 最強の狼(娘)
俺は透き通るような青い空を高速で飛びながら、草をバリバリと咀嚼していた。
疑問に思う事もあるだろう。
そう、草をそんな勢いで食べて大丈夫なのか? とか。
そこは心配いらない。
カンスト突破ステータスにかかれば、顎の筋力も当然の事ながら飛躍的に上がっている。
地球上で最強の咀嚼力を持つワニが2000㎏だと言われているが、今の俺はそれ以上のパワーを発揮している。
俺の草専用トゥースに恐れおのの──違う、そうじゃない。
空腹感が紛れてきたのか、思考が冷静に戻ってきている。
ウィンドウからもたらされた緊急事態の情報。
「俺とフリンがやらかしたアレを除くと、エーデルランドの歴史で最大最悪の災厄か」
突如出現した異邦人が王都方向へ歩いている。
ただそれだけの事で村や町、国が危機に瀕し、隣国との戦争も勃発しそうになっていた。
なぜそうなっているのか?
単純に、そいつが食べ歩きしているだけだ。
食料庫を片っ端から空にしながら……。
既に村や町の被害は甚大だ。
兵士達で止める事は出来ないのか? と疑問に思ったが、それは無理らしい。
相手が強すぎて歯牙にもかけられない……というか、全力で斬りかかっても敵とすら認識されないらしい。
でも、そのお陰で食料以外の被害は0だ。
「食い物の恨みは地獄より恐ろしいと教えてやるか……」
俺の私怨を向ける先が決定し、風の魔法──フライで飛翔しながら向かっている途中なのだ。
さすがに、このチートじみた力なら止める事ができよう。
だが、もしも止める事が出来なかったのなら王都の食料庫はおろか、戦力維持に必要な兵糧すら食べ尽くされてしまうだろう。
そうなったら内部からの不満と、隙を見付けた外部の国々が攻めてきてもおかしくない。
さらにその後も考えるなら、エーデルランド中の食料が食い尽くされて崩壊エンドだ。
ただの大食いによって異世界が滅んでしまうという恐ろしい事態。
食うか食われるか。
それが異世界だ!
──ちなみに現在の異世界序列は100位ほど上がっていた。
前回の風璃の活躍が結構効いてきているのだ。
まぁ数十万ある中のランキングだが……。
早く人気を獲得して、異世界序列で上から数えた方が早い位置になりたいものだ。
「ん? あれは……」
問題の異邦人が見える位置まで辿り着いたのだが、そこに見知った相手もいた。
正確にはこちらが一方的に本人と、その子孫を知っているだけだが。
「ハッハッハ! お前が大食い異邦人だな! オレの名はリバーサイド・リング! ブレイブマンだ!」
派手な装飾の鎧を着けた元気勇者が、異邦人の前に仁王立ちしていた。
知っているリバーサイド・リングの名乗りと若干違うが、時間を巻き戻してしまったアレの影響かもしれない。
それと少し離れた所に、紫生地に金刺繍をしてあるローブを着ている少女が、面倒そうな顔をしながら紅茶を飲んでいる。
切り株のテーブルと椅子に腰掛けての一人ティーパーティー、凄まじく場違いだ。
パーティーメンバーでも増えたのだろうか、その割には全く加勢する気がなさそうだが。
「キミ、神の加護を受けてるね」
ボソッと、異邦人が呟く。
俺は、手元に残った草を消費するためにしばらく観戦する事にした。
「なら、敵かな?」
その異邦人──いや、人では無い。
狼の耳と尻尾を生やした高校生くらいの歳の少女に見える。
なぜ狼だと分かったのか?
その鋭すぎる魔力の形──眼には見えないが感じたのだ。
例えるなら、幼い子供が……静かな怒りを携えた大人に感じる危機感。
底の見えない古井戸を見ているような不安を煽る魔力。
「オレに敵はいない! だが、敢えて撃つとすれば──それは悪という心!」
「そっか、それじゃあ敵じゃないんだ」
急に、じゃれる子犬のような気配になる狼少女。
手に付いた水滴を払うような一振り、それに呼応してリバーサイド・リングが吹き飛んだ。
一瞬、黒い魔力の残滓のようなものが見えただけだった。
「む、無念……」
リバーサイド・リングは樹木にぶち当たって、倒れこんで立ち上がれないようだった。
それなりに強いあいつを一瞬で戦闘不能に追い込む。
確かにこれでは、この世界で止められる相手はいないだろう。
「こいつは強いな……モグモグ」
まだ草は残っているが、そろそろ行くか。




