104話 アルマジロは電気羊の夢を見るか(スケープゴート)
俺──尾頭映司は歩けるくらいまでには回復した。
残ったエーテルを回復魔法に当てたため、外見的には元通りでも、エーテルを微量にしか纏っていない。
そのため、フェリにデコピンでもされたら即死してしまうような状態だ。
もちろん、ランドグリーズ相手でもやばい。
むしろ、そっちの方がやばい。
「ええと、ランドグリーズ。空が綺麗ですね」
「急にどうしました?」
アドバイス無視して天井に大穴開けちゃったよ! とストレートに言ったら、またメイスが顔面に飛んできそうで恐くて言えないのです。
「その、ええと、いつも迷惑をかけてごめんなさいと言うか、ありがとうと言うか……」
「もう諦めてますよ。映司さんは、誰かのために行動すると無茶ばかりで、どうやっても止まらないじゃないですか」
ランドグリーズの瞳は、天高く遙か遠くを見ていた。
天井を壊した事はもう怒っていないのだろうか?
「空、綺麗ですね」
長い髪をなびかせ、ここではないどこかを見ているようなランドグリーズは、少しだけ大人びて見えた。
あの時から随分と心が成長しているように思えて、少し嬉しくなってしまう。
「今回、映司さんは疲れているみたいですし、私が事後処理に当たります。家に帰ったら……そうですね、バケツプリンという物が食べてみたいです」
ランドグリーズは、はにかんだ笑顔を見せてくれた。
「この欲張りめ」
「女の子は欲張りなくらいで丁度良いんです」
俺も釣られて、左目を瞑りながら微笑んだ。
「さてと、まとめに入るか」
このスヴァルトアールヴヘイムに来てから、まだそんなに日数は経っていない。
だが、様々な事をやった気がする。
「星の意思、これで俺が──この異世界でのナンバーワンだ」
『認めよう、オルタナティブオーディン──いや、神槍携えし4人目の主神よ』
地面から響く、星の意思の声。
もう、その声音は下等な相手を押し潰すようなものではなく、対等と認めた相手への敬意が含まれていた。
「じゃあ、約束通り子供達の身柄はこちらで預かる」
『本当にそれだけで良いのか? 主神であるお前が望むのなら──』
「願い、叶えるのは子供達に任せる。ずっと他の異世界で暮らしても良いし、このクソッタレなシステムを壊しに帰郷しても良い」
『分かった。では、小さき者達の事は任せた』
星の意思は、根は悪い奴では無い。
ただ、ずっと必死に頑張って磨り減ってしまって、新しい視点を持てなかったのだろう。
「ちょっと待ってくれないかね、お客人」
俺……の事だろうか。
知らない声で話しかけられた。
振り向くと、そこには1人の女性が立っていた。
「事情はさっき、バカ息子とメイド達から聞いたよ」
背が高く、筋肉が付きまくった偉丈夫……ではない、女性。
アメコミのマッチョヒロインと言う感じだ。
顔のシワや、白髪交じりのセミロングから見ると、それなりのお歳なのだろうか。
「あたしゃイーヴァルディ、あのバカ息子の母親さ。丁度、遠出から戻ってきてね」
「初めまして──って、ドヴェルグなのに身体すごいですね……」
種族イメージとしては、チビおっさんか、可愛い系の小ささのどちらかだ。
よく見ると耳が尖っているため、エルフっぽくも見えるが……すげぇ背と筋肉だ。
「あら、ありがとう。まだまだ女として捨てたもんじゃないわね」
「いえ、筋肉的な意味で良い身体という」
「うふふ、冗談よ」
腕を水平に持ち上げ、ムキッと力こぶを出すポーズ。
わー、ラクダみたいだー。
「ああ、それで頼みがあるんだよ」
「何でしょうか」
「うちのバカ息子も一緒に連れて行って、鍛え直してやってくれないか?」
バカ息子……イーヴァルディの息子の事だろう。
母子2人のイメージ差は、肥えたゴブリンと、猛々しいオークキングくらいの違いがある。
いや、そんな事より、さすがに子供達と一緒というのは無理だろう。
「イーヴァルディの息子は、子供の1人に毒を盛っていました。さすがに俺としての心情もあるし、子供達も嫌でしょう」
「ど、毒だと!? 他は色々やったが、僕は毒は盛っていないぞ!?」
慌てふためくイーヴァルディの息子。
「あんた、そんな事をやったのかい?」
「ち、違うよママ!?」
普段は母呼びしていたと思ったが、咄嗟なのかママ呼びになっている。
親子の上下関係は何となく分かった。
「申し訳御座いません。それはわたしの独断です」
俺達の元へ進み出てくる、見覚えのあるメイド。
確か最初に館で見掛けたり、フェリを連れて行ったりしたはずだ。
「いつまでも延命ため、高額な薬は無駄だと思いましたので」
「なっ、お前、たかがメイドの分際で! 勝手な事を!」
イーヴァルディの息子は、メイドに向かって手を振り上げた。
だが、メイドはそれに怖じ気づきもせず、淡々と話を進める。
「それに、カノという少女に引きずられていて、前に進めないイーヴァルディの息子様のためでもあります」
「僕のためだと……?」
「最初は賢明でお優しかったイーヴァルディの息子様。ですが、子供達を助けられないと察すると、絶望し、段々と荒れていきました」
「なんだお前……その茶番は……。お前も利用して抱かせようとしていたんだぞ……」
イーヴァルディの息子は振り上げた手を、そのままゆっくりと、力無く下ろした。
「あの輝かしかった鍛冶の才能も堕落し、人間性も失われていきました」
突然、メイドは能面のような表情のまま、イーヴァルディの息子を突き飛ばし、ナイフを取り出した。
「責任は全てわたしにあります。愛していましたイーヴァルディの息子様」
「や、やめろ!」
メイドは、そのまま表情を変えずに、光る涙が一条スッと流れた。
そして──ナイフの切っ先を勢いよく自分の胸元へ。
「お暇を頂きます!」
「ダメッ!」
金属音が響き、ナイフは途中で止まっていた。
メイドとナイフの間には、手鏡サイズの赤い魔法壁が挟まっていた。
「か、カノ!?」
見覚えある炎の聖剣を持つ、1人の幼い少女──カノが立っていた。
病み上がりのためか、よろよろとしているが、その瞳には炎の意思が宿っていた。
「私は、イーヴァルディの息子様には感謝しています。例え、どんな事をされそうになっていたとしても、今まで生きてこられたのは──」
「イーヴァルディのバカ息子のおかげだな! 確かにさっ!」
観衆の中からケンが飛び出してきて、もう一本の炎の聖剣で、メイドが持つナイフを弾き落とした。
「だから、そのメイドさんと一緒に赦す!」
「お、お前達……」
イーヴァルディの息子は、今までの事でも思いだしているのか、感慨深い面持ちで子供達を見詰めた。
そして、静かに涙した。
「しょうがない、子供達の意思を尊重だ」
「恩に切るよ」
イーヴァルディママは、イケメンな感じでニカッと歯を見せた。
「だけど、主神さん。鍛冶士としてはこっちも良い物を作ってやるからね。それがあんたの敵の持ち物になったとしても、恨むんじゃ無いよ」
「楽しみにしていますよ」
『──前途は遠い。そして暗い。しかし恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ』
星の意思の声が響き渡った。
「昏い季節の後には、正しく力強い春がくるもんさ」
その後、準備もあるので、いったん俺達は転移陣で地球に戻った。
数日ぶりだが、懐かしく思える尾頭家の前に立つ。
そういえば、星の意思が最後にやったグングニル試射の茶番。
あれは、失敗しても特に何も起こらなかったらしい。
住人達が不幸になる、と言っていたのは、この世紀の一万本ショーの成功を見られないという意味で不幸だったらしい。
呆れた俺に『冗談だ、冗談』と星の意思が言ってきたので、また地面に大穴を開けてやろうかと思ったが、ランドグリーズの視線で思い留まった。
今も、先に戻った俺達とは別行動で、色々と後始末をしてくれているとか何とか。
「さてと、戻ってくるランドグリーズのためにバケツプリンを用意しないとな」
「エイジ! ワタシも手伝うからレシピを教えてくれ!」
横に居るフェリに笑い掛けながら、いつもの尾頭家の扉を開く。
「──ただいま!」
* * * * * * * *
人の気配無い、寂しい場所。
そこに二人の男が立っていた。
「ガルムよ、失敗しおったか。尾頭映司に情でも移ったか?」
「はっ! オレは最初からフェンリルの姐さんと、ヘル様のために行動してるだけだ!」
2メートルを超える筋骨隆々な隻腕、白髪、白髭の老人──軍神テュール。
その隻腕の軍神と、地獄の番犬ガルムは睨み合う。
「では、最初からその覚悟だったと?」
「アイツの意に沿わないなら、結局は殺されるか、無理やり懐柔されるかだろうよ!」
ガルムは吐き捨てるように吠えた。
それを見てテュールは、飽き飽きしたという表情を見せた。
「それなら仕方が無い」
背後から、もう一つの人影が現れる。
「──よぉ、戦乙女。あんたもオレを殺しに来たのかい?」
ガルムの瞳には、蒼と白銀の鎧が映っていた。
【異世界エーデルランド】
【現在、異世界序列541位→2位】
【尾頭映司ステータス】
天上の階位:【上級第二位→上級第一位】
スキル:【賢神供物】
スキル:【完全擬態】
スキル:【戦乙女使役×1】
スキル:【使い魔使役×103】
▲スキル:【必中せし魂響の神槍】
×使用不可スキル:【死者の館】
【ユニット加入:今はまだ小さき火の兄妹】




