137話 父と子(黄昏の英雄)
「そういえば、ヴィーザルと初代オーディンは仲が良いの?」
お茶で黙々とまんじゅうを食べた後、ワタシ達三人は雑談をしていた。
配る用はフリンとワタシのに決まったようだ。
コンビニのコピー機とホッチキスで作った様な通販カタログに、最初から○と×が付けられていたのでほぼ決定事項だったのだろう。
「あの二人か~……。お互いに距離感を保っているように見えるけど、役職的な立場もあるんじゃないかな。でも、フェンリル。急にどうしてだい?」
二杯目のお茶を自分で入れながら、フレイが聞いてくる。
「二人と面識があるけど、親子関係に関しては聞いた事無かったかなーって。ワタシだったら大好きなお父様の話をいっぱいしちゃうけど」
ヴィーザルとは小さい頃、軟禁されていた時にしばらく一緒に居た。
その時に家族のことを話したりもしたが、父である初代オーディンの事は話題に出なかった気がする。
また、ワタシが初代オーディンと出会った時は──。
気の良いお爺ちゃんという雰囲気だったが、何か無性に殴りたくなるようなウズウズした感覚に襲われて、ハグされた瞬間に拳が出てしまった。
どこに当たったのかは分からなかったが、大柄な初代オーディンが悶絶していたので怖くなって逃げて……そのままだ。
ワタシの身長が小さかった頃なので、そんなに大事にはならなかったらしいが。
「そういえば、フェンリルは初代オーディンと出会った時に……いや。なんでもない」
フレイは円卓の影になっていて見えないが、何やら下腹部辺りを抑えているようだ。
トイレにでも行きたいのだろうか。
「うーん、おじいさまは子供が沢山いるので~……一人一人へは、そんな感じかもです」
フリンがまんじゅうの包み紙で折り紙しつつ答える。
「トールに、ヴィーザルに~、後はヴァーリとかヘイムダルとかとか、いっぱいです。奥さんもいっぱいです」
「ハーレムとか羨まし……もとい、一夫多妻は一人一人との距離が離れるというのがあるかもしれないね」
よく分からないが、そういう事もあるのだろうか。
ワタシ達きょうだいは、お父様にベッタリだったけど。
「でも、それでもね、異世界序列が出来る前は仲が良かったんだよ」
「異世界序列が何か関係あるんです?」
確か時期的に五千年前だろうか。
もちろん、まだワタシもフリンも生まれていないの時代なので、実感がわかないくらい大昔だ。
「彼は、フェンリルを倒す最後の英雄として予言されていただろう?」
「巫女の予言ですね」
「そう、それまで絶対とされていた巫女の予言──だが、異世界序列が出来てからは悲惨な予言内容を狙ったかのように外れていった。まだ、それは時期がズレてる、きていない、とかで未だに信じている神々も多いけどね」
現にワタシも、ある程度は巫女の予言通りの結果になっているが、鎖に繋がれた後に巨石に押し潰され続けたり、神々の黄昏が起きてオーディンを喰い殺したりもしていない。
「世界の救世主みたいな扱いをされていたのに、悪い予言は回避されて……結果的にハシゴを外されるような感じになったのかな」
「どういう事です?」
「フリンにはちょっと難しいかもしれないな」
討つべき悪、敵がいなければ英雄は存在しない。
そういう事なのだろうか。
「元々、彼はオーディンのように万能の魔術も無ければ、ロキのような口達者でも無かった。ただ最後に人々から与えられるモノを寄せ集めて神器の革靴として、英雄としてフィナーレを飾る存在」
「ヴィーザルの靴によってワタシの牙は防がれ、そのまま顎ごと引き千切られる予言」
「はは、本人の前で失礼だったかな」
フレイは飲みかけのティーカップを置いて、笑いながらも申し訳なさそうな表情をした。
「でも、二人を間近で見た人間なら分かるよ。そんな事は起きないんだろうってね。もちろん、同じようにフェンリルがオーディンを喰い殺すっていうのもね。起きないだろう」
「そうですね、エイジがフェリに食べられて、フェリがヴィーザルに倒されちゃうとかも考えられないです!」
ワタシは否定も肯定もせず──ただ微笑んだ。
「おっと、話を戻そう。巫女の予言が回避されつつある今の世界で、ヴィーザルへの期待は薄まっていった。私には分からないが、その落差は思う所があったんだろうね」
ワタシとは真逆の立場だったのかもしれない。
悪になるワタシは、悪にならず。
善になるヴィーザルは、倒すべき悪がいない。
「そこからは、ひいき目に見ても過激な行動に出た。まだ神々に反感を持っていた一部巨人族を、鎮圧するだけのはずが──」
そう言いかけて、フレイは幼い存在がいる事を思い出した。
視線を彷徨わせながら、その先は口を閉ざす。
しばしの沈黙。
「ヴィーザルは、悪い神です……?」
「いや、そうじゃないさ……。確かに反逆の芽をそのまま残しておいたら、後で被害が大きくなったかもしれない。結果的に大量の対神兵器も見付かったらしいしね」
どうしてそんな事をしたのだろうか。
英雄になるためだろうか?
ワタシには理解できない。
理解できるとしたら、たぶん一つだけだ。
「もしかして、初代オーディン──父親に認められたかったの?」
つい口に出してしまった。
「……そうかもしれない。意外とすました顔をしているけど、愛情に飢えているとか」
「昔、ワタシと一緒にいる時も愛の定義とか、何かよく分からない事を言っていた」
「くく、フェンリルに愛の定義を語るヴィーザルか。大昔に巫女の予言をした、あの人間に聞かせてやりたくなるよ」
今度、シィに聞かせてみよう。
「そんなこんなでさ、ヴィーザルは、手柄を上げ続けて実力でこの異世界序列第一位──神の国の管理神にまで成り上がったわけだ」
* * * * * * * *
「父さん──いえ、偉大なる初代オーディン。ご機嫌麗しゅう」
「ヴィーザルよ、二人の時はただの父と子。そんな寂しい呼び方をするな」
「ふふ、そうだね」
汚れ一つ無い、白い大理石のような建材で出来ている広い部屋。
外の景色が見える窓もないため、人目を気にしなくて済む。
そこに談笑する二人の男がいた。
「父さん。今日は何だか嬉しそうだね」
本来は眼光鋭く、周囲に畏敬を抱かせる白髭の老人──初代オーディンは、シワだらけの顔を更にクシャクシャにしていた。
年甲斐も無く笑っている。
生贄に捧げて失った左目は、その表情からウインクをしているように見える程だ。
「孫に会えるからのぉ。……おっと、今日は懐かしきエーデルランドに異変があったために集まったのであったな。我ながら緊張感が足りん事だ」
「いいんじゃないですか。両親を失ったフリンにとっては、父さんが最も近しい肉親ですから」
白いトーガを身にまとっているヴィーザルは、眼を細めて同じように釣られ笑い。
その仲良さげな光景は、時の流れを感じさせない大人の父子そのものだ。
「久しぶりにフェンリルとも会える機会、今度こそきちんと話を──」
「それはダメですよ父さん。他の神々が、オーディンとフェンリルの接触を危惧しておられます。再三警告しているように、私もまだフェンリルは危険だと思いますし」
「ふーむ……」
長い白髭に手をやり、初代オーディンは考えあぐねる。
「完全擬態で行くとするかのう」
「悪戯を思いついたロキみたいな顔をしていますよ」
「かっかっか! お前は知らないだろうが、前も別人になってフリンを覗き見しにいったりしたものよ!」
どれ見せてやる、という風に姿を変える初代オーディン。
「その人間男性は誰ですか?」
「適当に記憶しておいた一般人だ。雑用係としてフリンの側に紛れ込みやすいと思ってな」
「はぁ……完全擬態は、エーテルまで抑えなければいけないので、危険だといつも言っているじゃないですか」
「毎回、対象を変えて誰に化けたのかは言っておらんし、完全に別人になっているのを見破れる奴はおらんだろうよ。それに親子水入らずで今は控えさせておるが、本来は戦乙女達や神槍も周囲にいるさ」
「本当にもう、気を付けてくださいよ?」
豪快に笑い飛ばしながら初代オーディンは、ヴィーザルに背を向けて部屋を出て行こうとする。
──その時、ヴィーザルはいつも通りの笑みを浮かべながら、いつも通りの柔らかい口調で話しかけた。
「前もメイドに化けていた時、別の誰かに殺されないかと心配でしたよ」
初代オーディンは、巨人の国でフリンを助けるためにメイドに完全擬態していた。
その時は誰にも正体は言っていないし、気が付くとしても戦乙女を従えていた姿を見たスリュムか、既に始末した悪魔の狙撃手くらいだろう。
「ヴィーザル、お前──」
* * * * * * * *
「やっと来ましたか、ヴィーザル。初代オーディンとの話は終わりましたか?」
「やぁ、フレイ。それにフェンリルにフリン。お待たせしたね。エーデルランドへ向かう許可をやっともらえたよ」
ワタシ達がいる作戦神議室に、ヴィーザルが微笑みながら入ってきた。
その姿はいつもの真っ白いトーガでは無く──。
「あ、ヴィーザルです! あれ、いつもの服を着てないんです?」
「ちょっと葡萄酒をこぼしてしまって代わりにこれを着てきたんだ。エーデルランドだとトーガは浮いてしまうし、丁度いいかなってね」
その格好は、人間世界で言うところのスーツという物だ。
ネクタイまで真っ黒なので、喪服という奴に似ているかもしれない。




