幕間 居間に落ちてる装備が喋っています
俺──尾頭映司は、自分の部屋で様子をうかがっていた。
今日は同室のフリンも、お隣の眞国君一家のお誘いで遊園地へ行っている。
下手に俺が付いていくより、小学生っぽい年齢同士でワイワイやるのも、何か得るものもあるだろう。
そんな海より深い考えもあって、俺は辞退した。
ところで、まったく関係ないが、ここに一個の水晶玉がある。
先日、やけに機嫌が良かったイーヴァルディの息子から渡されたのだ。
何でもフェリ似の獣っ娘が、半裸で泥のリングを使って戦うという立体映像が入っているらしい。
決して、決してやましい事は無い。
非常に真面目な後学のために視聴するだけだ。
だが、勘違いされてしまうという事もある。
今は隣の部屋の風璃も外出中。
うむ、こういうチャンスを逃してはいけない。
後は扉近くに誰も来なければ、特に問題は無いだろう。
千載一遇、それはこの時のためにある言葉だ……!
深呼吸、深呼吸を繰り返してから心を落ち着ける。
静かに、そう──静かに。
『えー、でも映司さんは金色は嫌だって言ってましたよ!』
『ええい、オーディンの事は、このグングニルが一番良く知っておるのじゃ!』
『私も、若干ですが金色一色はどうかと……』
静かでは無い。
何やら下の階が騒がしい。
居間からだろうか……。
とてもとても、とてもとても集中したいため、何とかして解散させたいところである。
俺は、様子を見に下の階へ降りて、そっと見付からないように扉の隙間から中をうかがう。
『じゃ、じゃがのぉ、オーディンの伝統というものが……初代も二代目も三代目もみな金色の鎧を。そもそもそれに以前に、ワシの力をまだ半分も引き出しては……』
椅子に立て掛けられた神槍。
『これだから武のみを求める無骨な武器は……。女性視点では身に纏う物に、もうちょっと華やかさというものをですね』
ソファの上に置いてある、フリンが置いていったらしい金の首飾り。
『やっぱり映司さんの意思を尊重して、色は金色から変更ですね!』
仁王立ちしている黄金の全身鎧。
呪われてそうな装備が集まって喋ってる……。
いや、外見に惑わされるな。
グングニル、ブリシンガメン、ランドグリーズだ、あれは。
会話の内容から、どうやら俺の鎧のデザインについて話し合っているらしい。
そういえば、前に金色の鎧は嫌だと言った事があった。
派手すぎて、俺のような普通の高校生には似合わないと。
たぶん、そこでランドグリーズが装備仲間の二人に相談したのだろう。
……何故か装備状態で。
一言でいえば口パクすら無い、誰も微動だにしないシュール会話。
『そうですね、この私──ブリシンガメンの意見としてはピンクなんてどうでしょうか?』
……ピンクの全身鎧。
『あ、可愛いですね。ラメとかも』
ラメェ。
『ま、まままま待つのじゃ! まだ正式に神々に任命されていないとは言え、確実にオーディンと呼ばれる存在になるのじゃぞ!? それが、それがそのような!』
グングニルがんがれ、がんばれ。
『黙れ』
ブリシンガメンがドスの利いた女性声で一括。
『……はい』
弱い! 何か立場が弱いグングニル!
……まずい、これは非常にまずい。
このままだと俺は戦闘になるたびに、ピンクでラメを輝かせながら戦うオネェ系主神になってしまう。
あ、でも噂ではオネェ系って女の子にモテるとか……いかんいかん!
俺にはフェリが、フェリ(に似た子の泥レス)が待っているんだ!
かくなる上は──。
俺は能力を発動させて、居間に入っていった。
「お邪魔していますよ。男性というのは、もう少し凜々しい色を好むものです」
『あ、クロノスさん。いつの間に、おいでになっていたのですか?』
「い、いやぁ。この近くに偶然寄ってね」
クロノスさんごめん、今ある中で一番意見を通せそうな人物なんだ。
俺は、読み取っておいたクロノスさんのエーテルを使って『完全擬態』を発動させている。
今の俺の姿は、誰がどう見てもクロノスさん本人。
いつも自らの力を何重にも封印していたような感じだったので、弱クロノスさんとでも言うのだろうか。
使うと話がややこしくなったり、罪悪感が沸く展開になるのですっかり存在を忘れていた完全擬態だが、今や無駄に保存できるコピー数が増えている。
『うーん、それじゃあ男の子はどの色の鎧が好きなんでしょうか?』
ランドグリーズは、直球で難しい質問を投げかけてくる。
俺はクロノスさんになりきっているが、これが通ってしまうと装着するのは俺だ。
慎重に答えなければならない。
だが、装備相手なので視線は無いが、視線を感じる謎の状況。
早急にも答えなければならない。
「そ、そうですね。えーっと、あ、赤とか?」
『赤、ですか?』
うーん、という声が聞こえてくる。
何やらしくじった雰囲気。
「お、男の子は三倍の速度の赤とかに憧れるものですよ!」
『でも映司さんは、ガルムさんの赤に嫌悪感を示していたような』
確か、あの赤毛犬のシャツが、カピカピに乾いた血で真っ赤になっていたのを汚いと指摘した時だろうか。
鎧の色とシャツを一緒にされても……。
『それに赤だと、イメージ的に炎の巨人のスルトと被るのぉ』
お前もかグングニル。
『地球の管理神クロノスよ、何かセンスがないですね』
金の首飾り──ブリシンガメンからの痛恨の一撃。
クロノスさんへの風評被害がひどい事に。
何だろう、割と赤は無難だと思ったけど、クロノスさんがいうと全てストレス展開にでもなる呪いなのだろうか。
だが、今のクロノスさんはただのクロノスさんではない!
俺が操っているスーパークロノス(弱)さんなのだ!
「甘いですよ皆さん。このクロノス、地球の代理管理神だけあって、人間心理というものには深い造詣があります」
『ほう?』
「赤というのは興奮作用があります。つまり赤い鎧なら、それはもう見るだけで興奮高まりテンション高まり戦意高まるという事です!」
ざわつく。
どうやら困惑しているようだ。
『ええと、つまり鎧である私にも色々高まってくれるという事ですか?』
攻めるポイントはそこか! そこがアピールポイントなのか!
よし、その方向で勝てる。
「もちろんです。赤い下着も大人の魅力と言いますでしょう」
沈黙。
よし、負けた!
……クロノスさん、ごめん! 年端もいかない少女に向かって赤下着セクハラ発言をしちゃったよ!
それからは完全に変質者の扱いを受けたので、しばらく端っこに正座していた。
空気になってきたので、そっと退出。
『私達、戦乙女の白い鎧は『夜空のオーロラ』という神言があって──』
『その一色だけというのも、何かねぇ。かといってアクセントに蒼だと戦乙女と被るし──』
『ふむ、それじゃあ蒼より深い色、お前さんの名前にちなんで──』
『グングニルさん、ブリシンガメンさん! お二人とも参考になりました! この方向でデザインをまとめてみます!』
* * * * * * * *
自室へ戻って完全擬態を解除した。
しばらくすると下の階の声は静かになったので、デザインは決定したのだろう。
ラメ入りピンクだけは避けたいところである。
……さてと、静かになったところでフェリに似た子の泥レスリングを、後学のために、後学のために仕方なく視聴しよう。
まったく、なんてものを渡すんだイーヴァルディの息子ありがとう。
「というわけで、ボク──呪われし魔術師ことシィ=ルヴァーが招集をかけたのは、この前の酔いに任せて告白作戦をした報告です! 失敗です! さぁ、対策会議!」
「このスリュムが思うに、やはり可愛さ。またあのアイドル衣装をじゃな。後は酒、飲め飲め!」
……また下が騒がしい。
たまにシィが、焼かれてしまった家代わりに居間を使うことがある。
原因は俺達にあるので、特に何も言えないので諦めるしかなかった。
さらば、俺の後学のための視聴時間。
「あの、私も呼ばれたのですが……何で皆さん避けるんですか? 何かしましたか? ただのクロノスですよ……?」
どうやら本物のクロノスさんも下の階に来ているようだ。
後で謝っておこう。




