122話 風璃が積み上げてきたもの(小さな英雄達)
「うーむ、やはり人手が足りんな……」
イーヴァルディの息子は鉄製の作業ヘルメットをかぶり、机に複雑な図が描かれている青写真を広げていた。
各パーツを得意分野の工房に振り分け、指示を出している最中だ。
あの狭くなっていた建物内は、イーヴァルディの息子本人、個人の作成担当の機材と、あたしがいるだけになっていた。
「力自慢の冒険者達を見繕ってくる?」
「いや、ただの人材なら足りている。ある程度の技術と、魔力などを制御できる奴が足りない。素材の変質や、爆切の箇所が多くてな……」
確かにそんな器用な条件が揃うのなら、冒険者にはなっていないだろう。
職人としてトップに立ったり、宮廷に仕えることも容易だ。
「そっか、よかった。力仕事だと、あの子達だと適さないかも知れなかったから」
「あの子達だと? 誰か呼んでいるのか?」
「ケンが連れてくる手はずだから、たぶんもう──」
噂をすればなんとやら。
入り口からカノの兄である、ケンが顔を見せた。
「おう、風璃姉ちゃん! みんなを連れてきた!」
赤髪で背の小さなケンの後ろから、孤児院の子供達がゾロゾロと姿を見せる。
「ご苦労! ご褒美として、後で風璃お姉ちゃんさんがナデナデしてあげよう!」
「や、やめろよバッキャロウ!」
「え~、周りに誰もいない時はあんなに嬉しそうなのに」
いつも妹という立場なので、お姉ちゃん的な立場がでいじるのが最高に楽しい。
……じゃなくて、今はそんな場合では無い。
「というわけで、馬鹿息子。助っ人連れてきたから」
「お、お前……こんな孤児院のガキ達を使えと……」
苦虫を噛み潰したような顔をされてしまった。
前の太っていた頃の中年臭が漂ってきそうだ。
「腕の上達具合は、いつも丁寧に教えてあげている本人が一番知ってるはずでしょ?」
「そ、それはそうだが……」
連れてきた孤児院の子供達の中には、元からエーデルランド出身者と、ケンやカノと一緒に来た子供達がいる。
もしかしたら、イーヴァルディの息子と過去に何かあった子供達もいるのだろう。
相手の実力を認めていても、そう簡単に素直になれないのが人間……いや、ドヴェルグなのだろう。
「ああ、馬鹿息子。妹のカノから伝言だ」
ケンも嫌々ながらの表情で、イーヴァルディの息子へと言葉を向ける。
「『みんな、私と同じ』だとさ。意味わかんねー」
たぶん、カノちゃんと同じように、もう恨んでいないという事だろうか。
勝手に、一方的に、自虐的に……イーヴァルディの息子本人が恨まれていると思い込み続けていたのかもしれない。
あたしは当事者では無いから、その間にどんな確執があるかの本質は理解できない。
でも──。
「チッ、お前らガキ達の習熟度に適した箇所に振り分けてやる。せいぜい、オレ様が教えた技術で、オレ様を持ち上げる宣伝でもするんだな!」
「持ち上げる間もなく、速攻で馬鹿息子なんて追い越してやるよ!」
どちらも皮肉を投げかけているが、とても楽しそうだった。
* * * * * * * *
「さてと、あたしにやれる事はやった。街のすぐ動けない人達も念のため避難させ始めてるし」
戦える者は戦いの準備をして、戦えない老人や赤子はスキールニルなどが避難の指揮を執って上手くやっている。
「二人きりだし、訊いても良いかな? シィちゃん」
冒険者ギルドで、あたしの部屋として割り当てられた一室。
シィちゃんを呼び出していた。
ランちゃんの鎧は解除して、別の所で待たせてある。
「みんなの前で訊かなかったのは、本当に助かったわ」
「シィちゃんが言わなかったのは、何か訳がありそうかなって勘だよ。ただの勘」
「いつもいつも思うけど、神々の第六感の領域に入ってると思うわよ……」
シィちゃんはベッドの上に座った。
いつも同じローブだが、本当にこれ以外の服を持っていないのだろうか。
標準的な体型だが、隠していなければ簡単にアイドルになれそうな容姿。
何かそれに見合った物でも着れば似合いそうなのに。
「ちょっとだけ長くなるから、座って」
「うん」
あたしも椅子に座り、相手の顔を見据える。
「ランドグリーズはいいの?」
「ランちゃんも少しだけ様子が変だし、今回はシィちゃんと二人きりの方がいいかなって……」
「そう……」
行動や、タイミング的に今回の事に関わりがあってもおかしくは無い。
それがランちゃんの重荷になっているようなら、あたしは知っておきたいのだ。
「今から話すことは、知ってもどうにも出来ない事。そして、エーデルランドの住人達が知ると相手の思う壺になってしまう」
「でも、それでもあたしは知りたい」
シィちゃんは、やれやれといった肩をすくめる仕草をして、諦めたようだ。
「はぁ……。どんな状況でも絶望しない覚悟はある?」
「絶望しないとは言い切れないけど、頑張るよ」
我ながらアバウトである。
けど、『どんな状況でも』──なんて仮定ではそうとしか答えられない。
きっと、やせ我慢をしなければ神様だって絶望したりもするだろう。
「正直者ね」
「映司お兄ちゃん以外に対しては、素直な子と自負していますから」
お互い、軽く笑う。
そしてその笑みのまま、シィちゃんが言葉を発した。
「わかった。それじゃあ、今から伝えることは、たぶん私の遺言になる」
「遺言……?」
「ふふ、冗談。まずはオズエイジが現在どうなっているか──」




