幕間 オタルの日常
「ふふ」
私──オタルは、アダイベルグの中央コントロールセンターのデスクに座り、愛しい人の事を思い浮かべていた。
今はお仕事中なので、若草色の巨人の国軍礼服をアレンジしたものに身を包んでいる。
胸が無い分、無理やり乗馬ズボンだったものをプリーツスカートに変更して、脚を悲しい女の武器としている。
「どうしたオタル。機嫌が良さそうだが」
こちらに視線を向け、独特な体勢で話し掛けてくるベルグ。
かなり広めに作ってある場所のため、大柄なベルグが寝そべっていても平気なスペースがある。
だが、ハイペースで腹筋をしているため、汗が硬質な床に飛び散り、蒸気となっている。
「映司様から頼まれ事をされてしまったので、それはもう上機嫌です。ですがベルグ、いくら暇とは言え、筋トレは時と場所をわきまえて下さい」
「す、すまぬ。我とした事が……」
ベルグは申し訳なさそうにマスクを掻くが、ポリポリではなくカツカツという音が鳴るだけだった。
「他にやる事は無いんですか?」
「アダイベルグの仕事はオタルが全てこなしてしまうしな……我が表舞台に出ると、色々と不都合もある。というわけで、地球製のプラモを買い漁って、それを1/1スケールで再現したり、筋トレしたり、新たなマスクを作ったり、筋トレしたり」
……本当にやる事が無いらしい。
ニートが筋トレに目覚めるとボディビルダーモドキになると映司様から聞いた事があるが、どうやらそれに当て嵌まりそうだ。
「ところで、映司殿からの頼みとは何だったのだ?」
「しばらく留守にするから、エーデルランドや風璃様の事を頼む。との事でした」
「なんだ、いつもの事じゃないか」
「ですね」
私が映司様の愛人となった日から、あまり目立たないようにはしているが、エーデルランドの管理も行っていた。
元々、エーデルランドには何故か異世界序列トップクラスの管理組織等が完備されていた。
ただそれが、フリン様が開幕に起こしたアレによって、関係者が全員逃げ出していたのだ。
私は、ただ単にソレを再集結させただけ。
一日、数万上がってくる案件を処理するだけという簡単なお仕事だ。
「それじゃあ、ちょっとお仕事するので静かにしていてくださいね」
「了解したのである」
やたらと格好良いボイスで言ってきたが、内容的には『ママはお電話するから、僕くんは少し黙っていてね』みたいなものだ。
どちらが年上か分からない。
「超小型量子電算機デバイス、起動──」
私は、私を使って超高速で案件の情報を処理する。
昔と違って生身に近い身体になったので、外部補助として、ヘッドホンにバイザーを足したような機具を装着している。
そして内部で解決したデータを、外部へ送信。
いくつもの情報が文字では無く、ニオイや触覚、情景、色のようなもので飛び交う。
こちらの方が情報密度が高いので、把握に容易いのだ。
それをタイムラプスのように凄まじい早さで流す。
体感時間ではそれなりだが──。
「32820の案件、終了致しました」
「4秒か、いつもながら早いな」
私は長い髪を揺らしながら、装着されていたヘッドセットを外した。
「いえ、指示さえ出せば、後は臨機応変にやってくれるベテランの方が多いので成り立っているだけです」
決して、謙遜から来る言葉では無い。
フリン様が来るまで、エーデルランドをあのように平和に運営してきたプロ集団。
彼らの方針からして、なるべく人々に任せるというものだったため、決して完璧とは言えないが──律しすぎてディストピアになるという事も無い。
だが、エーデルランドにとって致命的な事も起きないでいた。
そんな心地良さ。
私と同じ、縁の下の力持ちというやつだ。
「そういえばオタル。そのような事を続けていては、いつか映司殿に身体の事を知られてしまうぞ?」
「なるべくは隠したいですが、いつかその時が来るのは構いません」
「そうか……」
「でも今はまだ黙っておきます。映司様はお優しいので、きっと私に気を遣うでしょうから」
といっても、完全擬態などされてしまえば一発でバレるだろう。
その時は開き直って『人間では無いので、いくらでも好きな事をしてもいいですよ』アピールで……ふふ。
「まぁ、映司殿なら平気だろう。我が認めた男だ。今度、一緒におそろいのマスクでも送ろ──」
「それは止めてください。映司様はそのままでも格好良いですから」
ベルグ趣味がうつるのを全力で阻止。
「さてと、私はプライベートな時間を過ごしてきます」
「そうか、では我も一緒に──」
「ご遠慮ください。映司様の可愛い妹様と、二人っきりで過ごすのですから」
「オロローン」
良く分からない巨人の泣き声が響き渡った。
【エーデルランド管理局】
管理者を補助し、異世界運営をスムーズに執り行うための組織。
異世界序列の大半は似たような組織を持つが、エーデルランドはフリンの活躍によって見事、組織が半壊。
散り散りになっていた構成員を、オタルが再結集させていた。
映司やフリンは、ぼんやりとこの存在を知っている程度。
構成員は様々で、人外も多数、所在地は内外と多岐に渡る。




