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主人公じゃない!  作者: ウスバー
第四部 光の目覚め
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第九十話 死闘


(訳が分からない! 訳が分からない! 訳が分からない!)


 こんなところで出会うはずのない、いや、出会ってはならない〈魔王〉を前にして、俺の頭の中はぐちゃぐちゃに乱されていた。


(なんで、なんでだ! どうしてよりにもよってこんな場所に〈壱の魔王〉がいる!?)


 俺は確かに、〈壱の魔王〉がいつまでも現れないことを不審に思っていたし、早く「〈魔王〉との遭遇」イベントが起きてくれ、とは願っていた。

 だがそれは、決してこんな形でじゃない。


(どうして〈魔王〉が、「主人公」じゃなくて俺たちの前に現れるんだ!? そんなこと、ゲームでは絶対に……)


 そう決めつけかけて、〈魔王〉の台詞を思い出す。


(違う! そもそもの考え方が間違ってるんだ! 〈魔王〉は最初から、俺たちの前に現れてなんかいない。奴は「主人公」の前に現れる「途中」なんだ)


 この〈アリの女王討伐作戦〉は三つの主要地域の合同作戦。

 ここに「主人公」が参加している公算が高いというのは、前に確認した通り。


 そして、ゲームでは省略されていただけで、いくら〈魔王〉と言っても、「主人公」の居場所をピンポイントで正確に探り当てる力はない。

 なんらかの方法で情報収集をして、その捜索の結果として「主人公」に行きついたはずだ。


 なら、その途中でもし人間の冒険者に、「主人公」でも何でもない「モブキャラ」に出会ったら?

 答えは簡単だ。



 ――奴は何のためらいもなく、そいつを轢き潰す。



 それが、全身をバラバラにされた「アリの女王」であり、血を流し倒れている〈ハウンズ〉であり、そして、間の悪い場所に居合わせた、俺たちなのだ。


(クソ! ふざけんな! ふざけんなよ!!)


 あふれそうになる想いを、唇を噛み締めて必死に抑える。


(〈ハウンズ〉程度なら、「アリの女王」程度なら、どうにでもなった! なのに!!)


 いくら想定外と言っても、そもそもの地力が違う。

 力技でなんとかなった可能性が高いし、最悪の場合、逃げてもよかった。


 だが、こいつは……。

〈魔王〉だけはダメだ!



―――――――

魔王ブリング

LV ???

HP ??? MP ???

物攻 ??? 魔攻 ???

物防 ??? 魔防 ???

―――――――



 反射的にかけた〈看破〉は、当然のように意味をなさない。


(ダメだ! 勝てる訳がない!)


 ヴェルターとの戦いで、〈魔王〉のオーラを感じて、思い知った。



 ――奴らは、俺たちとは格が違う存在だ。



 ゲームで「主人公」たちがなんとか〈魔王〉を退けていたのは、「主人公」に〈勇者〉としての能力が、〈光輝の剣〉があったから。


 その証拠に、「〈魔王〉との遭遇」でのブリングとの戦いは、ゲームでは完全なイベント戦闘として描かれる。


 最初の〈魔王〉であるブリングは〈魔王〉の中では最弱の存在ではあるが、〈魔王〉自体がゲーム終盤クラスの力の持ち主。

 真っ当なゲームのルールの下で戦うなら、序盤の「主人公」が逆立ちしたって勝てる相手じゃない。


 圧倒的な戦力差を〈光輝の剣〉のチート染みた対〈魔王〉補正と、突然発動した〈光輝の剣〉に驚いたことによる不意打ち成功で埋め、それでも撃破ではなく撤退にしか持っていけなかったほどの相手。


 いや、それだけのアドバンテージがあってなお、イベントを抜きにして通常の戦闘として戦っていたら、「主人公」たちはあっさり殺されていただろう。


 そして当然、「主人公」ではない俺たちには〈光輝の剣〉はなく、不意打ちイベントが発生することもない。


(詰んでるじゃねえか!)


 ギリリ、と唇を噛み締める。

 それでも、今ある手札で何とかこの場を切り抜けるしかない。


「……ろ」

「え?」


 いまだに状況を呑み込めていないラッドに苛立ちながら、俺は全力で命令する。


「全員、今すぐ逃げろ!」

「な、何言ってるんだよ、おっさん」


 叫んでも、その危機感は、ラッドには伝わらない。

 説得したいが、今は息を吸う時間すら惜しい。


「は? 逃がすワケねえだろ、バッカがよぉ!」

「くっ!」


 襲い来る影に反射的にメタリック王の剣を構えて、その無意味さに気付く。


(いや、違う! まともに戦えるなんて思うな!)


〈魔王〉と対等に戦えるのは〈勇者〉だけ。


 それが、この世界の基本的なルールだ。

 なら!


「――〈Vスラッシュ〉……〈ナイフショット〉!」


 右手でのアーツを絡めつつ、左手の死角から最高のタイミングで放たれたそのオリハルコンのナイフは、吸い込まれるようにブリングの身体を捉える!


 ……が。


「……オイ。テメエは、こんなもんでオレをどうにか出来るつもりでいたのか?」

「うそ、だろ」


 その渾身の一投は、ブリングの身体の表面で弾かれた。


(能力値が、あまりに違いすぎる!)


 オリハルコン製のナイフに、右手のアーツの補正を乗せ、虚を突いて放った投擲。

 しかし、それをもってなお埋められない能力の差が、俺たちの間にはあった。


「終わりか? 終わりなら、今度はオレから行くぜ」

「ぐっ!」


 それでも、真正面から戦っても勝ち目がない以上、今の俺が頼れるのはこれしかない!


「〈トライエッジ・Vスラッシュ〉――」


 当たらないと知りながらも右手の剣で技を編み、しかしそれはただの事前準備。

 グン、と加速し、一瞬の間に距離を詰めてきたブリングにめがけて、俺は右手の剣ではなく、左手のナイフを突き出した。



「――〈ファイナルブレイク〉!!」



 装備を破壊する代わりに、一度きりの必殺攻撃を放つ奥の手中の奥の手。

 俺の手の中で発生した衝撃波は、


「っつ!」


 かろうじてブリングの防御を抜き、その身体をわずかに後ろに弾き飛ばす。


(よし!)


 ほんのわずかだが、ダメージが通った!

 俺は思わず拳を握り締め、だが、垣間見えた一筋の希望が、一瞬の気の緩みを産んだ。


「うざってえんだよ!!」


 激昂したブリングが俺に右手をかざす。

 それが、かつてゲームで見た動作だと脳が理解すると同時に、俺は横に飛んでいた。


「がっ!?」


 衝撃が左の脇腹をかすめ、激痛が走り抜ける。


(かすっただけで、この威力かよ)


 戦慄が頭をよぎるが、怯えている暇などなかった。


「危ない!」


 叫びに顔を上げると、距離を詰めたブリングが毒々しい装飾のナイフをこちらに振りかぶっているのが見えた。

 回避の余裕はない。


「くっ! 〈ファイナルブレイク〉!!」


 もはやナイフの残量も心許ない。

 それでも虎の子の〈ファイナルブレイク〉でブリングを弾き飛ばし、ほんのわずかな猶予を稼ぐ。


「兄さん!」

「レクスさん、今援護を!」


 背後から、聞こえる声。

 その言葉に、俺は思わず振り返って叫んでいた。


「ダメだ! お前たちは今すぐ逃げ――」


 だが、



「――余所見してんじゃねえぞ、雑魚が」



 その一瞬は、〈魔王〉との戦いにおいては、あまりに大きい隙だった。


「……ぁ、え?」


 みぞおちに、灼熱感。


 視線を戻すと、俺の目前には〈魔王〉の顔。

 薄汚れた暗緑色の肌に、心底愉快そうに乱杭歯を剥き出して、奴は笑っていた。



「これで、ゲームオーバー、だ」



 その悪辣な笑顔が、上にずれる。


 いや、違った。

 俺の身体が、前に傾いでいた。


「……にい、さん?」


 背後から、レシリアの声が聞こえる。


 その声に応えなくてはいけないのに、両足にまるで力が入らない。

 俺は血の流れ出す腹部を押さえたまま、その場に膝をついていた。


「い、癒やしを!!」


 慌てたマナの声が聞こえ、一瞬だけ、あたたかな光が傷を包み込むが、


「ど、どうして!? 回復魔法が、効かない!?」


 動揺するマナの声に、心の底から楽しそうに〈魔王〉は笑う。


「アハハハハ、そりゃそうだ! オレのナイフには、たっぷりと『呪い』が染み込んでてなぁ。テメエらのチャチな魔法なんかじゃ、その傷は絶対に治せねえんだよ」

「そ、んな……」


 力を失い、震えるマナの声とは裏腹に、


「許さ、ない!」

「よくも、よくも師匠を!」


 後ろから、怒りに震えるレシリアたちが駆け出す気配を感じる。


「や、め……」


 しかし、そんな抵抗も、


「羽虫が。うるせえんだよ」


 無造作に振るわれた〈魔王〉の腕の一振りで制圧された。

 振るった腕から衝撃が吹き荒れ、俺の頭越しにラッドたちを吹き散らす。


(なん、だ。なんだよ、これは)


 たったの、数十秒。

 ほんの一分にも満たない戦闘で、俺たちはたった一人の魔物に蹂躙されていた。



「――悔しいか? だが、これが『現実』だ」



 俺の思考を読んだかのように、〈魔王〉は嗤う。


「雑魚は雑魚なりに頑張ったようだが、オレとオマエじゃ存在の格が違う。所詮オマエらは、オレたち強者に蹂躙されるだけの存在なんだよ」


 いつか聞いたチープな台詞が、確かな実感を持って俺の脳に染み渡る。

 そして奴は、死刑執行人の厳かさで、ゆっくりと俺の顔の前で、手を広げた。


「兄さん! やめて! 兄さんッ!!」

「嫌! レクスさん! だめぇええええええ!!」


 抵抗は、無意味だった。

 背後から聞こえる必死の叫びも、非道なる〈魔王〉の前に、何の効果も見せず。


〈魔王〉がかざした手には、俺を殺すのに十分すぎる魔力が集まって……。



「――これでお別れ、だ」



 ついに致命の一撃が俺に下される、その、直前、


「な、なんだっ!?」


 視界全てを覆うほどの光が、俺とブリングの間を隔てた。


(あたた、かい……?)


 今までの息苦しさが、嘘のようにやわらいでいく。

 力を失っていた四肢に活力が戻り、霞んでいた視界がふたたび像を結ぶ。


 そして、ようやく視界が晴れた時、俺の目の前にあったのは……。


「……剣?」


 誰かのつぶやきが、耳に入る。


 それは果たして誰の声だったのか。

 だが、もはやそんなことはどうでもよかった。


「……はは、ははははっ!」


 口から、自然と笑い声が漏れる。


「テ、テメエ! 何笑ってやがる!」


 ブリングの激昂した声が聞こえても、笑うことを止められない。


 だって、俺の目の前に浮かんでいるのは、俺がブレブレのゲーム中でもっとも多く目にして、そしてもっとも多くの場所で助けられた、運命の剣。



 ――〈光輝ひかりの剣〉。



 闇を祓い、魔を討つために作られた、選ばれし者の剣。

 それが、まるで俺の手に取られるのを待つかのように、頭上で悠然と輝いていたのだから。

次回、決戦!



次の更新は明日の21時です

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― 新着の感想 ―
[一言] ダウンロード販売の新主人公はレクスだったってことかな
[一言] ここでやっと+αの登場かな?
[一言] 「ゲームオーバー」は試合終了の意味だから別にゲーム用語ってわけじゃありませんよね?
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