132話 神の国に泊まろう!(野宿)
ワタシ──フェリは神の国へ来ていた。
神々が住まう絢爛豪華な宮殿などが建ち並ぶ、異世界序列第一位の世界。
……の、外れにあるヴィージの森。
「寂しい~、切ない~、お腹が~」
誰もいない中、地面に敷いた金色の猪毛皮の上でゴロンゴロンと転げ回る。
体質的にお腹は空かないが、何か物足りない感じになって口に入れたくなるのだ。
ここに来てから、大体は川の水を飲んだり、木の実を食べたり、草を食んだりしている。
食み食みである。
「また肉を食べたいなぁ……」
この地の動物は、何かしら重要な役目を担っているものも多い。
ただのニワトリが時を作っていたり、ヒツジが雷神の戦車を引っ張る役目だったり、ネズミが伝言ゲームの橋渡しをしていたり、巨大蛇が釣り人を困らせていたり──。
あ、最後のはワタシの弟だった。
とにかく、むやみに食べてはいけない。
なので、仕方なく、仕方なく正当防衛で倒した動物をイタダキマスしちゃう程度だ。
つまり──この間、猪が突進してきたので、避けずに突っ立っていたら激突の衝撃でお亡くなりになられていた。
手早く解体し、すぐ焼いたり保存食用にしたりとニンマリ。
だが、ついつい食べ過ぎてしまって野草生活に戻っているという惨状だ。
いつまでこの生活が続くのだろうか……エイジの料理が恋しい。
「ああ、肉……肉ぅ~……」
その時、ワタシの耳がピクッと動く。
この人気の無い森の中、こちらに一直線で向かってくる蹄の音がするのだ。
これは正当防衛チャンスかもしれない。
普通の動物は、こちらを怖がって近寄りすらしないし。
エーテルで遠くを探らなくても分かる、動物の種類。
音、地面の震動、歩幅からして、これは馬肉だ!
……いや、馬だ。
「よし、バッチコイ!」
ワタシは自信満々で仁王立ち。
地球のプロレスラーという者の如く、相手の全力突進を受ける次第だ!
だが……残念な事に。馬は現れたのだが、目の前で止まってしまった。
体格の良い黒毛の馬、純真無垢なつぶらな瞳。
見つめ合い、鼻息と森の木々が擦れる音だけが聞こえる。
……本当に残念。
「あまりワタシに関わらない方が良いぞ、馬よ……。はぁ、食べられる草でも探しに行こうかな……」
こうしてると思い出す。
追っ手から逃げ、初めて地球に行った時も、人里を避けて山に入り……草を探していたものだ。
つい最近まで気が付かなかったが、ランドグリーズからの指摘で、その時にエイジに会っていた事を知った。
あの哀れに──心を差し出した後の抜け殻のようになっていた少年。
ずっと心配していたが、あの時のワタシは役に立ったようだ。
「馬、もしかしてお前も草を一緒に……ん?」
気が付いた。
背中の鞍に何か括り付けられている。
長方形の白い封筒──手紙だろうか。
手刀で荷紐を斬り、大仰に封蝋が施されている部分を破いて中身を取り出す。
「えーっと、なになに──」
送り主は豊穣神フレイ、その内容は……。
【前略、先日は大変申し訳ないことをした。まさか、知らない内に、ここまでフェンリルへの敵愾心が高まっていたとは……まるで何者かに仕組まれたかのようなタイミングだ】
ワタシが神の国に辿り着いた初日、神々に邪険に扱われた事だろうか。
もう慣れたものだが、本人以外が見るとショッキングなのかも知れない。
もちろん、初代オーディンへ取り次ぎも拒否されたし、宮殿に近付くことすら禁止された。
管理者であるヴィーザルでも、主神への干渉は難しいらしい。
それでも何とか会えるように手を尽くしてくれるらしいので、神の国へしばらく滞在する事になったのだ。
【ところで、ヴィーザルの宮殿へは滞在していないようだね。森に行ったと聞いて、この鮮血蹄馬を使いにやったけど、ちゃんと手紙が届いているかどうか……】
ヴィーザルは、自分の宮殿に滞在すれば良いと勧めてくれたが、ワタシが近くにいる事で迷惑がかかってしまう。
そのため、付近の森で野宿する事にしたのだ。
なんて事は無い。知的生命から離れた、こういう生活が普通なのだ。
迎え入れてくれるエイジや、周りの人間が異常なのだ。
地球に至っては、住人に異世界の情報が入らないようにしているから何とかなっていたようなもの。
昔は、怖がらせてしまうかも知れないので狼姿で野宿生活だったが、今は人間状態で狼耳と尻尾があっても、エイジからの入れ知恵でファッションだという事にしてある。
【それで今日、手紙を送った目的だが……エーデルランド周辺で妙なことが起こっている。関係者であった二人の話も聞きたいので、途中でフリンを拾ってこちらへ来て欲しい】
……エーデルランドに──エイジに何か起きたのだろうか?
ワタシはいても経っても居られなくなった。
馬の背に乗って、今すぐにでも向かおうと──。
【追伸、数日前に位置確認のために送った恐者歯猪が行方不明で戻ってこないのだが、何か知らないだろうか。名前の通り猪で、金色の毛皮をしていて──】
ワタシは、足下に敷いてある金色の毛皮を眺めた。




