105話 四度目の世界(四度目の別れ)
「映司、大事なお話があるです」
「ん?」
いつもの尾頭家、俺──映司の部屋。
黒妖精の国でグングニルを創り、帰ってきてからしばらく経った時の事。
俺は、フリンに向こうでの出来事を話していた。
歴史的な暗い部分や、刺激の強い色恋沙汰もあるので幼女専用に……ええと、教育的脚色を加えている。
それを話し終わった後、フリンは珍しく真剣な表情になったのだ。
「フリン、大事な話って? 今日の夕飯のリクエストか?」
「初めて出合った時……映司は、見ず知らずの私を優しく受け入れてくれました」
「急にどうしたんだよ……」
いつもの大きく愛らしい眼が、秘められた強い意思の眼差しを向けてくる。
何かを俺に伝えようという気持ち。
だけど俺は──。
「さてと、夕飯は何にしようかなっと」
その場から立ち去ろうとした。
正確には、逃げようとした、だろう。
「女神として、どうしようもなく不出来で、惨めな私の手を……こうやって掴んでくれました」
「フリン……」
とても小さく、柔らかく、暖かい手の平が──俺を引き留める。
「あの時の映司の優しさが無かったら、私は今でも独りぼっちだったと思います」
止めてくれ……これじゃまるで。
「それからも映司は、私に色々な人を引き合わせ、経験させ、教えてくれました」
自分の弱い所が急激に広がっていく感覚。
でも、フリンは話を止めない。
「巨人の国の時、必死に私を守ってくれようとした事、すごい嬉しかったです。そのために生贄に捧げてしまった尊い左目、私は一生忘れません」
「その、フリンに比べれば……左目くらいどうって事は……だな……」
やっと絞り出せた言葉はそれだった。
もう、フリンが何を言おうとしてるのかは、ずっと一緒に居た俺だからこそ分かってしまう。
嫌でも……嫌だが分かってしまう。
「これからは、左目くらいとか言わないでください。映司は、沢山の人から愛されている、大切な存在なんですから。私がいなくなった後も、身体をご自愛ください」
「フリン……?」
「この言葉は二度目ですが、今度は私の意思で告げます――」
フリンは、悲しそうな表情で大粒の涙を流しながらも、精一杯に微笑みの華を咲かせた。
「映司、さよならです」




