6等星が見える距離
―人の眼と宇宙のかすかな光の対話―
夜空を見上げたとき、私たちの眼に届く星の光は、宇宙の遥か彼方から旅してきたものです。しかし、その旅の終着点は、私たちの眼の感度によって決まります。6等星――それは、肉眼で捉えられる最も暗い星の等級であり、光と闇の境界線に位置する存在です。
等級とは何でしょうか
星の明るさは「等級(magnitude)」という尺度で表されます。等級が小さいほど明るく、太陽は−26.7等級、満月は−12.7等級、シリウスは−1.46等級といった具合です。6等星は、暗い空の下で、視力の良い人がようやく見つけられるほどの微光です。
この等級は、実際の明るさ(光度)と、地球からの距離によって決まります。つまり、6等星が見える距離とは、星の絶対等級と地球との間の距離の関係式から導かれるのです。
距離と等級の関係式
天文学では、次の式が使われます:
m - M = 5・log(d) - 5
ここで:
• m:見かけの等級(6等星の場合は6)
• M:絶対等級(星が10パーセクの距離にあると仮定したときの明るさ)
• d:地球からの距離
• 1パーセク = 3.26光年
この式を変形すると、ある絶対等級の星が6等星として見える距離が求められます。
たとえば、太陽の絶対等級は約4.83です。これを代入すると:
6 - 4.83 = 5・log(d) - 5
1.17 + 5 = 5・log(d)
6.17 = 5・log(d)
log(d) = 1.234
d ≈ 17.1 {パーセク} ≈ 55.7 {光年}
つまり、太陽と同じ明るさの星は、約56光年離れていても、6等星として肉眼で見えることになります。
光の届く限界と人間の感性
この距離は、私たちの眼が、太陽くらいの星と宇宙を通じて交信できる限界点であり、星の光が「見える」という奇跡の境界線でもあります。都市の光に埋もれた夜には、6等星は姿を消します。しかし、山の頂や砂漠の静寂の中では、6等星は確かにそこにあります。
昔は、この「見える距離」は、科学的な限界であると同時に、人間の感性の届く範囲でもありました。星の光は、数十年、数百年の旅を経て、ようやく私たちの網膜に届きます。そしてその瞬間、宇宙の過去と現在が、私たちの意識の中で交差するのです。
アンドロメダ銀河が見えるということ
そして時に、私たちは6等星よりも遥かに遠い存在――アンドロメダ銀河を見ることがあります。約250万光年の彼方から届くその光は、個々の星ではなく、1兆個もの星々の集合光です。見かけの等級は約3.4。つまり、銀河全体としては6等星よりも明るく、肉眼でも見えることがあります。
ただしその輝きは、ぼんやりとした光のしみのように、空の片隅に静かに浮かんでいます。それは、宇宙の深淵からの手紙であり、時間を超えて届いた光の記憶でもあります。
アンドロメダ銀河が見えるということは、人間の眼が、250万年前の宇宙と交信しているということです。それは、6等星が語る距離の概念を遥かに超えた、時空の跳躍なのです。
結びにかえて
6等星が見える距離とは、宇宙の広がりと人間の限界が交わる場所です。そしてアンドロメダ銀河が見える夜には、私たちはその限界を超えて、遥かなる時空の向こう側と静かに対話しているのです。私たちが夜空を見上げるとき、そこには、見えるものと見えないものの境界が、静かに輝いているのです。
お読みいただきありがとうございます。
太陽と地球の距離は以下で求まります。光速で8分20秒≒0.00001584年かかります。つまり0.00001584光年です。本文で、太陽の絶対等級Mを約4.83としました。絶対等級は10パーセク離れた距離の等級です。1パーセクが3.26光年ですので、距離をパーセクで表すとd=0.00001584/3.26=0.000004863パーセクです。
m - M = 5・log(d) - 5
より、
m = 5・log(d) - 5 + M
=5 ・log(0.000004863) - 5 + 4.83
=-26.7
つまり、地球からみた太陽の明るさは、-26.7等級です。本文でふれている値とあいます。
この稿を書いた理由は、星の等級と距離から、その星が太陽と比べてどのくらいの規模かを見積もることができるという点にあります。
それは、遠くの星々を「身近に」想像するための手がかりとなり、宇宙との距離を、数字だけでなく感覚として捉える助けになると感じたからです。
人類は、さまざまな工夫を凝らして星までの距離を測ってきました。
星がただただ遠いと思うだけでは、もったいないのです。
たとえば、ブラキオサウルスは体長約25m、体重約50トン。
もし彼があなたの学校の校庭にいたら、どんな風景になるでしょうか。
恐竜の体長や体重と、アニメーションに登場するロボットの設定重量を比べてみると、
そのロボットが鉄でできているのか、それともスカスカなのか、想像できるかもしれません。
そんなふうに、想像することは、世界を身近にする力を持っています。
このエッセイが、そんな対話の一端として、星々を少しでも身近に感じるきっかけになれば幸いです。




