124話 巫女の予言(その2)
「地下へ続く階段……か」
開けゴマの要領で、その隠し扉は俺を迎え入れてくれた。
両手を伸ばしきれない程度の横幅で、暗闇へと誘う迷宮をイメージさせる。
材質は魔術師の迷宮と同じ石のようだが、そこかしこに細く脆い魔術による細工が施されている。
物理、魔術、エーテルの強い反応で起爆し、何やら大変な事になりそうというのは本人で無くても読み取れる。
よく火事で無事だったものだ……。
階段にほこりがたまっているため、少なくとも火事以降は誰も踏み入っていない──いや、そうでもないかもしれない。
シィのサイズとは明らかに違う、大人の男と思われるサイズの足跡が一人分あった
「先客が……?」
エーテルで地下を探るが、生命の痕跡は無い。
危険な攻撃性のルーン等も仕掛けられていないので、気にせず進むことにした。
こうして地下へ降りていると、魔術師のダンジョンを思い出す。
実際は入り口だけで撤退したが、何か雰囲気的に。
作り手が同じためだろうか。
10段、20段……と降りていく内に、割とすぐ研究部屋と思われる薄暗い場所へと辿り着いた。
確か上にも研究部屋らしきものはあったが、アレはダミーだったのだろう。
俺達が物を雑に扱った時は、シィが本気で取り乱していたが、きっと迫真の演技だ。
『ようこそ、ボクの第二研究所へ』
自動的に部屋に明かりが灯り、室内が見渡せるようになる。
フラスコや分厚い本、何かのドクロまである魔女的な雰囲気。
中央のテーブルに置かれた水晶から立体映像が浮かび上がり、紫ローブに金刺繍のシィの姿が出現していた。
『この録画映像を見ているのは、たぶんオズエイジ、キミだろうね。キミにしか暗証番号を伝えないつもりだし。まぁ、焦るな。心配に思ってるような取り返しの付かない事はまだ起こっていないし、時が来るまで待つしか無い』
ボーイッシュな口調と言う事は、結構前に録画されたような感じなのだろうか。
『普段はお気に入りの上の第一研究所で色々やってるんだけどね。こっち狭いし、お茶煎れられないし……。大体の機材も上の方だけど、ここの物も雑多には扱わないでくれよ』
……上で色々やっちゃってすみませんでした。
『さてと、キミはさっきから気になっているのだろう。そのスケッチを。チラチラと見ているのはお見通しさ! なんたってボクは未来を知っているからね!』
「スケッチ……?」
録画っぽいので一方的に言われてるけど、特にスケッチを見ていたりはしない。
本当に未来が見えているのだろうかシィは。
……とりあえず、それ前提で話が進みそうなのでスケッチを探す。
壁には、そこら中に紙が貼られていた。
数式──これは496という数字が頻繁に現れている。
他には腕に似た何かの設計図や、ルーン文字を組み合わせた冥府の女王ヘルの魔方陣。
三日で飽きたと思われる美容に良い魔女献立、リバーサイド=リングにどう女の子っぽく日常会話をするかメモ。
シィ本人の頭の中と思えるほどに雑多だ。
──その中に、一枚のスケッチを見つける。
「これは……」
よく知っている三人が描かれていた。
フリンと、クロノスさん。それと、フェリ──いや、違う。
フェリに似ているが狼耳と胸が無い、人間の少年だ。
『キミからすれば見知った三人として映るだろう。エーデルランドの管理者フリン、地球の管理者クロノス、終焉の狼フェンリルとしてね。でも──』
シィは悪戯好きの猫のような顔をして、話を続ける。
『それは約五千年前の記録から、ボクが描き写した物だ』
「そんな昔か……。クロノスさんはともかく、二人はたぶん五千年前はまだいないよな……」
『その金髪の少女、さすがにエーデルランドの管理者フリンよりは成長したように見えるから気が付いただろう』
……気が付かなかったが、確かに小学生程度のフリンとは違い、中学生くらいの見た目に成長している。
何かシィの想像の中の俺、察しが良すぎだろ。
『それは白き神の依代となった少女だ。人間の、な。名をフィン=シュラインと言うが、あまり重要では無い』
他人のそら似か。
……いや、白き神の依代? なんだそれは。
『そう、つまりそういう事だよ』
「わかりません。シィ先生わかりません」
したり顔の立体映像にジト眼を向け、何となく悔しいので下から覗き込むことにした。
何を覗き込もうとしてるかって? 決まってる、立体映像の知的探求という浪漫である。
仰向け、未知なる宇宙を観測するかのように寝そべる。
むむ、ローブは形状的に手強い。
暗い。
光魔法発動。
白と青のストライプ。
よし、ビッグバン。
『そっちのフェンリルとキミの二人を合わせたような少年は恋人だったらしい。……うらやま、しくなんてないぞ! 五千年前のカップルに嫉妬してどうする!』
グッと足を踏み込んで力説するシィ。
ナイスアングル、ナイスポージング。
『そして残る青年だが──』
上も堪能したくなったので、揉むことにした。
だが、立体映像なので揉めない。
エアおっぱい状態だ。
仕方なく、相手の動きに合わせて手の位置も動かすという高度なプレイに走る。
『クロノス本人だ。まだ人間で、亡国の王子シシャス=フォマルハウトと本名を名乗っていた頃のな』
「クロノスさんって元は人間だったのか……」
思わず手が止まり、何か色々とめり込んでしまう。
『時間と空間の魔法を操るという“時の魔術師”とも呼ばれていた。いくら昔は、神や巨人が争うための奇蹟の破片がゴロゴロしていたからといっても、規格外の魔法使いだったみたいだね』
亡国の王子で長身イケメン、チート持ち……主役か!
『なんやかんやで、最も古い異世界を救ったりもしたとか』
もう全部クロノスさんに任せられないだろうか。
『だけど、それは異世界一つを救っただけだった。結局、巫女の予言は変えられなかった』
「五千年前から巫女の予言があったのか……?」
『最初の未来視とも言える予言、僕達もよく知っているアレさ』
シィは、まったく下らないという仕草をする。
『神と巨人が好き勝手に争いをまき散らし──世界が業火に包まれ、狼が主神を食い殺して大半が滅んでしまう本来の神話』
「……『神々の黄昏』か」
『そう、お察しの通りさ。僕達の世界は、神々の黄昏が起こらなかったIFの世界』
初めてお察しした。




