117話 人間狩り場(剥ぎ取るは戦意、皮、そして命)
陽の落ちかけた森の中、何かが回転する甲高い音と、冒険者達の悲鳴が響き渡っていた。
古来より昏い森は畏れの対象とされてきたが、今はその不気味さだけでは無い。
神の使いを模した自動人形達が闇の主となり、生物を蹂躙する本当の恐怖の地となっている。
言うなれば、そう──人間狩り場。
「う、うわぁーっ! た、助けてくれぇーっ!」
「お、落ち着け! 奴らは素手だ! いくら俺達が軽装だからって、革鎧を殴られてもビクともしねぇ!」
冒険者達は、素手で殴ってくる疑似天使達を斬り倒していく。
相手が見える範囲だけで10,20といても、武器を持たないの素人と同じくらい弱い存在だ。
それくらい、素手と武器の戦力差は大きい。
下級第三位の疑似天使からしたら、冒険者は下級第二位といった所だろう。
「ははっ! 本当だ! 数と見た目に騙されたけど弱ぇ! 何かツーシンキとやらも使えなくなっちまったが、これなら問題はねぇな!」
貯まっていく疑似天使達の死体、いや、残骸というべきだろうか。
胴か頭に大きな損傷を与えれば停止するらしい。
「だ、だけどよ……こいつらどれだけいるんだ。こりゃ平気なのか!?」
飛び掛かってくる疑似天使を一振りで屠りながら、冒険者は仲間に呼びかける。
貯まっていく疲労と、まとわりつくような森独特の湿気と脂汗。
剣も陶器の肌には効きにくく、鈍器を持ってくれば良かったと後悔し始めた。
「す、素手の相手ならまだ、だいじょう……痛っ!?」
鈍ってきた剣の隙間から、疑似天使の手が、指が、拳が。
革鎧で包まれていない手先、脚、そして──顔。
そこに群がってくる。
「や、やめっ──」
瞬間、かゆみが貯まっていく。
最初は軽い衝撃や、少しの裂傷やアザで疼きを感じる程度。
次にぬるりとした血や、平常心をゆるりと阻害する痛覚への刺激。
そして貯まっていき、激痛へと豹変する。
「いてぇ、いてぇよ! 俺の皮が、耳が、眼がァッ」
少しずつ、少しずつ拷問の序盤から中盤のような、いたぶられていく感覚。
死への恐怖が襲ってきたときにはもう遅い。
動物の死骸にたかるウジやハエのように、群がられている。
「ら、拉致があかねぇっ! 命あっての物種だ! 逃げるぞ!」
「う、後ろ……」
すっかり闇が支配する森へ景色が変わっていたが、それが分かってしまった。
微かな月の光を反射する、昆虫のような感情の無い黒い瞳、甲高い円盤回転の音。
今まで戦っていた前方も、平気だと思っていた左右も、絶対の安心と過信していた背後も頭上も──。
「あ、ああ……」
疑似天使達が、天へのいざないを待ちわびていた。
その数──およそ数百。
「……あのチビっこいお嬢ちゃん達の言う事を聞いておけばよかった」
辞世の句のような面持ちで、そう呟く冒険者。
疑似天使達は、生身の身体を求めるように群がり、奪い取ろうとしていた。
爪、耳、皮、唇、眼、指、命──全て現世から引きはがそうとするように。
「最初に遭遇した冒険者は……すぐ逃げたから助かったんだな……」
また一人、また一人と餌をついばむカラスのように群がられていく。
人間の表皮が剥がされ、血の臭いが充満し、死が昏き森を支配し尽くそうとした、その時──。
「そこまでにしてもらおうか! 疑似天使共よ!」
場違いな声が響き渡った。
「あ、あんた誰だ……いいから逃げろ……こいつらはやべぇ……」
「誰かと聞かれたら、こう名乗ろう!」
不思議と──声の主が装備する、豪華な鎧と剣が発光し、森を明るく照らす。
「オレはリバーサイド=リング! 勇者だッ!」
力強く放たれた名乗りと、謎の発光で疑似天使達が、リバーサイド=リングへ一斉に群がる。
冒険者達から離れた分も入れて、数十はいるだろう。
「フンッ!」
神から授けられた無駄に豪華な鎧は、身体能力を猫の額ほど強化し、一定の状態異常を無効化する。
名前は無かったので、スターストライプと名付けられた。
「す、すげぇ。攻撃を通さないだけじゃなく、ボールのようにはじき返してやがる」
同じく神から授けられた一本の剣。
切れ味が落ちる事は無く、運がかなり良ければ魔法すら切り裂き、たぶん決して折れない。
置き忘れても割と手元に戻ってくる。
名前は無かったので、アメリカンスピリットと名付けられた。
地元愛溢れるネーミングセンスだが、特に能力には関係ない。
「ズェアッ!」
一振りで、空中に弾かれていた疑似天使を複数両断。
まるでスローモーションの中、一人だけ通常速度で動いているような見事な剣技。
相手を斬っても速度の落ちない軌跡は、何度も、何度も一瞬のうちに繰り返される。
光に寄ってくる蛾を、自動粉砕器が黙々と砕くように。
「ふむ、敵対者の脅威判定が高い方から優先して狙うようだ」
冒険者達に群がっていた疑似天使達も、勝手に剥がれて勇者粉砕器に飛び込んできたようだ。
数十の疑似天使の残骸と、血まみれの冒険者が残ったが、どうやら冒険者は命に別状は無いようだ。
表皮を傷つけられたりしたため、外見的にはかなり痛々しいが、助けは間に合ったらしい。
「あ、あんた……リバーサイドとか言ったな。偵察隊の装備じゃねーし、どうしてここに」
「ちょっと放置プレイを食らってな! たまたま、そうたまたま──ひとりで街に帰って意気消沈していたら、何やら面白そうな馬の集団が見えたので、走って追いかけてきた!」
「早馬の後を走ってつけるって化け物かよ……。それにその引っかかる言い方──つまり先の自体を見越して、援軍をよこしてくれたって事か……」
リバーは汗もかかず、息も切らしていない。
彼にとってこれくらいは、幼い相棒のシィに迫られるのと比べたら──朝飯前なのだ。




