99話 没義道な小さき者(イーヴァルディの息子)
イーヴァルディの館。
その地下室。
「くくく……さすがのフェンリルも、僕が作った鎖──筋の戒鎖に繋がれては、首輪付きの飼い犬も同然だな」
暗く陰気な室内。
光が届かない、湿った石造りの空間。
そこに鎖で貼り付けにされたフェリと、それを満足げに見詰めるイーヴァルディの息子が居た。
フェリの格好はラフなTシャツとジーパンのため、筋の戒鎖がスタイルの良い身体のラインを強調していた。
「犬ではない、狼だ。愚盲極まるイーヴァルディの息子よ」
特に苦しそうでも無く、凛々しい表情で返すフェリ。
だが、イーヴァルディは、その一挙手一投足に恐れを成していた。
「は、はは! そんな事を言って、没義道な僕を焼き殺そうと言うのか? お前なら、鎖に繋がれていても出来るだろうな……何せ終末をもたらすくらいだからな!」
「没義道……道に反した者、か」
怯える彼に対して、つまらない──そんな気持ちが顔に出る。
フェリは、最初に鎖を棒で強くねじって食い込まされても、特に問題は無かった。
普通の生物に対してなら拷問具の一つで、首をねじ切るために使うもの。
そのため、密かに怒りを抱いているのではないか、と小心者のイーヴァルディが勘ぐっていたのだ。
「だけど僕を焼き殺したら、お前達が知り合ったあの子供達がどうなるかわからんぞ? 直接、手を下さなくても……僕が死んで後ろ盾を無くし、家を取り上げられたらどうなるか」
フェリは、元より危害を加えることは全く考えていなかった。
だが、言葉の中に気になる部分があった。
「イーヴァルディの息子──キミは、どうして子供達に家を与えたの?」
ついつい、フェンリルとしての口調では無く、映司と一緒に居る時のような柔らかい口調になってしまっていた。
「そんなの決まっている。僕の評価を上げるためだ。母に追い付くためには、鍛冶の腕だけでは足りないからな」
「ふーん、その時は良い人だったんだ」
フェリの突飛な、思考を数段階飛ばしたような発言。
それを聴いて、イーヴァルディの息子は顔を歪めた。
「良い人だと? 施しを受けた相手から見たら、その瞬間だけはそうかも知れんな! だが、今はもう……そんな回りくどい事に疲れたんだ!」
吐き捨てるような強い口調。
「どんなに努力しても腕は母へは届かず、精一杯に偽善者を装ってもこの世界は腐っていく! 段々と、あの家の子供達を見ていると苛立ちが収まらなくなってくる!」
「そっか」
「だから、黒ずくめのアイツの甘言に乗ってやった。フェンリルを縛る鎖を作り、待ち構えていろと言われてな!」
フェリは、哀れそうな眼差しを向けていた。
──金色の母性のような。
「大変だったね」
「ぐっ、お前に何が分かる!」
「わかんないかも知れない。だけど、今が辛そうなのが何となく、わかるかなって」
イーヴァルディの息子は、さらに苦虫を噛み潰したような怒りを見せた。
上位存在であるフェリの金の瞳、それは恐れと同時に、全てを見透かすような全能感が漂っていた。
見る者の心を無条件で揺さぶる、ロキから受け継がれた魔眼。
「まぁいい……まぁいいさ。僕はエーテライトを手に入れてグングニルを作り、お前を嫁にして、母を超える」
抑えるようなくつくつという笑い。
「なぁに、心配するな。あの家の子供達も、哀れにでも思われて、映司とかいう奴の施しを受けるかして上手くやっていくだろう」
「それで最初、カノにあんな酷い事をさせようとしていたの?」
イーヴァルディの息子は、抱かせようとした事か? と思い出した。
「身体を重ねて情が移れば、僕も掌握しやすくなるしな。こちらも重荷を捨てられて一石二鳥だ。あんな治らない病気持ちなんて、目の前からいなくなれば良い」
「もしかして、治そうとした時もあった? カノの病気を」
「偽善者は偽善者なりにアピールするさ。だけど混血によっての、生まれついての肺の弱さに伴う病気は高額な薬でもムリだ」
星の意思は、多種族を救おうとして異世界の仕組みを作ったはずが、皮肉にも新たな混血達を迫害する結果となってしまった。
邪龍を追い払った時から、時間が経ちすぎているため、当然と言えば当然かもしれない。
「まぁ、ガキ達の事なんてもうどうでもいい。いくら恨まれようと気にはしない……」
「キミは悲しいなぁ」
「そして、今日は星誕祭だ」
人々が星の意思を称える祭り──星誕祭。
イーヴァルディの息子は、住人なら誰もが持つ祭具『流れ星の腕輪』を装着した。
「観衆が集まる広場で、大々的にフェンリルを拘束する鎖を作ったとアピールして、手懐けるために誓いの接吻でもしようではないか。ハハハ!」




