幕間 ランドグリーズのお節介
ここはいつもの尾頭家。
──でも、普段とはちょっと違う状態だ。
顔を赤らめて布団に入っているランドグリーズと二人きり。
「映司……映司ィ……」
普段とは違う、熱を帯びた呼び捨てという状況。
様々な事情があって、今夜は誰も帰ってこない。
どうしてこうなった……もう一度言う……どうしてこうなった。
* * * * * * * *
「じゃ、映司お兄ちゃん。あたしはオタルと一緒にエーデルランドにお泊まりだから。家には、しっかり者のランちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど、出掛ける時は戸締まりを忘れずにね!」
「おう! しっかり者の俺に任せろ!」
「……映司様。またランドグリーズの機嫌を損ねないようにお願いしますね」
お泊まりにうきうきの風璃と、不安げな顔のオタル。
靴を履いて、玄関からエーデルランドへ転移しようとしている。
「大丈夫、大丈夫。たった一日だ! そんなランドグリーズだけ狙い撃つように怒らせる事なんて何度も無いって! 何も起きないに決まってるって! な!」
「それなら良いのですが……」
「ほら、もう行こう。新しく来たドヴェルグの子達とのお泊まり会の用意と、学校建設の手続きも進めなきゃ!」
風璃は、オタルの手を握って転移陣へと飛び込んだ。
「あ……手柔らか──いえ、何でもありません。行って参ります」
「いってらっしゃ~い」
オタルが頬を染めて百合百合っぽかったのは気のせいだろう、うん。
女の子と女の子の恋愛なんて、お兄ちゃん許しませ……許す、尊い。
「さてと、二人は行ってしまったし、ランドグリーズと昼食の相談でも──」
その時、リビングの方から大きな物音がした。
「ん?」
事情があって現在、フェリやフリンはいないので……今日はランドグリーズと二人きりのはずだ。
ドジっ子的に何かを落としたのか、またメイスの必殺技練習で技名を叫びつつ何かを破壊したのか。
気になったのでリビングへ向かってみる。
するとそこには──。
「ら、ランドグリーズ!?」
小学生高学年バージョンで、長い黒髪を乱しながら倒れていた。
慌てて駆け寄ると、息が荒く、顔が赤い。
額に手を当てると体温が高い、結構な熱がある。
「だ、大丈夫か?」
「ふらふらして足がもつれた。……風邪、ひいたっぽい」
「い、いいいいいきなり大事件じゃないか!」
俺は慌てて、どうしたら良いかパニックになってしまった。
謎の怪しい踊りでも披露してしまいそうだ。
「落ち着けよ、映司……。たかが風邪くらいで死にゃ~しない……」
そ、そう。落ち着けよ映司!
……いや、今のは俺の心の声じゃない。
ランドグリーズの声だ。
何かいつもと……いや、そんな場合じゃ無い。
ええと、まず深呼吸だ落ち着け。
「ぐ、具合は本当に大丈夫なのか?」
「くどい、うざい、映司は心配しすぎ」
「……あ、はい。すみません」
ランドグリーズが、ゴミを見るような眼なのは気のせいだろうか。
前にやらかした時より数十倍きつい。
ちょっとだけ関係が修復されてきたと思っていたのに。
「運べ」
「え?」
一瞬、命令口調だったために理解が遅れた。
「いいから、ベッドまで運べ」
「は、はい。わかりました」
何か俺の方が敬語になってしまう。
だけど、確かにこのまま身体を冷やしてしまうというのは風邪に良くないだろう。
ここは指示に従うのが得策だ。
「お身体、失礼します」
「ひゃあっ!?」
今のランドグリーズは小さいので、お姫様抱っこをしてもかなり軽い。
前、俺がやられた事への仕返しでもある。
「ば、ばかっ! なんちゅー持ち方を!」
「これ以外の運び方だと、宙ぶらりん羽交い締め方式や、肩車になります」
「……これで良いからさっさと運べ」
肩車でワーイと喜ぶ姿も見てみたいが、俺の背が高めなのもあって、ランドグリーズの頭部がどこかにぶつかってしまう可能性がある。
羽交い締めっぽく運送すると、とてもシュールな犯罪チックな図になるので自重だ。
「あ、風璃の部屋は、映司が勝手に入ると怒られるから、アタシの看病は映司の部屋でな」
「まじですか、ランドグリーズさん」
思わず『さん』付けをしてしまう展開だ。
俺の部屋に赤面ランドグリーズを連れ込む……、何かやばい気がする。
この先、俺は警察に無実の罪で捕まったりしないだろうか。
また銀のブレスレットを手首にプレゼントされるのは嫌だ。
既に異世界アダイベルグでの逮捕歴一件、街で全裸プラス覗き──職業:四代目オーディン(仮)である。
公正にもみ消されたが、今でもトラウマである。
「どうした映司、そんな絶望的な顔をして」
「い、いえ……なんでもありません」
訴えられたら状況的に負けそうなので、敬語で一生懸命に媚びへつらっておこう。
いつもとランドグリーズの口調が違うし──いや待てよ、風邪だからって違いすぎじゃないか?
そう考えながら、俺の部屋まで輸送完了。
ベッドに寝かせて布団をかけてあげた。
「なぁ、ランドグリーズ。いくつか疑問があるんだが」
「んだよぉ、やぶから棒によぉ」
「何か口調がいつもと違う気が……」
「う……」
思いっきり目をそらされた。
数秒間の沈黙。
そうだ! というポーズで手の平と握り拳をポンッと合わせ、にこやかに返答が。
「風邪で参っちまって、素が出ちまったんだよ! ……です!」
「な、なるほど」
何でも首を突っ込む風璃や、冷蔵庫荒らしのフェリ、暴走幼女のフリン、ただの暴走野郎のスリュムといった住人でストレスが貯まってしまうのは仕方が無い事かもしれない。
ここはいつも人畜無害ストレスフリーな俺がどうにかしてあげなければ。
「あ、ところで戦乙女も風邪をひくのか?」
「ん? ああ、せっかく地球で生活してるんだ。風邪なんて一瞬で治せるっちゃ治せるが、今後の事も考えて身体を慣らしておきたくてな。……と思いまして」
「なるほど」
確かに地球でエーテルを使わない人間状態の生活なら風邪くらいひくし、それを魔法でいちいち治していては不審がられもするだろう。
それに『何か変な魔法の反応がありましたよ!?』と検知器みたいな地球の管理神のクロノスさんが訪ねてくるかも知れない。
基本的にはバレなきゃ平気という感じだが、気を付けることに超した事は無い。
たまに料理で鍋を動かすのに、魔法を使ったりしているが何も言われないし。
スリュムに至っては『お隣から強烈なヒゲの視線を感じるのじゃ……』とか言って地面から迫り出す隔壁を地下で建造中だとか。
「なぁ、映司」
「どうした、ランドグリーズ」
まぁ、何とかなるだろう。
そんな事を思った矢先に──。
「身体が汗でベタベタする」
あーお客様、困りますお客様。
あーっ、困ります。お客様、あーっ。困りますお客様。
これは黄金パターンです困りますお客様。
アレだろ、ハーレム物なら服を脱がせて身体を拭いて、手が滑ってドキドキたっちんぐだろう?
そして身体を暖めよう、みたいに理性を爆発させてのベッドインで、風邪だから優しくしてね、みたいな当店は違法行為を行っていませんのモザイク。
それだけならまだしも、どう頑張っても外見的に18歳以上ですと誤魔化せないバージョンのランドグリーズだ。
どうせ捕まるのなら、たわわに育った高校生くらいのおなごを指名……したい……。
「児ポはちょっと……俺には無理だ……!」
「え? アタシの一言からどうしてそこに」
「いや、だってアレなんだろう。また鉄格子の中に入れられて臭い飯を食べなきゃいけないんだろう……」
「ナニ言ってるかわからねぇ。早く自分で身体拭きたいから、タオルとか用意してくれよ」
どうやらセルフらしい。
俺のトラウマの一つは回避できた。
* * * * * * * *
タオルやお湯を用意したり、風璃の部屋のタンスからランドグリーズの下着等を持ってきたり……こんなサイズもあるのかぁ、と感心しつつもした。
一通り、純粋な知的好奇心を満たした後に昼飯の準備。
「お粥ができたぞ~」
「おっ、結構うまそう」
ランドグリーズは『がっつり喰いてぇ』と主張してきたが、風邪と言う事で卵粥をチョイス。
お粥は味が薄くなりがちなので、少しだけリクエストに寄せてシラスや、刻みシイタケで味を強める。
最後に彩りで小ネギを散らす。
「体調が良くなったら肉料理でも何でも作ってやるから、早く良くなれ」
「じゃあ、ちゃんと食べなきゃな。映司、食べさせてくれよ」
何この展開。
「ええと、ランドグリーズ。普段ならそんな事を言わない気がするんだけど……熱でもあるのか?」
「いや、だから熱あるだろう? ほら、ふーふーして食べさせて……くださいよ」
「まじで?」
「まじで~」
まぁ、児ポで捕まらない行為なら致し方ない。
レンゲに適量すくい取り、息を吹きかける。
……ランドグリーズの視線を感じる。
「ランドグリーズ、何かすごい顔してるけど、やっぱり普通に食べた方が──」
「い、いや! アタシの事は気にするな! ひと思いにやれ!」
「えぇ……要求してきた割にすっごいよく分からないリアクションなんですが」
そういえば、ちゃんと温度が下がったのか食べる本人じゃなきゃ分からないな。
冷めすぎても味気ないし。
というわけで、まずは自分で試食をパクリと。
「うん、このくらいで丁度いい」
「映司が喰うのかよ」
「次、ランドグリーズ」
再びふーふーして、完璧な温度調整をした状態で差し出す。
「はい、あーんして」
「……あむ」
一瞬、何故か躊躇されたが食べてくれた。
「味はどうだ?」
「ふん、まーまーだな。早くもっと食わせろ」
まんざらでも無さそうだ。
鳥の餌付けのように食べさせていくのが少し楽しい。
ペース配分に気を付けながらも、そんな親鳥の気分で器を空にした。
「ごちそーさま」
「はい、お粗末様でした」
食べ終わった後の食器を片付けようとしていた時、悪戯っぽい表情で一言いわれた。
「なぁ映司、間接キスもファーストキスに入るんだろうか」
「……は?」
どういう事だろうか。
少しだけ考える──。
もしかして、もしかしてだ。
ふーふーした時のアレだろうか。
「映司、もうこれって既成事実ってやつか?」
「ランドグリーズさん、寝ていてください」
「ちっ、しゃーねーな」
うーん、今日のランドグリーズは人が違うというか何というか……。
でも、エーテルも、戦乙女としての繋がりも本人のものだ。
後は考えられる可能性としては……完全擬態。
つまり初代オーディンか、行方不明だというロキが! この間接キスを求めるようなランドグリーズに化けて──。
……想像してはいけない図になるのでやめよう。
ありえないし、うん。
* * * * * * * *
「お昼ご飯も食べたし、次は──」
「えぇ゛」
俺は明らかに嫌そうな声を出した。
今日のランドグリーズはロクなことにならないのが目に見えているからだ。
「抱きしめてもらおうじゃねーか!」
ふぇぇ、何か発言が男らしいよぅ……。
「あの、ランドグリーズさん。理由は?」
「理由? そうだな、ちょっと今考える」
今から理由を考えると言う事は、元から理由無しか、理由が話せないという事だ。
さすがにこれは付き合う必要があるのだろうか……。
「風邪で弱っていて不安だから、抱きしめて安心させて欲しい……です」
ちょっと弱気っぽい感じに言われてしまった。
確かにそれなら共感できるし、放っておけない。
120%演技っぽいが、そのギャップに可愛さを感じてしまうのも……不覚!
だが断る!
「いや、遠慮しておきます」
「ええい! 映司ィ! まどろっこしい奴だ!」
ランドグリーズのその小さい身体は布団から飛び起きて、俺へダイブしてきた。
「ちょおっ!?」
「抱きつくのも抱きつかれるのも一緒だな!」
「いやいやいや、ランドグリーズ。それはどうかと」
「女の子に抱きつかれて嬉しくないのか?」
いつもより高い体温のランドグリーズを肌で感じるが、その、何というか、やはりストンというか、ペタリというか、理性に安心というか。
「小学生的なボディだしなぁ……」
「ふむ、戦乙女の姿くらいに成長させるか? 頑張れば、もっと大きくも──」
「わ、わー。何か娘が出来たみたいで小さい子嬉しいな~」
大きくなったら非常に俺がまずいので、棒読みで小さい子全力肯定。
フェリ並みの……どことは言わないが、フェリ並になったら男子高校生の理性が耐えられるはずない。
儚い、人の夢と書かなくても儚い一線なのだ。
間違いなく海に立ち向かう綿菓子より耐久性が無い。
「娘、か~」
「ぱ、パパだぞ~」
もうヤケである。
「わーい、パパ~」
「む~す~め~よ~」
若干の沈黙、抱きつきながら間近で顔を見合わせる。
「……なにやってんだろ」
「……なにやってるんだろうな」
本人がやりたかったのではないかと小一時間、説教をしたくなるのは我慢した。
* * * * * * * *
晩飯も済ませ夜となっていた。
俺はパソコンに向かって、日課の役に立たない知識を仕入れたりしている。
フリンがきてからというもの、エロ関係を封印したために暇な時間を持て余して、適当な論文などを雑多に漁っていたりする。
「映司、それ面白いのかよ?」
「数学者達の執念が垣間見えて面白いぞ~」
本当はたわわなエロサイトが見たいです。
……とは、ベッドで暇そうにしているランドグリーズには言えない。
「映司って昔から、意外と成績良かったよな」
「意外とは余計」
「でも、友達は少ない」
「うっさい」
普段のランドグリーズとは違う感じなので、ついついこちらの反応も違ってしまう。
でも、不思議と悪い気はしなかった。
「……藍綬と一緒にいたから、人間から仲間外れにされたのか?」
「違う」
俺は間髪入れずに否定した。
ランドグリーズ……いや、藍綬に配慮したのでは無い。
誰に聞かれても同じ答えだろう。
「あの頃、世界は生きづらくなかったか?」
「ん?」
あの頃……いつだろうか。
藍綬と出会ってから、そんな事を思った時は──。
「親が子供を殺して、こんな世界必要かって思った時だよ」
「何でそれを……」
藍綬の記憶には、そんなもの無いはずだ。
「世界は憎くなかったか? 恨まなかったか?」
答えない、という選択肢はあった。
俺が戦乙女の主であるし、このまま立ち去るだけでも会話の中断となるだろう。
でも、彼女に対しては真摯に……正直に答えようと思った。
俺は、ランドグリーズに背を向けたまま──。
「そうだな。憎かったし、恨んだ。恨んで恨んで恨んで恨んで、最後は自分の無力を呪って──願った」
「今でも思ってるのか?」
「いや、その後にさ、すごい綺麗なものを見たんだ。そしたら、そんな気持ちは全部殺された。諦めていた世界に再び色が付いた」
「……そっか」
ランドグリーズはそのまま黙ってしまった。
気になって振り返ると、布団に潜り込んで表情を隠していた。
* * * * * * * *
深夜。
俺も布団を出して、ベッドの横で寝ていた。
「そうだ、思い出した」
「どうしたんだよ、ランドグリーズ……」
眠い。
もう暗さに目が慣れきっていて、電灯がついていない中でもうっすらとベッドから身体を起こす人影が見える。
「後は映司と一緒に寝なければいけない気がするんだ」
何かもう今日の無茶ぶりになれてきて、いちいち否定する気も起きない。
「ほら、ベッドだと落ちたら危ないから布団にこい」
「うん」
俺が掛け布団を持ち上げると、小さなランドグリーズが潜り込んできた。
「これで一緒に寝て~、会話をするとピロートークという甘々な出来事らしいんだよな?」
「ランドグリーズ、そんなのどこで……」
「これは元々知ってたみたいだ」
人ごとのように言っているが、普段はそんな感じじゃないのに知識があるという事は、むっつりスケベというやつなのでは。
「じゃ、おやすみなさい……だ」
速攻寝るとかピロートーク感ゼロだが、何かそれは今のランドグリーズっぽくもある。
「おやすみ、ランドグリーズ」
安心しきった表情で、すうすうと可愛らしい寝息を立ててすぐ眠りに落ちてしまった。
俺は中途半端に起こされてしまったため、しばらく寝付けなくて──その横顔を眺めていた。
「お爺ちゃん……パパ……大好き。手をぎゅっとして……」
微かに聞こえた寝言。
藍綬の発言としてはおかしいが、幸せそうな表情なので、一緒に微笑んでしまった。
* * * * * * * *
「あ、あの……映司さん。映司さん。映司さん! 起きてください映司さん!」
カーテンから漏れる光が眩しい。
身体を思いっきり誰かに揺さぶられている。
……眠い、朝か
「映司さん、大変ですよ!」
「んぁ? どうした、何が大変……?」
寝ぼけ眼をこすりながら横を見ると、布団から上半身を起こして顔を真っ赤にしているランドグリーズ。
まだ熱が高いのだろうか。
俺は、その額に手を当てる。
「ひゃっ!?」
「ん、平熱」
ランドグリーズの顔がさらに赤く染まり、震えている。
どうしたのだろうか?
「急に……その……。いえ、それより、なんで私が映司さんの部屋で、しかも一緒に……えと、寝てたりするんですか……?」
しどろもどろのランドグリーズ。
風邪で記憶が混濁しているのだろうか。
昨日の出来事を端的にでも説明したら思い出すかも知れない。
「ああ、昨日は大変だったな。ランドグリーズから色々求められてさ」
「も、求め!?」
「お姫様抱っこでベッドまで運んだり」
「お姫様!? 抱っこ!? ベッド直行!?」
何かリアクションがおかしい気がする……だが、とりあえず続ける。
「キスを求められたり」
「……え、あの魚へんに喜ぶと書いて鱚ではなく?」
「熱いから大変だった」
「あ、ああ……」
ランドグリーズから煙……っぽい熱を帯びたエーテルが蒸気のようにポッポしている。
「替えの下着を用意させられて、最後はピロートークをしたり」
「事後ー!?」
ランドグリーズは、陸上選手のような見事なスターティングで窓の方へ走り出し、腕をクロスさせながら窓からダイブした。
俺はガラスが割れる音と、無事に着地したらしい音を呆然と聞いていた。
「映司お兄ちゃんただいま~。何かランちゃんが朝日に向かって全力疾走していったけど~?」
──その後、またしばらくランドグリーズから避けられた。




