107話 巫女の予言(その9)
順番にフリン、フェリ、テュールと、煌びやかな光を放つ転移陣へ入っていく。
最後に入ろうとしたのはヴィーザル。
そこでふと、俺は声をかけた。
「ヴィーザル、どうしてここまで良くしてくれるんだ? フリンと親戚関係で、フェリは昔の知り合いというのは分かるけど……」
「そうですね、前は立場を理由に回りくどい事になってしまいましたね」
俺の言葉に振り返り、ヴィーザルは目を細めて微笑む。
その顔はどこか中性的で、背の高さや、ほどよく鍛えられた筋肉が無かったら……女性と言い張っても良いくらいの美形だ。
「ですが、観察していく内に、それを超える好意を持ってしまったのです」
好意──フェリを好きになったという事か。
ま、まぁフェリは可愛いし、昔からの知り合いなら成長した姿のギャップとかで、何かしょうがないというか、納得するというか……。
お、俺は何を考えているんだ。
ここで動揺したら格好悪い事この上ない。
息を整えて、冷静に返事だ……。
「ふぇ、フェリはスタイル良いし、美人だしな!」
……若干、声が震え気味になってしまったのは気のせいと思おう。
「ん? 映司、私が言ったのはフェンリルだけでなく、君の事もですよ?」
「……え?」
「フェンリルにも好意を持っているし、君にも好意を持っています」
あ、これはアレか。
俺の勘違いイベント的な、ライクという意味での好意を勘違いするという有りがちな――。
「二人とも、子作りしたいくらい好感触です」
「はは、友達としてそんなに好かれているなんて――は?」
野郎の良い声で何か言われた気がする。
いや、空耳だろう。
だろうが、多少の……ええと、かなりオブラートに包んでもゲロを吐きそうになる気分というか。
「おや、映司はこういうの慣れていませんか。相手に合わせて物質的な身体の性別を変えるのは、高位の神々や巨人の間では普通なんですよ。エーテルの部分に引っ張られて、本来の身体を意識している者もいますけどね」
「ソ、ソウナンデスカ」
「はは、少し刺激的すぎたかな。フェンリルの父親であるロキなんて、雌馬に完全擬態して子供を産んだりとやりたい放題だったよ」
……神々の世界怖い。
「もちろん、誰に対してもこういう事を言っているわけじゃないよ。そうだね、私が好意を持つなんて10に満たない人数だろう」
「いや、それでも多いと思うんだけど……」
「そうか、多いか。アハハ!」
神ジョークなのか、本気なのか。
俺は若干、いや、かなり引き気味にヴィーザルが転移陣に入るのを見送った。
スキールニルが、今のやり取りで興奮しているように見えたのは気のせいだろう……。
* * * * * * * *
「ちょっと良いかしら?」
見送りも無事済んだし、ここで集まったメンバーは解散となる予定だった。
だが、俺はそこで呪われし魔術師――シィ=ルヴァーに引き留められた。
何故かここまで口を閉ざしていたので、存在感は皆無。
それが突然、俺に何の用だろうか?
「オズエイジ、ちょっと二人で話したいことがある」
「二人っきりで?」
「そう」
今まであまり意識していなかったが、十代の少女で、野暮ったいローブ姿でなければアイドルとして通用しそうなくらい可愛い。
そのシィが、突然二人きりで話したいと。
たぶん、アレだ。
うん、きっとそうだ。
……これは自然と、エーデルランドの勇者リバーサイド=リングから寝取った的な流れか!
そんな爛れた関係はいけない……。
「シィ、お前の気持ちは分かるけど、そういう交際はもっと健全にだな」
「あんたの頭の中を健全にしたいわ……。真面目な話だから、部屋にでも案内なさいよ」
「あ、はい」
どうやら俺はエロゲ的な主人公ではないらしい。
落胆……もとい安心しつつ二階の部屋へ向かう事にした。
その途中、階段で転んでラッキー胸揉みイベント──というトラブルも無かった。
俺に都合の良い未来を引き寄せる力は存在しないようだ。
「狭いわねぇ。一番安い宿屋でも、広さならもうちょっとあるけど」
「く、この異世界ギャップ……毎回言われる事になるのか」
俺は、日本的には決して狭くない自室にシィを案内し、部屋の扉を閉めた。
男女が密室というシチュはドキドキするものだが、下手に指一本でも触れてしまうと、シィの凄まじい魔力で部屋が吹き飛んでしまうだろう。
俺への家具破壊ダメージと、それを必死に隠蔽するクロノスさんへのダメージで大変な事になる。
「それで、他の誰にも聞かれたくない話ってなんだ?」
「ちょっと待って、防諜術式を展開するから」
シィが、部屋の壁に魔力を這わせ、ルーン文字を紡いでいく。
外への光や振動、その他スキャンを遮断する内容。
俺からしたらいくらでも破れるが、シンプルな構成のため、それを破壊した瞬間に術者へ伝わって話を中断できるという狙いだろう。
「これでよしっと、今から話すことは……いいえ、話したくても話せない事が出てくると思う」
「ん? 話したいのか、話したくないのかどっちなんだ」
シィは一際、真面目な表情になり、その眼は俺の向こう側を見ているような不思議な光を帯びていた。
「ボクが不自然に口を噤んだら、それは『機械仕掛けの神』から止められていると思って」
「それって――」
「四度目の未来観測による、巫女の予言を授けます」




