118話 和解(融解)
あたし──尾頭風璃は、相当なショックを受けていた。
あの状態で通信が途切れたという事は、そういう事なのだろう……。
指示一つで、人を沢山死なせてしまった……。
「偵察隊は全滅したと仮定して、次の手を考えましょう。風璃様、それでよろしいですか?」
オタルちゃんは、いつもと変わらない平坦な感情で話している。
まるで機械のような、何者にも影響されない表情で。
無感情、冷酷、非道。
普通の人間が見たら、そう思うだろう。
「お、おい。あんた! 俺達冒険者が死んだかも知れないのに、けろっと平気そうな顔をしてやがるな!」
「これだから上から命令するだけのガキは……」
ギルドの中に残っていた冒険者達は、そう見たのだろう。
でも、あたしはちゃんと見ていた。
オタルちゃんの、膝上に置かれた手が微かに震えている事に。
その状況に、ついあたしは口を出してしまう。
──今から言う言葉は、子供の言葉だと分かっている。
分かってはいるが、それで彼らの矛先をこちらに移せるのなら。
「あんた達、そのガキが冷酷にならざるを得ないポジションになっても、責任を伴わない場所で見ておいて、無理させて、人任せで何が大人よ! 冒険者よ!」
目の前にあった木製机に拳を振り下ろす。
大型くい打ち機のような轟音と共に、ウェハースのよう弾け、粉砕される木製机。
意図しない破壊だったが、そのせいか静まりかえってしまった。
ランドグリーズの鎧で、力が強化されていた……のだろうか?
でも、それだと……いや、今はこの場を。
「でも、これで分かったでしょ。ただでさえ死ぬかも知れないリスク背負ってる時に、目先の報酬や名声で指揮系統を乱すとどうなるかって事がさぁ……」
あたしは、映司お兄ちゃんを思い出し、その愉しそうな笑みを真似た。
見下す眼は深淵昏く、口角を暗中の三日月のようにつり上げ、ニィッと。
「現状から見ると、このまま無尽蔵に疑似天使が増えて行けばエーデルランドは滅びる。報酬の前金受け取って命令無視した奴も、あたしが金の重みを教えるために撲殺してあげる。どちらに殺されるのが良いか、そのちっぽけな頭で判断なさい?」
オタルちゃんが何か言われるのなら、あたしがもっと過激になって、その対象として成り代わる。
「ひぃっ!? 髪が逆立ち、眼が血煙のように赤く光ってやがる……」
ええと、ランちゃん……何か外見的に変な演出を入れてる……?
今度、鎧を装備した時にどう見えるのか、鏡でチェックしておこう。
でも、ただのどこにでもいる小娘のままだったら、それはそれで大変だったかもしれない。
ここからどうしようかと思っている最中、通信機とカメラのノイズが回復し、通信が入った。
『こ、こちら! あるふぁチーム! 聞こえるか、お嬢ちゃん、いや、大将、司令官、救世主──』
「こちら、ただの女の子オタルです。無事だったんですね、良かった」
『あ、ああ……ブレイブマンとか名乗る奴が助けてくれて、殿になって逃がしてくれたんだ』
「ブレイブマン……リバーさんですか」
すっかり忘れていて、思い出した時にはいなくなっていた勇者さんだ。
『あ、あんたの知り合いか……助かった。本当に命拾いをした。即撤退しろという判断は正しかったよ……命令無視したのに、助けを送り込んでくれて助かった』
「いえ、それは……まぁ良いです。次からは気を付けてください」
一瞬口ごもったのは、たぶんリバーさんは勝手に行動したと訂正しようとしたためかもしれない。
説明するのは面倒だし、一応ここに呼んだのはあたし達だし、敢えて言わなくても良いだろう。
あたしは、安心して気が緩んでしまう。
オタルちゃんも、ふと優しい声色になって、少しだけ照れくさそうなただの女の子に戻った。
「あなた方は大切な……。な、なんでもありません! とにかく、被害状況などを──」
『た、大切な!? お、おう。被害確認しつつ連絡する』
無事だった冒険者とオタルちゃんの歩み寄り、少しだけホッとした。
このやり取りで、酒場に居た控えの冒険者達も安心したようだ。
「すまねぇ、お嬢ちゃん達。さっきはカッカしすぎていたらしい。せめてあんた達に負担をかけないように頑張るよ」
「ええ、助かります。あなた達も同じくらい大切ですから」
オタルちゃんの柔らかい表情、申し訳なさそうな冒険者達。
本当はオタルちゃんが、相手を大切に思っているという事も伝わったらしい。
あたしは、自分の事のように嬉しくなってしまい、オタルちゃんに密着するように耳打ちする。
二人だけにしか聞こえない、小さな秘密の会話。
「……オタルちゃん、やっさし~」
「え? そうですか?」
「うん、だって大切って──」
すると、オタルちゃんはニッコリと微笑み。
「兵は映司様から託された、大切な消耗品ですから」
「あ、そ、そうなんだ……」
オタルちゃんは、そのままあたしの両手を恋人繋ぎでがっしりとホールドして、顔を近づけてきた。
全体的に美しく整っていて、それでいて柔らかくて瑞々しい肌。つつきたくなるような可愛らしい桜色の唇。トロンとした潤んだ瞳。
吐息がかかるような距離で、女の子同士なのにドキドキしてしまう。
「本当に大切なのは、映司様やフリン様、それに──風璃様ですから……」
「は、はは……そうなんだ」
身体を離そうとしても、そうさせてくれない。
絡み合う指が妙に艶めかしい。
「私は独裁者しなれていますので、多少の罵りなどそよ風に過ぎません。ですが、風璃様のお心遣いはとてもとてもとてもとてもとても──嬉しかったです」
眼が怖い、眼が怖い。
何かピンクのハートマークが見える気がする。
「こんな私に御慈悲を与えてくださる風璃様……あぁ……風璃様ぁ」
「ちょ、ちょっとオタルちゃん!?」
そのまま、観衆の目を無視したかのように押し倒された。
うわわと慌てるあたし。
あわやレーティング大惨事となろうとした瞬間、通信機から声が響く。
『──という被害だ。死者は0,意外とまだ動ける奴が多い。指示を頼むぜ、オタルさんよ』
「ほ、ほら。オタルちゃん! 頼んだって……おりゃあッ!」
冷静さを欠いたオタルちゃんにヘッドバッドを一発。
「ふぎゃっ」
ようやく身体が離れた、吹き飛んだ。
恋人繋ぎしていた手や、吐息が掛かり合っていた顔がじっとりと湿ってしまっている。
さすがに埒があかないので強硬手段に出てしまったが……オタルちゃんゴメン。
「風璃様の頭突きぃ……えへへ、ありがとうございます!」
「……えぇ!?」
呆気にとられたあたしを背に、オタルちゃんは平常運転の無感情な口調に戻り、偵察部隊への指示を出すのであった。




