100話 星誕祭の流星(オルタナティブオーディン)
映司が星の中心に向かってから一日が経った。
「今日は楽しい星誕祭、今日は目出度い星誕祭♪ 邪竜を追い払い、我らの星が誕生した祝いの祭り♪」
賑やかな広場、調子外れに歌う吟遊詩人。
「さぁさ、見てくれミテクレ最高級品♪ 保留を打ち払い、我らの財布から欲しいを解放しなきゃ~後の祭りだ♪」
吟遊詩人は背負っていたリュックを下ろし、商品を並べる。
そこかしこを行き交う人々。
ドヴェルグ、ダークエルフ、ハーフエルフなど人種も様々で華やかだ。
老若男女、足の踏み場も無いと言った感じで、お祭り騒ぎ。
「星誕祭とぉ~、この街に誕生した一万人目の子供にカンパァーイ!」
「がはは、飲めりゃ何でもいいわい!」
酒場は稼ぎ時といった感じで外までテーブルを出し、酒と肉を出し続ける。
普段は陰気な地下都市だが、この星誕祭だけは騒いで食って飲んで踊って楽しむ。
それが豪快なドヴェルグ流。
「ん? なんだあれは?」
「イーヴァルディの息子様じゃねーか」
私兵達が人波を押しのけ、道を作り、その後から車輪の付いた何かが押されてくる。
広場の人々は、自然とそれに注目してしまう。
その車輪の付いた何か──拘束台に繋がれていたのは、狼耳と狼尻尾の若い女性だったからだ。
既に人々には噂が広がっていた。
終末をもたらす狼──フェンリルがこの街に来ていると。
「ひっ、あれはもしかしてフェンリル」
「や、やばくねぇか」
広場の中央に設置された拘束台。
その横にイーヴァルディの息子が立ち、ふんぞり返る。
「静まれ皆の衆! フェンリルは僕が作ったこの鎖──筋の戒鎖によって完全に封じてある!」
「すげぇ! 今まで誰も為し得なかった、フェンリルの鎖を作りやがった!」
「これは母親であるイーヴァルディ様を越えたか!?」
大衆から上がる歓声。
それもそのはず、幾度となく序列第一位神の国から要請を受けて鎖を作成したが、毎回壊されていた。
どの鍛冶士も作れなかった物を、その手で作ったのである。
「イーヴァルディ! イーヴァルディ!」
「イーヴァルディ!」
「すげぇぞイーヴァルディ!」
星誕祭のムードもあり、イーヴァルディコールが鳴り止まない。
「チッ、これじゃあ母か僕か分からないじゃないか。まぁいい、僕が、この僕がフェンリルを無力化したんだ」
イーヴァルディの息子は、まんざらでは無い表情のまま、鎖に繋がれた狼少女の方を眺めた。
フェリがまた何か余計な事でも言うかと思ったが、無言のままだった。
「んん? 屋敷での余裕はどうした?」
イーヴァルディの息子は、つい煽るように問い掛けてしまう。
絶対的な優位にある立場というのを、民衆によって改めて実感したためだろうか。
「ごめん」
「ははは、怖じ気づいて謝るとは可愛いところもあるじゃないか! フェンリル!」
「やっぱり元凶であるワタシが不幸をバラ撒いてると思う……」
「じゃあ、その不幸を筋の戒鎖で縛り付けることによって、解放してやろう」
イーヴァルディの息子は、ニタリと口の端をつり上げた。
「僕の嫁になることによってなぁ!」
観衆に向き直り、両手を大きく広げてアピールする。
「僕が無力化させたフェンリルを嫁にする事によって、その絶大なる力──ドヴェルグの力を全異世界にアピールする! そして、それが異世界序列に反映されれば、さらなる高みへと登ることが出来る!」
ワッと沸く歓声。
「神々の天敵であるフェンリルを手懐けようってのか!?」
「もしかしたら、アールヴヘイムの順位より上になるかもしれないぞ!」
「暮らしの改善とか最初言ってたヒヨッコだと思っていたが……本当に実現させちまうってのか!」
場は最高潮に盛り上がっていた。
「では、最高の化物花嫁を迎えるために誓いの──口付けを交わそう。フェンリル」
「うーん、それはちょっと嫌だなぁ……。初めては好きな人が良いから──」
「……あの一緒にいた男か、んん?」
フェリは嫌そうな顔をして、顔を背けた。
それに対してイーヴァルディの息子は、フェリの華奢な顎を無理やり掴み、正面を向かせた。
(こんな事で世界を嫌いになりたくないなぁ……。あの日、幼い両腕で抱きしめて……耳元で『綺麗な瞳だな』と囁いてくれたキミがいる、この世界を──嫌いになりたくない……)
迫るイーヴァルディ。
(でも、信じてる……)
フェリは目を閉じ、一人の少年を瞼に浮かべる。
(エイジ……)
イーヴァルディの息子は……ゆっくりと、フェリの艶めかしく、柔らかそうなピンクの口唇へと近付く。
だが、その時──。
「な、何か上から変な音が……」
観衆達は、まず音に気が付いた。
何かが振動する、天の怒りのような轟音を。
──だが、ここは地下世界。
頭上から音が響くと言う事は、かなり大規模な何かだ。
「チッ、なんだ、こんな時に。砂嵐か?」
イーヴァルディの息子は、地下世界の天井を見上げた。
段々と音は大きくなり、破滅が近付いてくるような激震へ。
「なっ!?」
天井が一瞬にして消滅した。
崩れたのでは無い、破片一つ落ちてこないほど綺麗に消え去ったのだ。
地下都市を覆う超巨大な岩盤が。
そして、ゆっくりとそこから降りてくる存在。
「お前は……尾頭映司!」
虹色の光を纏い、白銀の槍を携えた黒髪の少年──尾頭映司。
「フェリ、大丈夫だったか?」
「うん! いつだってワタシは、エイジを信じてるから!」
* * * * * * * *
俺──尾頭映司は宇宙から帰還した。
これだけだと、特撮ヒーローの巨大宇宙人か何かに思えるから不思議だ。
宇宙でグングニルを作り、大急ぎでここまで戻ってきたのだ。
疑似空間での時間は、現実空間だと数秒かそこらだったので助かった。
ワープに近い速度で星まで接近──そのまま減速しつつ大気圏突入し、聖剣の故里の上空から突入しようと思った時に気が付いた。
天井崩落させたらやばくね? と。
大気圏突入のためのシールド残滓で虹色に光りながら、器用に天井だけ魔法で消滅させる。
そしてエーテルで探っていて、既に場所が分かっていたフェリの元へ落下。
「フェリ、何か食べるか──って、今は雑草の1本すら持ってないな」
「草はおいしくないから、別の物がいいかなぁ……」
「はは、悪い悪い。フェリと最初に出合った時は、あんなの食べさせちまって」
鎖に繋がれたままのフェリは、頭上にハテナマークを浮かべる。
「最初に草をあげたの、ワタシだよ?」
「ん? そうだったっけ」
俺の記憶では、エーデルランドで初めて出合って、流れで草を差し出して──フェリが不味そうに食べていた感じだけど……。
まぁ、フェリの記憶違いかもしれない。
「お、お前ら。なに二人して僕を無視している……。僕はイーヴァルディの息子だぞ!?」
怒鳴り散らすドヴェルグ。
それは、少し前まで完全擬態していた元ネタさんだった。
顔のパーツは悪くないが、やはり肥満によって美的感覚では酷い部類。
「最初から思ってたけど、ダイエットした方が良くないか?」
つい、感想が口に出てしまった。
「っこんの!? なんて口の利き方だ! 僕の機嫌を損ねると、どうなるか分かっているんだろうな!?」
「どうなるんだ?」
イーヴァルディの息子は、ハムのような身体をプルンプルン揺らしながら、怒りの余り地団駄を踏み鳴らしている。
「お前のグングニルは一生完成しないし、あの家の子供達もどうなるか分からんぞ! それにフェンリルも手の内にある!」
「ふーん、そっかー」
俺は、掴んでいる一振りの槍を掲げた。
長さは俺の身長より大きい2メートル程。
肌に吸い付くような木製の柄は、機械仕掛けの神の枝。
エーテルを抵抗なく行き渡らせ、この世の理を掌に握らせてくれる。
先端の鋭利な穂は、気高い金属の色──白銀。
曇り一つ無い表面は、明鏡止水を体現したかのように異質で、世界を三角形を切り取っているように見える。
合わせた全体のシルエットは、狩りをする隼が尾引くような、鋭角な矢印型。
そこにルーン文字──報酬、勇敢、巨人、主神、車輪、炎熱などの25文字を刻み込んだ。
英語で言うアルファベット──ルーンのFUThARK全てで25重にルーン魔法が即時発動可能。
エーテライト自身が、こう形作ってくれと伝えてきた気がしたので、そのまま具現化してやった。
「な、なんだそれは?」
「グングニル。エーテライトで作ってきた」
イーヴァルディの息子の顔から余裕が消えた。
「カノも病気は治したし、星の意思から子供達の転移許可ももらった。魔力では無い、エーテルを使った鍛冶方法を、空気が綺麗な異世界で教える」
「そんなバカな……僕でも治せなかったのに……しかもあの星の意思から転移許可……」
ざわついていた観衆達も、静まりかえってしまった。
イーヴァルディの息子はそれを見て、最後の虚勢を絞り出すように大声をあげた。
「だ、だがフェンリルでさえ拘束する筋の戒鎖は僕が、僕が──」
「うん、だからごめんって思ってた」
フェリはバツの悪そうな顔をしながら謝った。
そして鎖を軽々と引きちぎり、派手に砕く。
「エイジのためにそのままだったけど、いずれ壊しちゃうから悪いなって……」
「なっ、いつでも壊せたというのか……」
「ワタシがいるから、こんな騒動が起きたんだよね。本当にみんなごめん」
うつむき加減のフェリ。
俺はそれを見て、空いている左腕を使って、本当は臆病で優しい狼少女を胸元に抱き寄せた。
「え、エイジ近い……」
相手の吐息すら感じてしまう距離。
「俺による、俺のための、俺へのご褒美」
「……まぁ、それなら……しょうがないかなぁ」
フェリは顔を赤らめながら、まんざらでも無いトロンとした視線。
「でも、フェリ。今度からは俺のために、自分が我慢するような事はしないようにな」
「大丈夫。エイジを信じて、本当にエイジが来てくれたから……」
間近で見るフェリは、いつもの雰囲気と違って、恋する少女のような初々しさと儚さだった。
──ノリや流れ的に大胆に行動してしまったが、ふたりの心臓の鼓動が早まり続けて止まらない。
というか、フェリの心臓の鼓動が分かる言う事は、胸が密着していると言う事でもあって……。
「ぇぇええっと、ワタシは、その……ネ!?」
「あ、あわわ」
俺は、ふと我に返り──急にみっともなく大口を開けて、訳の分からないドモり方をしてしまう。
たぶん俺の顔は真っ赤だろう。
フェリも気が付いたのか、そんな感じで取り乱しているので尚更やばい。
ど、どどどどどどどど童貞ちゃうわ!
……童貞男子です。
「い、いーう゛ぁるでぃのムスコ! オマエの野望は、ウチクダカレタゾ!」
お互いの体温までも意識してしまい、急に恥ずかしくなったのでフェリから離れ、苦し紛れにイーヴァルディの息子を指差す。
何かカタコトになってしまったが、異性へのメンタル面では下級第三位なので許して下さい。
「ひぃっ!? 僕をどうするつもりだ!? クソッ! クソォッ!」
イーヴァルディの息子は、無様に這いつくばりながら、観衆達の方へ逃げようとする。
そして、その中の一人へとすがりつく。
「ガルム、僕の事を助けろォ!」
そこには燃えるような赤毛をした、地獄の番犬──ガルムがいた。




