幕間 9人の女子会(姦姦姦しい)
ワタシ──フェリは、リビングでアイスを食べている。
冷たくて美味しい。
火を操るのが得意な体質のためか、体温に溶けるこの氷菓が心地良い。
「フェリ~。夕飯前だから食べ過ぎるなよ~」
キッチンからエイジの声。
姿は見えないが、夕食を作るトントン、グツグツという音に心躍る。
「ダイジョウブ! 久しぶりの地球でのゴハン、いくらでも食べられる!」
ワタシは次のアイスに取りかかり、エイジは呆れた感じになった。
「久しぶりといっても、数日だけどな……」
「え~? 何か二ヶ月くらい行っていた感じだったけどな~」
「気のせいだ、気のせい」
気のせいらしい。
二本目のアイスも片付けていると、玄関からドアが開く音がした。
「ただいま戻りました~……」
ゲッソリとした表情のランドグリーズが、リビングに登場した。
足下はフラフラ、壁にガンガンとぶつかりながら疲労困憊と言った感じだ。
「おかえり、ランドグリーズ」
「おっ、やっと戻ってきたか。夕食はすぐ出来るぞ」
立っているのも億劫という感じで、鎧姿そのままで床にへたり込むランドグリーズ。
「ただいま、フェリさん。映司さん……やっと戻ってきましたよ~……?」
深い深い怨嗟をエイジに向ける。
彼女に何かあったのだろうか?
「ら、ランドグリーズ。どうしたんだ? このアイス食べる?」
「あ~、夕食後に頂きます。……それで聞いて下さいよ、フェリさん。映司さんがやらかした事の後始末がですね──」
聞くも涙、語るも涙。
エイジが黒妖精の国に空けた穴の数々。
星の中心からや、地下都市の天井、トドメはグングニルによる一万本の被害。
グングニルの超誘導性能のお陰で、室内にいても窓などが開いていた場合はそこから侵入して腕輪だけ破壊したらしい。
だが、キチンと戸締まりをしていたご家庭は……壁、天井、とにかく貫通して一直線。
ただ岩石をどうにかすればいい地下都市の天井などと違って、住居は細やかな修繕作業が必要となる。
ランドグリーズは必死に──住人に謝ったり、資材を運んだり、建築関係の方々に水代わりのお酒を注いであげたりと……。
「た、大変だったんだな……ワタシも先に戻ってしまって……その、すまない……」
光の無くなった虚ろな眼のランドグリーズ。
哀れすぎて言葉が詰まり気味になってしまう。
「いえ、悪いのは全て映司さんですから……。星の意思さんは、メイスでたたき割ろうとしたら謝罪してくれましたし」
「そ、そうか……」
今回は私的な事で、ランドグリーズに負担をかけてしまったようだ。
よっぽど疲れていたのか、ランドグリーズは夕食を終えると鎧姿のまま、ソファーに倒れ込むように寝入ってしまった。
エイジは毛布を持って、その側に立つ。
「俺、みんなに助けてもらってるよなぁ」
いつもと違い……どこか申し訳なさそうで、ちょっとだけ年相応の少年らしい表情に見えた。
「──そうかも知れない。だけどね、エイジも、ワタシを……みんなを助けている。気にする事は無いよ」
「うーん、でもなぁ……何かお返しみたいなのを」
エイジの一言。
そこでふと、ランドグリーズが望んでいたモノを思いだした。
「エイジ。確かランドグリーズは、バケツプリンが食べたいと言っていたような」
「フェリ、それだ! いや、だけど家のバケツは使える物が無いな……今から買いに──」
エイジの言葉がそこで止まった。
何かを見ている。
ランドグリーズの何かを。
「よし、プリンを作るぞ!」
突然、ランドグリーズの胸部分の鎧を脱がせようとし始めた。
どうしてそれがプリンに繋がるのかは分からない。
「ランドグリーズ……、エイジに脱がされたと知ると怒ると思うけど」
「俺が必要なのはこの丁度良い胸部分だけだから、後の部分はフェリ頼む。このままだと寝にくいと思うしな!」
「わ、わかった」
甲冑のパーツが腹部、胸当てと別れていて、その上部分だけカパッと取り外した。
「この胸だけ脱がせる感じ……何か背徳的でそそるものが。それに、鎧内部になだらかな曲線があるくらいの……普通サイズに育ってるのは確認できた」
「エイジ、もしかして──」
「い、いや、フェリ。何でもないんだ、なんでも!」
やっぱり、ランドグリーズの事が好きなのだろう。
小さな頃のエイジが、魂を揺さぶられるような経験をする程に影響を与えた存在。
その記憶や容姿を受け継いでいるのだから、ワタシが入り込むような隙間は無いのかもしれない。
でも……、それでもワタシはエイジを好きだし、ランドグリーズも好きで、2人の事を見守りつつも微笑むことが出来る。
とても不思議な感じだ。
* * * * * * * *
翌日の夜。
「え~、本日は~この不肖、映司の呼び掛けに集まって頂き誠に感謝です」
エイジが、コホンと咳払いをする。
「──というわけで、日頃の感謝を込めて女子会を開催致します」
人が集まり、狭くなってしまった尾頭家のリビング。
テーブルにギリギリ座る8人の面子。
「エイジ、急にどうしたの?」
「はい、フェリ! そこ良い質問!」
微妙にテンションが高い返事が返ってきた。
「日頃から色々と迷惑をかけているので、せめてものお返しという事で何かもてなせないかと考えて──女子だけの、女子のための、女子会へと至りました!」
「あ、それで司会進行みたいな感じで張り切ってるんだ」
「ええと、実のところ、みんなを集めたけど何をして良いのか分からない。……というわけで、料理やスィーツを作る係になるから~後は女子達で楽しんでくれ!」
エイジは飲み物をセッティングした後に、『それじゃっ!』と言ってキッチンへと猛ダッシュしてしまった。
残された面々。
私が知らない人もいる。
とりあえず、ここは──。
「ええと、自己紹介というものから始めた方が良い……のかな」
「そ、そうだねフェリちゃん」
女子会というものは知らないが、風璃が同意してくれるのならその方向性で合っていたのだろう。
では、まずワタシから。
「我が名はフェリ、終焉をもたらす神殺しと言われている。今宵はエーギルの館での宴のようなモノ! 何もかも無礼講、楽しもうぞ!」
「フェリよ、その宴は開幕に死人が出たり、罵り合ってのらんちき騒ぎなのじゃ……」
……気合いを入れて1発目を頑張ったが、空回りしてしまったらしい。
ワタシの耳はペタリとへたり込み、視線は下方向に向く。
「──ふぇ、フェリちゃんありがとう~! それじゃあ次はあたし! 尾頭映司の妹で、風璃です! 好きなものはお金で、嫌いなものは特になし! よっろしくね~」
ワタシの失態を流しつつ、華麗に笑顔で自己紹介を済ませる風璃。
この誰とでも仲良くなれそうな雰囲気は、今まで見た誰よりも素晴らしいと思う。
優しさや、芯の強さを兼ね備えた下地があるからこその、フレンドリーな接し方。
それが風璃という少女。
「風璃、子供の頃は辛いの苦手じゃなかったっけ?」
「ら、ランちゃん……。そういう格好付かないことはヒミツにしておいて……。今は甘口のカレーくらいは食べられるし!」
「ふふ。──ええと、私はランドグリーズ。映司さんの戦乙女をしています。……ところで、私の鎧の一部が無いのですが誰か知りませんか? おかげで戦乙女姿から戻れなくて……」
普段、家に居るときは縮んだ小学生の姿だったり、アルマジロだったり。
今は戦乙女状態なので、中学生くらいの風璃と同じくらいの年齢に見える。
鎧は胸部分だけが無くなっていて、そこだけリブ生地っぽい黒インナーが見えている。
そんな感じで自己紹介が続いていく──。
「フリンです。眠いです……」
「はは、もう夜だもんね」
「映司様の愛人のオタルです。普段は異世界アダイベルグにいますが、お呼び頂ければどこにでもはせ参じます。ベッドの中でも」
「愛人……愛人なの……ヒソヒソ」
「ええと、エルフとドヴェルグのハーフの、スキールニルです。初めましての方が多いですね。映司さんや、風璃さんには色々とお世話になりました。普段はエーデルランドの孤児院で働いています」
「フレイの奴の幼馴染みとはお主の事であったか、奴には勿体ない娘なのじゃ」
「シィ=ルヴァー、普通の人間女性で魔術師。というか、なんでボクが呼ばれたの……」
「映司お兄ちゃん、意外と友達少ないから……」
「8人目、呼ばれていない隠しキャラ、つまり最後はワシじゃな! 何を隠そう、異世界1のカワイイを愛する巨人、スリュムとはワシのことなのじゃ! 今日は酒も持ってきておる、飲もう、飲み明かそうぞ!」
『我が主はまだ幼いので、飲酒は控えさせて頂きます』
フリンの首元が光り、神器が言葉を発していた。
「おぉ、ブリシンガメン。お主が9人目の女子会参加者なのじゃな」
『神器も強制参加ですか。相変わらずですね、霧の巨人の王は。フレイヤ様を望んだときも──』
「ちょ、ちょっと待つのじゃ! フリンがいる場であやつの話は教育上良くないのじゃ!」
『……それもそうですね』
こうして、人間、神、巨人、物体とバリエーション豊かな9人が揃った。
エイジが作った軽食などが運ばれてきて、場の空気も遠慮がちながらお互いの話題に華を咲かせたりもしていた。
スリュムだけはジュースや茶ではなく、自分で持ち込んだ複数の酒瓶を煽っている。
「このポテチ……暖かいな」
「映司お兄ちゃんが作ってると思う」
「あれって作れるものだったの!?」
とりあえず、ワタシは食べるので忙しい。
この薄くパリパリとした、程よい塩味と共にもたらされる独特の食感。
飲み物と交互に口に運ばれ、延々と手が止まらない。
気のせいか、飲み物まで美味しく感じられる。
恐い、ポテチ恐いパリパリゴクゴク。
「それで、ボクは彼氏がいるんですよ」
「彼氏!? ど、どこまで関係を!?」
「……まだキスもしてませんけど、手応えはあるんです。ぜぇったいに押し倒します! 拘束して無理やり唇を奪って、服を脱がせてですね~!」
頬をほのかに上気させながら、力説するシィ。
パワー重視な男女関係恐い……。
フリンに聞かれるのはもっと恐い。
……と思ったが、フリンは既にスヤスヤと寝ているので恐くなかった。
「きゃ~、大胆! では、このスキールニル、ムードのある部屋をセッティングしましょう! 回転するベッドとか、ミラーボールとか、鏡張りとか可愛く!」
スキールニルも恋愛のことでテンションが上がっているのか、顔を赤らめながらキャイキャイしている。
「ふぇぇ……お姉ちゃん達、その彼氏さんにひどいことしちゃダメ~。好きなら優しくしなきゃ~」
オタルは何故か口調が幼くなり、指をあむあむとくわえている。
指からおいしい出汁でも出ているのだろうか、恐ろしい。
……いや、何か変だ。
怪訝な顔をして見回している、まともらしい風璃に聞いてみよう。
「かじゃり~……、みんな恐いよぉ~……え~ん」
「フェリちゃん、顔真っ赤だけど大丈夫? というか泣くほどの状況なのこれ……」
「わきゃんない、けど何かこわくて……ひっく……ひっく」
たぶんワタシはおかしくないが、何か無き虫さんになっていりゅらしい。
おきゃしなことだ。
「お、みんな良い具合に酔っぱらってきたのじゃ! 酒宴はこうでなくてはのぉ!」
「ええと、スリュムちゃん……。もしかして、持ってきたお酒を」
「こっそり、この秘蔵の蜜酒をジュースに混ぜておいたのじゃ! あ、風璃とフリンのには入れてないので安心──」
ワタシは、とりあえずすりゅむヘッドにチョップをした。
「ノジャッ!?」
「そんなこわいことしないでよ~……!」
「悲しいです、藍綬悲しいです。この世界から離れる事になった、あの日と同じくらい悲しいです。やっぱり一緒がいいんです……」
急にランドグリーズから抱きつかれたが、ワタシも心細かったのでギュッと抱きしめ返した。
そしてお互いに泣き合った。
「嗚呼、種族を超えた百合の花。華咲く華咲く可憐で劣情に塗れた少女の花弁が」
「スキールニル、酔ってるでしょ?」
「いいえ、風璃。酔っていません。だけど、だけど敢えて酔っていると故郷の妖精達が囁くのなら、恋人達の愛に酔っていると言えるでしょう!」
ワタシ達を見て興奮すりゅスキールニル。
目が恐い。
「なんでぇ~フローレン……じゃなくて私オタルまでぇ、こんあすぐ酔っぱらっちゃってるのぉ……。わらひは特別なはずなのに」
「くっくっく、このスリュムに抜かりは無い。全員、公平に酒池へ赴かせるため、オーディンがパクっていくような特別な『詩の蜜酒』っぽい物を用意した。飲んでも本家のような知識は得られぬが、吟遊詩人のように饒舌になるのじゃ!」
「自己分析によると、わらひは幼児退行してるっぽいので言っちゃいますが、子供の目から見てもスリュム様はうんこみたいなバカさ加減です……」
詩の蜜酒、聞いた事がありゅ。
えーてるや魔力自体を強制的に酔わせ、変質させてしまうと言う恐ろしい液体。
「うおー! 見てろリバー! この呪われしまじゅちゅしと次に出合った時が、お前を犯す時だー!」
「きゃ~、大胆!」
「ベルグ~、ベルグどこ~。抱っこして~……」
「私は……ヒック……フェリさんに酷い事をしてしまうかもしれません……でも、映司さんと、かざりがだいしゅきなんれす……」
『このブリシンガメンも、フリン様がいなければ参加する所でしたが……残念です』
「行方不明なロキお父様~、お父様のおっぱいや~らかい~。えへへ~」
……えへへ~、ではないワタシ。
これでは収拾が付かない。
「風璃、エイジを呼んでくりゅんりゃ」
「わ、わかったフェリちゃん……ニュアンスで何とかわかった」
風璃がキッチンへ向かおうとした時、向こうの方からやってきた。
エイジだ。
「お、みんな楽しくやってるみたいだな。よく知らないけど、これが女子会というやつか!」
「ふぁ~い」
「た~のし~ぞ~」
うんうん、と何かを納得するように頷くエイジ。
「よし、本日のメインディッシュを持ってきた!」
エイジが手に持つ、大きなお椀型のツイン何か。
「ランドグリーズリクエストの、バケツプリン……ではなく、ランドグリーズの甲冑を使ったおっぱいプリンだ!」
女性の胸を模したプリンが、エイジの手の上でプルプルと揺れていた。
天辺には何故かサクランボが乗っている。
「なにそれ?」
「うわ、引くわー……」
「映司さん、サイテーです」
口々に冷静な批判。
全員、一気に酔いが覚めていた。
「え、あの……みんな大好きプリンですよ~……?」
空気を読んでしまったエイジは、挙動不審になりながらその場を切り抜けようとしてた。
ワタシは立ち上がり、その近くまで歩み寄る。
そして、おっぱいプリンを凝視する。
「胸の形をしたプリン……恐い」
「こ、恐い!?」
「恐いから目の前から無くす」
右手に構えたスプーン。
「恐い、プリン恐い!」
ガツガツと食い漁るワタシに続いて、女子会面子によって蹂躙され尽くされていく巨大なプリン。
見た目はともかく、味はプリンなので女子パワーの前には敵わないのであった。
こうして、混沌とした女子会は幕を閉じた。
「エイジ、そういえばプリンの作り方教えてもらうの忘れていた」
「よし、フェリ。まずランドグリーズの甲冑を──」
「いや、普通のが良い」
「……まぁ、いつでもプリンくらい教えてやれるから大丈夫」
その後、冷静になったランドグリーズは、エイジとしばらく口を利かなかった。




