138話 開戦(人と天使による葬送行進曲)
エーデルランド──人間と疑似天使の戦いが始まった。
街を背にして、平地で待ち構える寄せ集めの人間軍が約500、それに向かってゆっくりと行軍している疑似天使軍が約1500。
数は違えど、単純な戦力差で言えば、人間軍の方には魔術師などが加わったために対等かそれ以上とも言える。
だが、それは短期的な見方だ。
疑似天使軍は今も無限に湧き出し続け、その数を増やしている。
人間軍も遠方からの救援が望めるが、その数に限りがあるし、兵站なども必要だ。
所詮、人と神の使い。
そのままぶつかったのでは最終的な勝ち目は見えない。
だが、勝ち目が無くとも人間達が逃げるわけにはいかない。
魔術師シィ=ルヴァーの逆転の一手は、死者を出さず、街を壊されて士気を下げることもせず、ある程度粘ってくれれば決着が付くという馬鹿げた話だった。
普段の人間同士の戦いなら、そんな曖昧な作戦を聞く者はいないだろう。
ただでさえ、あの呪われし魔術師とまで言われ恐れられた存在だ。
そのはずだったが──。
「この異常事態だ。呪われし魔術師……敵にしたら震え上がっちまうが、味方にしたらこれ以上に心強い悪名は無い」
冒険者の誰かがそう言った。
異常な相手には、異常な相手、異常な戦略で立ち向かうしか無い。
全員、似たような考えで戦場に立っていた。
それに比べて疑似天使達は、司令官である疑似大天使の統率によって単純な反応で動くだけで、恐れや躊躇も無い。
その陶器のボディ達が列を組んで無感情に前進していて、頭上からの鳥瞰図はシロアリの絨毯に見える事だろう。
虫との共通点は、何を考えてるのか分からない眼で相手を蹂躙すること。
違う点と言えば、二足歩行かそうでないということだろうか。
その2種族が、平地にて接敵しようとしていた。
「まだだ……まだ撃つなよ」
人間軍の陣形は変わったものだった。
前面に撃たれ弱い魔術師、その後ろに設置型の大型投石機と、鈍器主体の戦士や冒険者達。
普通なら、軽装で詠唱の隙などがある魔術師達を、前衛が守るはずである。
それもあり、いくら指示で意図を知っているとはいえ、魔術師達は震えが止まらなかった。
もし、作戦が上手くいかなかった場合は真っ先に、疑似天使に殴り殺される事になるからだ。
「撃つなよ……撃つなよ」
もはや何かの前振りのようにさえ聞こえるが、それくらい言い聞かせないといけない状況なのだ。
一度、疑似天使に攻撃を仕掛けたら、相手は敵対状態となって飛翔するのが今までの戦いから分かっている。
そうなったら全てが終わりなのだ。
立ち止まっている人間軍は、行軍してくる疑似天使軍1500の重低音ともいえる振動に息をのむ。
この地盤だと尚更響いて、そのゆっくりしたテンポは、葬送行進曲のように恐怖を煽る。
──または、天使と言えばセラフと縁深い感謝賛歌だろうか。
だが、下準備のために働いてくれた非戦闘員の職人達の努力を無駄にする事は出来ない。
様々な思いで、迫ってくる白磁の殺戮機械を睨み付ける。
距離が徐々に縮まっていく。
既に魔術や投石機の射程に入っている。
「お、おい……本当にアレは大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だ。伝説の地エーデルランドと、ドヴェルグであるボクを信じろ。それに似たような事は何度かやっているしな」
更に近く、弓の射程まで迫ってきた疑似天使軍。
「あ~、でも失敗だったかな」
イーヴァルディの息子は、台の上に乗せられた制御装置を前に呟いた。
その一言を聞いて驚く魔術師達。
「し、失敗って、どういう事だよ!?」
眼前──もう手で石を投げても当たりそうな距離にまで疑似天使軍が迫ってきていた。
数瞬後、近接攻撃が届く程度の距離になったら強制的に戦闘が始まるだろう。
その場合は、魔術師達がなすすべも無く嬲り殺される運命。
「いや、だって貴重な地下に眠る古代都市とかを使っちゃうってさ、種族的にどうなのかな──って!」
イーヴァルディの息子は、残念そうな顔をしながら爆破スイッチを押した。
──その瞬間、微かに聞こえる破裂音。
地面の中で小さなかんしゃく玉がエネルギーを解放したかのような、何にも影響しないような些末なモノ。
「もっと高性能の火薬が大量にある異世界なら楽だったんだけどな」
だが、それを機に連鎖。
クレーターを利用して作られた超巨大落とし穴の中に仕込まれていた、金属や骨や皮や木といった無茶苦茶な魔術複合で作られたギミック。
あまり流通していない希少な火薬から、大量の魔術触媒へ連鎖反応。
そのエネルギーがすり鉢状の容器から中心の一点へ伝達──超高速で噴出。
地面を支えていた強固な支柱を魔術爆斬効果で破砕する。
地球で言う巨大構造物の爆破解体を地下で行った状態。
「運べるようにパーツをバラバラにして持ち込んで、現地の材料もふんだんに使ったんだ。こうまで成功すると気持ちいいもんだな」
街で作れるパーツは街で作り、現地に持ち込んで拡張したクレーター内で組み立てるプレハブ工法。
足りないものは付近の森から調達したりして、最後に魔術で作った地面をかぶせて偽装。
現地の人間の軍隊相手だったら、元々の地形把握や、不自然に作られた地面、奇妙な陣形で待ち構えている敵という要素で気付かれてしまっただろう。
だが、相手は神の使い。
人間の考えなど分からなかった。
ただ一直線に進んで乗っかってくれたところを、全てを崩すだけ。
簡単に引っかかってくれた。
「あばよ偽物の天使さん達。堕天しな」
人間達を目の前に、地面が崩壊──無重力に近い落下感を体験する疑似天使達。
認識した。
目の前の相手から攻撃されていると──。
一斉に、その白き羽根を広げ、羽ばたかせ、渡り鳥が集団で飛び立つが如く神秘的な光景を見せる。
「今だ! 魔法を──てぇーッ!」
タイミングを見計らっていたオタルの一声。
その指示により、前方に位置していた魔術師達が各自の得意魔法を撃ちまくる。
今まで貯まっていたフラストレーションを発散させるが如く、敵の頭上から岩、雷、水、風と滅茶苦茶に。
足場を失い、羽ばたきホバリングを開始し始めただけの疑似天使達はなすすべもなく、無理やりに落とし穴に叩き込まれる。
直撃で陶器の肌は割れ、身体の中の歯車が見えてしまっている個体も多い。
そうでなくとも、その場の気流は乱れ、疑似天使同士がぶつかり、抵抗は不可能だった。
だが、急ごしらえのクレーターを拡張した落とし穴程度では、またすぐに這い上がられる深度しかない。
「お、おい。俺達下っ端の魔術師はこれ以上を聞いていないけど、どうするんだ?」
詠唱を終えて、息を整える魔術師は不安がっていた。
相手の数が数で、もしかしたら疑似天使の残骸で埋め尽くされたら、そのまま歩いてこられるのでは──そうでなくてもクレーターに橋のようなモノでもかける知能が相手にあったら、と。
「偶然、そう、偶然……ここ伝説の地であるエーデルランドは歴史が異世界序列の中でも最も古くてな、それはもう特別な異名まで付けられてしまう程の……。まぁそんなウンチクはどうでもいい。というわけで眠れる古代地下都市へ客人をご案内だ」
イーヴァルディの息子は、二つ目のスイッチを押した。
「初代オーディンが築いたであろう遺跡をこれから汚すのはボクじゃない、アイツ──オズエイジの作り出したジョークグッズだ。ボクは何も知らなかった悪くない、うん偶然」
爆破、疑似天使達落下、魔法による衝撃、それらによって落とし穴の落とし穴が開いた。
その奈落の底には、煌びやかな宮殿群──まるで神の国と同じような風景が広がっていた。
それに向かって、落とし穴の外周に設置された排水溝のようなものから、勢いよく粘着性の高いドロドロの液体が噴出される。
その液体は名前を言うのもはばかられる、粉状の運びやすい状態で輸送して、現地で水に溶かしたジョークグッズ。
結果──疑似天使達はローションをぶっかけられながら悶え、そのまま煌びやかな地下宮殿へ……落下する瓦礫と共に無慈悲にボッシュートされていった。
疑似天使は異常にヌルヌルとしたローションに絡め取られ羽ばたけず、落下の衝撃で地下宮殿を次々と破壊。
……天使の一部が神に反旗をひるがえしたという地獄絵図より、ワンランク上の地獄絵図である。
「これは酷い──じゃなかった。こちらオタル、作戦を第二段階へと移行します!」
異世界遺産的な物まで破壊しながらも、進行中の疑似天使を半数程度は行動不能に陥らせた。
これからの行軍も、落とし穴の上空を飛ぼうものなら落下させるだけで同じ効果を発揮させることができる。
ゆえに、落とし穴の左右からのルートになる。
移動を限定させる事による遅延や、落とし穴による擬似的な見えない遮蔽物の効果も得られ、人間軍だけが所持している飛び道具で対処しやすくなる。
人間同士の戦闘だと速攻で魔術破壊されて役に立ちにくい即席投石機も、この限定状況なら使える。
陶器の肌には弾かれやすい個人携帯の弓矢は使えないので、残った冒険者には鈍器を持って防御に徹してもらう。
といっても、魔術や投石などをかいくぐってくる疑似天使は少ない。
死傷者が出る近接戦は、本当に最後の手段だ。
そのラインが維持出来る間に、全てを終わらせなければいけない。
「さぁ、行くわよリバー」
「ああ。お前を守る剣となろう、シィ」




