106・5話
「そういえば、映司には趣味はあるのですか?」
「急にどうした、ヴィーザル」
相変わらず薄い笑みを浮かべて、眼の奥を見せないような表情。
振ってきたのは天気の話題みたいな感じで、社交辞令的なものだろうか。
「いえ、エーデルランドの革製品が最近有名になってですね。私の趣味が革靴作りなものですから、興味がわいたのですよ」
エーデルランドに降り立った初期に何やら色々あった気がする。
「あー、それは俺がやったんじゃなくて、妹の風璃だな」
「そうですか。母の影響で、ついつい革靴への興味が沸いてしまって……」
野郎と話すというのもアレだが、一応は会話のキャッチボールをしておかなければいけない。
相手は曲がりなりにも神様で、初代オーディンの息子なのだから。
「俺の趣味は、女の子と料理だな。それにだけ本気を出す!」
「映司お兄ちゃん、女の子は趣味って言わないと思う」
どこからかツッコミが飛んできたが気にしない。
「つまりは女装で本気ですか?」
ヴィーザルからもおかしなクエスチョンマークが飛んでくる。
……ちなみに女装っぽいことは完全擬態を使ってやった事もあるが、男から色目を使われるという地獄を味わったので二度としたくない。
百合なら多少の興味はあるが、周りからの眼が今でも厳しいのに、さらに厳しくなってしまう。
俺は変態でも、ましてやロリコンでも無い。
「何かややこしいのでそっちは忘れてくださいマジで。趣味は料理で良いです、料理で」
「へぇ、映司は料理に本気を出すんですか。食事を必須としない神々からしたら、珍しい感性ですね。酒に本気を出すのは、結構いますが」
巨人にドワーフに、酒泥棒オーディン。
こいつらに酒税法でもかけてやりたいところだ。
「では、舌は大切にしなければいけませんね」
「舌? 確かに味覚は大切だけど──」
ヴィーザルの視線が、俺の概念消失した左目をちらりと。
それで察した。
大切なら生贄に捧げる価値が出るが……、という事だろう。
「わかった。ご忠告どーも」
「いやいや、私もオーディンと関わりが深い者なので、ついつい気になってしまってね。──正式な手続きを踏んでないだけで、キミはもう事実上の四代目オーディンなのだから」
大切なモノ、か。
まぁ、出来る事なら楽しく生きて、将来は神の力とかにも頼らず料理関係の仕事にでも就くのが一番だ。
今はまだ、料理の腕も素人基準なら上手、という段階と自覚している。
キチンとどこかで修行して、店でも開いて、フリンやフェリでも招待するのも良いかもしれない。
「大切なモノは、無くさないようにしてくださいね」
ヴィーザルは表情を笑みのまま固定している。
本当にいつも楽しいのかもしれない。
「そういえば、ヴィーザルの大切なモノって何なんだ?」
あまり興味は無いが、一応は社交辞令的に返しておく。
「そうですね~。今見せられる物だと、自作の革靴ですかね」
ちょっと待っててください、と玄関へ向かうヴィーザル。
いちいち靴を取りに行ったのだろうか。
「すまぬ……すまぬ……日本家屋は土足厳禁なんだ」
「異文化というのも楽しいですよ。ええと、この靴です。室内に持ち込んじゃってすみません」
「いやいや、それくらい」
戻ってきたヴィーザルが手に引っかけている革靴。
神々の所持品であるからか、泥はおろか汚れ一つ付いていない。
はき慣れたシワはあるが、見ようによってはそういう加工をした新品とも受け取れそうだ。
「どうですか? 私の最高傑作なんですよ。特に素材が良くて──」
ハンドメイドだからか、左右の靴は形が若干違う。
素材の良さを謳っているだけはあって、表面は何の革か分からないがスベスベしてそうだ。
何かを縫い合わせたような趣向が様々な箇所に凝らされているが、そういう流行なのだろうか。
「あ、この靴は若干個性が違うけど、実はペアなんです。仲良し夫婦の靴なんですよ」
……という頭お花畑設定らしい。
俺の視線に気が付いて注釈を入れてくるとは……好きなものになると、喋りたくなってしまうという心理だろうか。
「ほら、靴の内側が唇だとしたら、お互いがいつもキスしているようでしょう?」
「そ、そうか」
意外とメルヘンチックなやつなのかもしれない。




