136話 フレイの宮殿(イノシシ・ダイイングメッセージ)
フレイの宮殿に到着して、中へ案内された。
フレイヤとフレイ。
一文字違いでややこしいが、フレイヤが妹で、フレイが半裸マントの兄。
ロキお父様からは、フレンドになるのが嫌なのがフレ嫌、フレンドになっていじり倒しやすいのがフレ良……と教わった。
ワタシにはチンプンカンプンだったが、幅広い悪戯の知識を持つお父様の事だ。
きっと深淵のような思考が、お有りなのだろう。
「ようこそ、我が宮殿へ」
そのフレイが、赤い絨毯が敷かれた一室にて出迎えてくれた。
部屋の中心には大きな円卓が置かれ、その上には巨人族のホログラフ発生装置。
ここは作戦神議室か何かだろうか。
異世界序列が出来てからは、地球で言う和洋折衷のように様々な文化が混ざり合うのも珍しくないので、使い勝手が良いものはどんどん導入されている。
「まぁ、くつろいでくれよ、フェンリルとフリン。……と言っても、こんな部屋じゃなぁ……悪いね」
「いや、エーデルランドで何か起きたのだろう? そのために呼ばれたのだ」
ワタシはフェンリルとして、厳格な態度で受け答えをした。
フレイヤの宮殿の時のように、友として呼ばれたのでは無い。
フェンリルとして呼ばれたからだ。
「今、ヴィーザルが初代オーディンと話しているところだから、しばらく待ってくれないか」
「来ているのか、初代オーディンも」
「ああ。だが、キミが直接会うことは出来ない。これは他の神々との折り合いもある。理解してくれ」
「相分かった。このフェンリル、不浄なる身体を、同じ大廈の下に置かせてもらえる事を感謝する」
徐々にだが、距離が近くなっているという事だ。
ヴィーザルが手を尽くしてくれて、いつかは直接会う事が叶うかも知れない。
ワタシはそれだけ畏怖される存在だ、いつまでも待とう。
「世界の命運を握る、終焉をもたらす神殺し──フェンリルをただ待たせるのも失礼だ。そこで私は提案する──」
フレイは、意味ありげに笑った。
ワタシはまだ何かあるのではと、表情硬く身構える。
「エーデルランドの通販で取り寄せしておいた、お買い得品でも一緒に試食しないかい?」
「たべりゅ!」
「……フェリ、一気に表情が緩みましたです」
空気を読んで黙っていたフリンが、ワタシに向かってため息を吐いた。
「いやぁ、助かるよ。宮殿のみんなや、周りの神々に配ろうと思うんだけど、サプライズにしたいからね。私一人の好みだと、判断が難しくて……」
たはは、と情けない表情で頭をかいている。
まったくフレイは……。神々としての威厳はどこへいったのやら。
「よだれ、拭いてくださいです」
「あ、うん」
フリンからの指摘が飛んできた。
ここ最近、ろくなものを食べていなかったので胃袋が、舌が期待に充ち満ち溢れすぎている。
これ以上いくと身体から体液が、鼻水や涙まで出そうになってしまう。
最近のまともな食べ物と言えば、あの金色毛皮の猪──ハッ!?
「どうしましたか? フェンリル。急に顔が青ざめましたが」
「よだれと嬉し涙で、よく分からない感じになってますよフェリ……」
お茶のセットを運び込んできているフレイと、こちらを哀れそうに見ているフリン。
しまった、しまったぞ。
たぶんフレイのっぽい猪を食べてしまった事をどう伝えよう……。
今言うと、美味しい物が食べられなくなる可能性が高い……。
食べた後に確実に伝わる方法──そうだ、フレイもやっていたアレなら!
「それじゃあ、いくつか持ってくるからお茶でも飲んで待っててくれ。今日は事が事だけに、宮殿内は人払いをしていてね」
フレイが部屋から出て行った。
チャンスだ。
ワタシは、荷物から猪の骨と毛皮を取り出し──。
「フェリ、テーブルの下で何をやってるです?」
「だ、だいいんぐめっせーじ?」
「あはは、何ですかそれは」
骨を並べて文字にして、その横に金色の毛皮。
内容は『ゴメン、タベタ』だ。
これはもう立派な手紙と言えるはず。ある種、言えるはず。
配置も足がぶつからない中央の円卓下で完璧だ。
「フェンリル、何をしているんです?」
いつの間にか戻ってきたフレイの呼びかけに、ワタシは心臓が飛び出そうになる。
円卓の下で四つん這いになっている姿を見られてしまった。
ど、どどどどどうしよう。
何か、何か……。
「えーっと、ゴメン、ゴメンね。アハハ……」
とりあえず、正直に謝っておいた。
お父様と違って、とっさに上手く嘘がつけない。
「うーん? よく分からないですが、エーデルランドの食べ物を持ってきましたよ」
先に謝られても伝わらなかったようだ。
後できっと分かってくれるだろう。
ワタシは自信満々の表情で立ち上が──。
頭部に衝撃。
「フェリ、落ち着くです。ルーラを使うときは天井に気を付けるのと同じです」
痛い、頭上の円卓にぶつけた。
フリンの言うとおり、落ち着くために一度深呼吸をしてから這い出して、椅子に座り直した。
「さぁ、これが風璃さんの所から取り寄せした物です」
話には聞いていたが、風璃が異世界向けにしている通販ビジネス。
その商品らしいものがお茶と一緒に並べられていた。
「これがフリンまんじゅうで、そっちがオウズまんじゅう、あっちがフェンリルまんじゅうですね」
まん丸い饅頭だ。
地球で食べたことがある。
外見もそれに即していて、白い皮に焼き印で絵がプリントされている。
「わぁ、これ私ですか! フリンまんじゅう!」
二頭身くらいで、可愛く眼の大きい絵。
全面に元気さが溢れて、生き生きした表情が輝きまくっている。
「どうぞ、召し上がれ」
「頂きます!」
一口サイズなので、そのままパクリと食べることが出来る。
皮は薄いが、生地の余韻を残しつつ、中のシットリとした餡子とのギャップを際立たせてくれる。
程よい甘さで、お茶を誘う。
そして二個目へと手が自然と伸びてしまう。
「この焼き印の技術、そして和菓子屋並の味を再現……レベルが高いぞ!」
「いやぁ、私も菓子なんてあまり食べる方では無かったのですが、この上品でいて美味しさも深みもあるこれは好きになってしまいましたよ」
豊穣神が語りかけます。美味い、美味すぎる! エーデルランドまんじゅう。
「……でも、この味、映司の家の近くの和菓子屋さんの味に似ているような気がするです」
何かに気付いてしまったらしいフリンは、饅頭が入っている箱を観察している。
「草薙和菓子店……やっぱりそう書いてあります。これ、地球で作って、エーデルランドの物として売りさばいているんですね……」
「ちなみにフリンまんじゅうが今の売れ筋で手に入りにくいんだ」
確かあそこは小さな和菓子屋さんなので、色々と作れる量があるのだろう。
それにフリンは、初代オーディンと女神フレイヤの孫で、二代目オーディンの忘れ形見であるためにファンも非常に多い。
「次がフェンリルまんじゅうです。名前は怖いと評判ですが、耳と尻尾が付いたデフォルメキャラが可愛いと人気です。イメージとのギャップですかね」
本来のワタシより数倍は丸っこく、可愛く頭身が下げられた姿が焼き入れられている。
本人からしたらかなり恥ずかしい。
なぜ、こんなものが人気なのだろうか……。
「最後がオウズまんじゅう……尾頭映司くんの事ですよね、たぶん。これだけ目付きが悪く、三分でデザインしたような雑さで……。利点と言えば、他の商品を引き立てるというくらいでしょうか」
たまに出てくる、エイジの表情がうまく再現されていると思う。
デフォルメされても、身近な人間しか分からないような特徴が出ている。
ワタシは……割と好きだ。
「ちなみに味は全て一緒でした」
「たぶん手間を減らすためですね……風璃、さすがです」
前に風璃がシビアな顔をして言っていた。
キャラクター商品は、付加価値が全てだと。
その後、エイジに『全てのキャラクター産業に関わる方々に謝れ!』と突っ込まれていた。
そこで言い争い、平行線になった二人から、ワタシに答えを求められたが……その回答は──。
「さて、どのまんじゅうが贈り物に適切だと思いますか? 妖精の国の管理神なんてやっていますが、私も普段は他の神々と一緒であまり物を食べていなくて、こういうのを選ぶのに自信がなくて……」
「私は、やはり自分自身──フリンまんじゅうを推しますです! 後はフェリまんじゅうも可愛いと思います!」
「なるほど、小さな女の子の視点から見るとそんな感じですか。フェンリルはどうですか?」
二人の視線が、あの時と同じようにこちらへ向いた。
何故かテンションが上がっているフリン。
オウズまんじゅうを笑顔で握りつぶしているフレイ。
──ワタシの答えは、いつも一緒だ。
「味が一緒だし、どれでもいいと思う」
そう自信満々に答える。
「さすがフェリ……。それもまた……神理です」
「なるほど……味の探求者というわけですか」
地球に来て、焼き印が押されていない草薙和菓子店のまんじゅうを買った方が、数倍安いのでいっぱい食べられるのだが、それは風璃のために言わないでおいた。
そう、ワタシにとっては同じなら、同じなのだ。
ワタシは、オウズを手に取り──。
軽く口付けをするかのように唇でなぞり──。
恍惚の表情でオーディンをタベタ──。




