123話 巫女の予言(その1)
俺──尾頭映司は呆然としていた。
さっきまでエーデルランドを観光していて、風璃が横に居たはずだ。
一緒に雨上がりの通りを歩いていたはずだ。
「これは……」
消えていた。
風璃が──いや、風璃だけではなく、前を歩いていたランドグリーズも、オタルも。
辺りを見回すと、街の人間全てがいない。
例えるなら誰もいない学校のような不気味さを醸し出す、普段とは違うエーデルランドの街。
だが、誰もいないのなら廃墟と呼ぶべきなのだろうか。
「どういう事だ……」
エーテルを駆使して、生命の痕跡を探る。
範囲は街周辺だけではなく、星の裏側まで隅々と。
「生きてる存在は0……死体などの痕跡がないのが救いか」
誰かに攻撃されてエーデルランドの住人が虐殺された、という線は薄い。
第一、俺に気が付かれずにそんな大規模な攻撃が出来るというのも考えにくい。
この感覚と、それを実行できる奴──。
思い当たる節が一つだけある。
「機械仕掛けの神、生贄の巨人。いつものように聞いているんだろう? これはお前らの仕業か?」
誰もいない世界で呼びかける。
返ってきたのは、頭に直接響く女性──ミーミルの声。
『申し訳ありません。私もユグドラシルも、上位権限によって制限されており、答える権限がありません』
「主神すら恐れる、お前らより上位の権限を持つ奴って誰なんだ?」
『答える権限がありません……。ですが、映司様の友人の一人としてなら答えられます』
心なしか、その声は震えていた。
『全てを諦めれば、命は保証されます』
「何もするなと……?」
『私は、巨人と神に見限られたような存在です。それを、ただの友人として扱ってくれる数少ない方──あなたがこれから進む過酷な道を見てはいられません』
確か、ミーミルは過去に種族間の人質として差し出されたり、裏切られて首を落とされたりした過去があったはずだ。
ユグドラシルの泉の管理人として落ち着いたが、それも結局は生贄を求めて力を与えるという悪魔のような取引の執行者。
元来、好かれる存在では無かったのだろう。
『まだ、私との食事の約束も──』
「友人としてのアドバイスありがとうな。でも、俺は進むよ。どんな道でも」
『映司、様……』
ミーミルの言葉はそこで途切れた。
上位権限からの縛りとやらの中で、俺を想っての精一杯の言葉だったのだろう。
震えるような、泣き声が微かに聞こえた気がした。
「さてと、これで大体の原因は分かった」
ここまで言えないということは、関係しているという事で確定だろう。
問題はこれからどうするか、という事だ。
……といっても、これだけ大規模な事をされると残された選択肢は少ない。
諦めるか──それとも。
「巫女の予言とやらを信じますか」
フリンを見送った日、シィから言われた言葉。
「ええと、確か『四度目の未来観測による巫女の予言』だったっけ。シィ=ルヴァー。ヴォルヴァー。似てるけど偽名か何かか」
四度目というのは分からないが、未来観測というのならこの状況になるのを先に知っていたという事だろう。
対処法も知っている可能性も高い。
──そして、その次の一言で終わる予言。
短すぎて、予言といえるのか怪しいシロモノである。
「『次に何か困った事があったら、私の家だった場所へ行き496を唱えよ』……だから、とりあえずシィの家にまた行ってみるか」
風の魔法を発動させて、シィの家まで高速飛行する事にした。
本来なら一気に転移したい所だが、現状では不可能だった。
空間魔法と時間魔法は、ユグドラシルの呪いとも言える許可制なので、現在は発動出来ない。
オマケに別の場所との通信もユグドラシルに頼っていたため、他の異世界とも連絡が出来ない。
オタルのように通信機でも用意しておくか、それに準じた魔法も使えるようにすべきだったなぁ。
なるべく機械や肉体に頼る巨人族の意図が何となく分かってきてしまう。
「さてと、到着っと」
とりとめも無い事を考えている間に、焼けて残骸になったシィ家へと降り立った。
今日二度目の見学となるが、相変わらずの黒焦げっぷりだ。
確か、被害者がスリュムの殺人事件が起きて、何やら危険な薬物があったからフェリが焼き払ったというトンデモだった気がする。
結局、誰も死傷者は出ていなくて、自分の正体を言い出せなくなっていたアイドルコスプレ探偵シィが家を失うだけという笑える……もとい悲惨な話だった。
「ここに何があるんだ」
空中から見ても特に何も無く、地面に降り立った今も野ざらしのままの火災現場が残っているだけだ。
雨に晒されたためか、黒くすすけている木材や家財が水滴でキラキラと反射している。
こんな何もかも焼けてしまった家、どうしろと。
……いや、待てよ。
確か、悪の科学者の研究所には、地下に隠し部屋があるとか誰か言っていたな。
「まさかな」
そんな子供じみた発想と思いつつも、魔法で焼け残った部分を吹き飛ばして更地にする。
その地面、確かにあった。
「まさかかよ」
地下へと続く煤だらけの鋼鉄扉のようなもの。
取っ手のようなものはなく、元から頑丈にロックされているようだった。
力尽くでも開きそうだが、シィの事だ。
たぶん正式な手順を踏まないと内部が爆発して手がかりが消滅なんて事もありえる。
しょうがないので、シィに言われた通り、あの数字を唱えることにした。
完全数であり、全ての事象を予測出来るように──世界を解き明かすための『神の数式』に浮かび上がるとされる数字を。




