139話 呪われたボクと勇者(好奇心は数式を殺し、乙女心は恋を殺す)
ボク──シィ=ルヴァーは柄にも無く緊張していた。
……いや、年相応と言えば年相応だ。
今までの短い人生の事を、ふと思い出してしまう。
幼い頃から魔術の才能を発揮し、天才少女ともてはやされた。
大人でさえ人生を捧げてやっと扱えるようになる大魔術すら、一瞬で修得し、さらに上位へ至る改良さえ行えた。
最初はただ両親に褒められるのが嬉しかった。
周りの人間の気持ちが汲み取れる程度の年齢になると、自分の力が単純にすごいと分かり気持ちが高ぶった。
同年代の子供達が苦労して読み書きを修得する頃には、ボクは学者達に教える立場になっていた。
人類史上最大の天才少女、そう言われるようになっていた。
全ての魔術を修得したボクは、さらなる発展を望んだ。
神話として伝わっている『巫女の予言』を、人間が再現出来る方法──『神の数式』という、全ての事象を数値化して未来予知に近いモノとして実現させたい。
そのために、『巫女の予言』の実物があるという国家機密を探り当て、そこの宮廷魔術師になった。
このエーデルランドは古い歴史が積み重なっており、超常的なモノもたまに発見される。
眉唾かも知れないが、知的好奇心によって引き寄せられた。
人間が扱えるようにするための『神の数式』の完成には、そのオリジナルともいえるものがあった方が手っ取り早いからだ。
そして、本物のそれ──『巫女の予言』を……。しかもその親機を見つけてしまった。
同時に、呪いにかかった。
過去、未来を覗き見てしまった事への、傲慢なる人間への罰か。
得た知識は一部を除いて伝えることは出来なくなり、また自分自身も未来予測の行動と同じようなものしか歩めないという強制力──呪いをかけられた。
すべて──すべて思い上がりだった。
人類最高の知識や魔力を費やした魔術でも解呪はおろか、特定の行動の変更すら無理だった。
ボクが力を得て、傲慢になり、呪われし魔術師としての悪名を広めていく拘束された未来。
そんなもの、結果が見えていたら立ち止まるに決まっている。
決まっているが──歩みを止められなかった。
まるで上から糸を垂らされているかのように、もうボクの人生ではないと言わんばかりの強制的に動かされる呪い。
所詮、人間がどう足掻いても、神々の領域には到達出来ないし、抗うことも出来ない。
何十、何百と試行錯誤する内に、抗うのに疲れ果てた。
なまじ、ハッピーエンドのゴールにたどり着ける可能性が無いと、人類最高の存在となったであろうボクには分かってしまっていた。
出口の無い迷路を上から見て、まだ挑戦しようという愚かな気力は起きない。
決められた予定通り、ボクは冥界の神ヘルと契約してさらなる力を得て、魔術師のダンジョンを作って引きこもった。
やがて来るオズエイジという人間に殺されるために。
そして、ボクが神々の黄昏の一端を担う大罪人となる未来。
呪われし魔術師という悪名や、小娘だと見下されないようにローブで外見を隠していても、中身はただの年端もいかない子供だった。
死の運命が近付くにつれて、同年代の女の子達がやっていた事の意味が分かってくる。
食事なんてくだらない、空腹さえしのげれば何でも良い──それは間違いだった。
美味しい物を、もう生きられないのなら食べてみたかった。
他人なんてくだらない、ボクは強いから一人でも良い──それは間違いだった。
この恐怖で深淵へと堕とされた弱い心を誰かに支えてもらいたい。
迫るボクの死、迫る世界の死。
今回である、三回目の巫女の予言も、またフェンリルがオーディンを殺して決定的なものとなるのだろう。
ボクにかけられた呪いより断然太い、絶対的な強制力として設定されている事柄。
もう──巫女の予言が変わる事なんてありえないだろう。
長い長い歴史で、やっと三回目なのだから。
ピンポイントでボクを救うために四回目の巫女の予言が始まるのなら──その場にいられるのなら、それこそ『神の数式』を研究するための神が与えた試練だったとか、美味しい物や、他人を求めるための機会だと思おう。
──そして尾頭映司と、リバーに出会った──。
「おい、シィ。どうしたんだ? ぼーっとして」
過去の物思いにふけっていると、隣にリバーが現れていた。
ボクを助けてくれた一人で、現在最も好意を抱いている相手。
ここは──そうだ、作戦待機中の森だ。
「い、いや~。オタルから変な事を言われて、ちょっと色々と考えちゃって……」
「ふむ、あの的確な指示を出すオタルの事だ。さぞ真に迫った言葉なのだろう」
オタルから言われた言葉──それはリバーに告白しておけというものだった。
それくらい楽勝だと思った、というか何度も思っていた。
だが、いつもいつも失敗してしまう。
異性として意識してもらえてなかったり、張り切りすぎて火だるまにしてしまったり、酒の勢いで伝えても酔っ払い扱いだったり。
今まで考えてもみなかったが、もしかしたら──。
「どんな内容だったんだ?」
「んー……それは……」
ボクが幸せになれないという巫女の予言の強制力──最後の呪いなのかも知れない。
「ナイショ。無事に終わったら話してあげる」
「ふむ、そうか」
それに、このタイミングで話してしまうと、リバーへ重荷を残してしまう事になるだろう。
ボクの心残りなんかを優先して、リバーに死の呪いのお裾分けをしてしまう事なんて出来るはずが無い。
リバーの恋人で死ぬより、リバーの友人として死ぬ方がすっきりするだろう。
『作戦を第二段階へと移行します!』
オタルの声が通信機から聞こえてきた。
「さぁ、行くわよリバー」
「ああ、お前を守る剣となろう、シィ」




