第八十九話 悪意との遭遇
今日は12月4日!
『主人公じゃない!』第一巻の発売日です!
特典等の情報は活動報告にまとめました!
本買ったよーという人がいたら書籍の感想もそちらに書いてもらえると嬉しいです!
「――ギルドマスターのヴェルテランだ! 早速で悪いが、対〈キラーアント〉戦、緊急クエストについて説明させてもらう!」
街への襲撃が無事に収まってすぐ、街の衛兵たちにその場を任せ、冒険者たちはギルドの訓練場に集められた。
会議室から持ってきたボードの前で、ヴェルテランが声を張る。
「まず、街が襲われたのは、ここ、フリーレアだけじゃねえ。全く同じ時間に、王都とニーバーの街も同じようにアリ共に攻められたらしい」
ヴェルテランの発表に、ざわっと冒険者たちがざわめく。
だが、その喧騒を真っ二つにするように、ヴェルテランが気合を込めて叫ぶ。
「しかし! おかげで、敵の本拠地も割れた! フリーレア、王都、ニーバー、この三つは全部が全部、別々の地域に属している。それを一斉に攻められる場所があるとしたら、一つしかねえ! 三つの地域にまたがる大山脈、〈テンペスト山脈〉だ!!」
ボードに描かれた地図、その中心にある山を、ヴェルテランが「バン!」と叩く。
「敵は、この〈テンペスト山脈〉の地下に拠点を置き、三つの街にめがけて巨大なトンネルを掘っていると考えられる。以後、このトンネルを〈大空洞〉と呼称、王都とニーバーのギルドと共同で、ここに〈アリの女王討伐作戦〉を発令する!!」
ヴェルテランが口にした途端、冒険者たちから「うおおおお!」と地鳴りのような歓声があがる。
(ほんと、ノリのいい奴らだよなぁ)
まあ物語の都合、というのもあるかもしれないが、ブレブレの住人はゲームのリリーのような例外を除き、圧倒的に善良な人間が多い。
こういう時にひねくれ者が場をかき回したりしないのはありがたい。
「〈テンペスト山脈〉は地域の分かれ目だ。馬車で進んでも三日はかかる。だから、俺たちはアリの進入路から逆に侵攻し、十日をかけて〈テンペスト山脈〉の根本まで進んでいく! ……と、普通ならなるところなんだが」
そこで、ヴェルテランが意味ありげに俺を見る。
「とある冒険者の入れ知恵で、山脈までたった一日。今日この日のうちに到達出来るかもしれない方法が見つかった」
ふたたびざわめく訓練場、その中で、ヴェルテランはニヤリと笑う。
「……なぁ、お前ら? 王都の奴らよりも、ニーバーの奴らよりも早く、俺たちがこのクソッタレのアリ共のボス、倒したくはないか?」
※ ※ ※
そうして作戦開始から一時間後。
俺たちは、〈テンペスト山脈〉の麓にいた。
「まさか、ほんとに三日の距離を一時間に縮めちまうなんて……」
ラッドが、山脈の根元に見える大きなアリの巣穴の前で、呆然とつぶやいた。
「おっさん! 一体何をどう考えたらこんな発想が出てくるんだよ!!」
「まあ、ここにアリの巣穴があったことは覚えていたからな」
微妙に視線を逸らしながら、俺はそう答えた。
ヴェルテランはあの会議からすぐに、アリの巣への突入希望者を募った。
驚くべきことにその場にいたほぼ全員の冒険者が志願をしたが、流石にそいつらを全部連れていく訳にはいかない。
街の防衛に当てる人間も必要であるし、街に侵攻していた奴らとは違い、〈テンペスト山脈〉の地下にいるアリはそれなりにレベルが高い。
やる気があるからといって駆け出しを連れて行ったら殺されてしまいかねないからだ。
ヴェルテランと俺の〈看破〉で精鋭を選び出して突撃部隊を結成。
準備もそこそこに、全員で例の廃屋、街に空いた一番でかいアリの進入路に行き、〈大空洞〉に突入した。
――そしてそこで、全員が〈帰還の羽〉を使ったのだ。
この〈大空洞〉は結局のところ、襲撃された地域に一個ずつある〈アリの巣穴〉がイベントによって拡張、合体したものだ。
合流して〈大空洞〉になっていても、システム的には三つの〈アリの巣穴〉なのは変わらない。
つまり、〈大空洞〉に入った瞬間に〈帰還の羽〉を使用した場合、突入してきた穴の入り口ではなく、フリーレアの地域に元々あった〈アリの巣穴〉の入り口にワープするのだ。
(そして、フリーレア地方の巣穴が、一番山脈に近い)
ほかの二つの地域の〈アリの巣穴〉は、街から割と近い場所にある。
このワープで大きく距離を縮められるのは、フリーレア方面だけ。
ほかの街と比べて九日分の時間を省略出来るので、女王討伐に向けて、大きなアドバンテージが手に入れられるという寸法だ。
(そして、ここで「女王」を俺たちが討伐することで、「主人公」が分かる……かもしれない)
この〈アリの女王討伐作戦〉はアリを一匹倒す度に報酬が得られるが、女王を討伐することで大きな報酬を得られ、大々的な表彰がされる。
ただ、普通であればここでアリの女王を討伐出来るほど「主人公」は育っておらず、フリーレアにはあまり強いキャラはいないので、アインが率いる王都の精鋭か、ニーバーにいるスター冒険者チームが女王を倒す。
だから大抵の「主人公」は女王を倒して表彰される討伐者を見ながら、「俺もいつかあんな冒険者に」と未来に思いを馳せることになるのだが……。
その中で、表彰された冒険者がブーケトスよろしく放り投げた花束、それが「主人公」のところに落ちてくる、という演出があるのだ。
ゲームの時には大して気にも留めなかった演出だが、もしゲームと同じように進むなら、これで「主人公」が誰なのか割れる可能性はある。
――これが、俺がハチではなく〈アリの大襲撃〉を発動させた最大の理由だ。
障害になりそうな要素として、そもそも「主人公」がこの〈アリの女王討伐作戦〉に参加しているかどうかと、討伐者が表彰式で起こす行動はランダムなため、うまく花束を投げてくれるかというのがあるが……。
(まず、「主人公」が冒険者として活動しているなら、このイベントに出てこない可能性はかなり低い)
王都、フリーレア、ニーバーは低レベル向けの狩場が多い。
今の時期の「主人公」がこの三つの地域にいる確率は相当に高いと言えるだろう。
そして、花束をうまく投げてくれるか、という事への解決策は簡単だ。
(俺たちが女王討伐者になって、ラッド辺りに代表者になってもらえばいい)
事情を知ってる俺が投げたのでは不安は残るが、何も知らないラッドに花束を投げるように頼めば、ギリでイベント補正が乗って「主人公」の下に花束を届けてくれる……のではないかと思う。
(しかし、ギルドの仕事を引き受けてたのも無駄じゃなかったな)
この世界に来た当初に立てていた計画では、ここに突入するのは自分たちのパーティだけだった。
まさか、こんなゲーム的な作戦が、他人に受け入れられるとは思っていなかったからだ。
(それが、冒険者全員引き連れての突入になるとはなぁ)
一番でかいのはギルドマスターであるヴェルテランとパイプが出来ていたことだが、それ以外の街の冒険者からの信頼も得ていたようで、俺の立てた荒唐無稽な計画を、奴らは文句ひとつ言わずに実行してくれた。
(下心ありありだったんで、後ろめたくもあるが、まあ、なんだ。あんま悪い気分じゃねえな)
……と。
そう思って一人にやつく俺を、焦ったようなラッドの声が揺さぶる。
「お、おいおっさん! もうみんな巣穴の中に入っちまったぜ! 一番乗りで女王を倒さなきゃいけないんだろ!? こんなのんびりしてていいのかよ!」
さっきまで呆然としていたはずなのに、忙しい奴だ、と思いながら、俺は大丈夫大丈夫、と手を振った。
「算段はついてる、って言っただろ。何もバカ正直に正面から向かう必要はない。俺たちは『特別な道』を使うぞ」
※ ※ ※
(……うん。いい感じにほかの冒険者が敵を引き付けてくれてるようだな)
敵のほぼいなくなった〈大空洞〉を進みながら、俺は一人うなずいた。
先を進んだ冒険者たちを陽動に使ってしまっているようで申し訳ないが、ここで俺たちが「女王」を倒せるかどうかで世界の命運が決まるかもしれないのだ。
もちろん「女王」さえ倒せばこのアリの襲撃も収まるので、ちょっと勘弁してほしい。
「だ、大丈夫でしょうか? もうずいぶんと、先頭集団からは離されてしまったようですけど……」
「その方がいいんだよ。たぶんこの辺に……あった。あれだ」
ニュークの疑問に答えながら、俺が指さしたのは、地面の端に出来た奇妙な穴だ。
よく見ないと発見出来ないようなその穴は、ぶよぶよとした素材で出来た唇のようにも見えて、端的に言って気持ち悪い。
「な、なんですか、これ」
明らかに腰の引けたようなマナの言葉に、俺は答える。
「専用の運搬路だよ。アリの子供に『餌』を届ける、な」
「お、おい! アリの『餌』って、まさか……」
「ご想像の通り、『人間』だよ」
このイベントは、大抵のプレイヤーが初めて体験する大規模なワールドイベントだけあって、どんなレベル層のプレイヤーも楽しめるようになっているし、失敗時のペナルティも含めてかなり手厚い。
育成がまだまだなプレイヤーは〈大空洞〉の入り口で雑魚アリを倒しているだけでお金がもらえるし、育ったプレイヤーなら「女王」の討伐をすれば莫大な報酬が手に入る。
そして、仮に〈大空洞〉の中心近くまで来て、負けた場合でも救済があるのだ。
高レベルのアリに倒された場合、アリは「主人公」パーティをすぐには殺さない。
HPがゼロになった場合、「主人公」は気絶、そのままアリたちに『餌』として運ばれ、この穴に投げ込まれることになる。
もちろんその後、「女王」が倒されたあとに熟練冒険者の手によって救い出されることになるのだが、その救出先というのが、まさに〈大空洞〉の中心部。
「つまりこの『餌』運搬路は、女王のお膝元への直通通路になるってことだ」
自慢げにそう言い放った瞬間、
「――なぁるほど、そういうことか」
突然、地面に何かが投げ込まれ、煙が立ち込める。
「な、なんだこれっ!?」
ラッドの動揺した声。
そこにかぶせるように、男の声が響く。
「あんなすげえ作戦を発案したあんたの動きが、何だかにぶかったからよ。こりゃ何かあると思ってつけてて正解だったぜ」
この、声は……。
かすかな記憶が、警鐘を鳴らす。
「兄さん、伏せてください! ウインドスラスト!」
記憶の断片が形を成す前に、レシリアがとっさの判断で煙を吹き飛ばした。
煙が晴れた先、そこにいたのはゲームで見たことのある冒険者。
「――秘境探索者チーム、〈ハウンズ〉か!」
俺が叫ぶと、その三人組の冒険者の中の一人が、にやりと唇をゆがめる。
「おっと、名高いレクス様に名前を憶えていただけてるなんて嬉しいねぇ。だが、まあ……今回は、お先に失礼させてもらうぜ!」
行動を起こす暇もなかった。
三人組の男たち、〈ハウンズ〉は身をひるがえすと、『餌』の運搬路の入り口を魔法で破壊、その中へためらいなく飛び込んでいく。
「待っ……ぐっ!」
飛び込む瞬間、もう一度煙幕を使って、時間稼ぎも忘れない。
何とか煙を払った時には、奴らの姿は影も形もなくなっていた。
「ちっ! 追うぞ!」
「わ、分かった!」
急展開に置いて行かれているラッドたちを叱咤して、俺たちも運搬路の中に身を躍らせる。
(まさか、あんな奴らまで出てくるなんてな)
秘境探索者チーム〈ハウンズ〉は、本来ならゲームの後半からしか出てこないはずの冒険者チームだ。
その役割は、一言で言えばモブ冒険者のテコ入れ要員。
ゲームも進んでくると、既存の冒険者とプレイヤーたちとのレベル差、能力差が顕著になってくる。
そうなるとゲーム内イベントなどでプレイヤーに絡めるようなモブ冒険者がいなくなってしまうので、テコ入れとして後半に投入される高レベル冒険者チームのうち一つがあいつら、という訳だ。
(そりゃ、ゲームじゃなくて現実なら、最初から出てきてもおかしくないよなぁ!)
奴らのレベルは確か四十台。
端的に言えば「レベルが上がったヴェルテランたち」といった感じで、あの公式チートの剣聖みたいな強さがある訳じゃないが、悲しいことに能力値的にはレクスよりはおそらく上。
直接戦って勝てないとは思わないが、「女王」を相手取れるだけの力は十分にある。
運搬路を抜け、やってきたのはまさにアリの巣だった。
しかも、その巣で待っていたのは、大量のアリの子。
「あ、あいつら、アリ共をこっちに押し付けてきやがった!」
〈ハウンズ〉はずる賢く、生き汚い奴らではあるが、そのために人を殺すほどには悪辣でもない。
ここでアリたちを起こしたのは、俺たちならこの程度何ともないと思ってのことなんだろうが、
「あいつら絶対、あとで泣かす!」
ついにレクスロールを忘れて叫びながら、俺は火の魔法でアリの子を薙ぎ払う。
それでほとんどのアリは殲滅出来たが、移動中に後ろから襲われても厄介だ。
その場に目についた卵もついでに焼き払っておく。
「おっさん! 急がないと……」
「いいから落ち着け! まだ大丈夫だ!」
俺は四周目で一度だけ〈アリの女王〉と対峙したことがあるが、あれはほぼギミックバトルだ。
「女王」は化け物みたいな耐久力を誇っている上、ひっきりなしに周りの卵からアリが孵って増援が止まらないため、すさまじい消耗戦になる。
「女王」を倒すには、アインやニルヴァ級の圧倒的な力か、人数に任せた殲滅力、もしくは「この戦いを見越した事前の準備」が必要だ。
奴らに、そこまでの備えがあるとは思えない。
「もうすぐ最深部だ!」
叫び、立ち塞がるアリたちをMPを使い切る勢いで焼き払っていく。
と、そこで……。
「……声?」
横を走っていたプラナの長い耳が、ピクリと動く。
ほんのわずかに遅れて、俺の耳にも音が届いた。
金属がぶつかる音と、男の叫び声。
これは、戦いの音だ!
「奴ら、もう始めちまってるぜ! オレたちも……!」
先頭に立って走っていたラッドが、焦ったように速度を上げる。
「待て! ここは準備を整えてから……くっ!」
今の戦力でも、無策で完封出来るほど「女王」は甘くない。
なし崩しに戦いに突入するのは避けたかったが、こうなっては仕方ない。
「行くぞ! 気を抜くなよ!」
そう叫んで、駆け出したラッドを追って、俺も「女王」の待つ巣の最深部へと飛び込んで……。
「……え?」
目に飛び込んできた光景に、その場に凍り付く。
「……なん、だ、これ」
同じように部屋の入り口で立ち尽くすラッドの口から、そんな言葉が漏れる。
――冒険者と「女王」の決戦の場であるはずのその部屋は、両者の血で赤に染まっていた。
一流の冒険者を相手取っても決して引けを取らないはずのアリの女王は四肢をバラされ、身体を引きちぎられたように地面に散らばり……。
その横にはついさっきまで動いていたはずの人が、〈ハウンズ〉の三人が、物言わぬ骸となって無造作に地面に転がっている。
そして……。
「――あー、弱ぇ。せっかく『勇者』ってのが来るまでの暇つぶしに遊んでやろうと思ったのに、これじゃ退屈しのぎにもならねぇよ」
届く。
絶対にこんな場所で聞こえてはならない声が、俺の耳に届く。
……惨劇の中心。
血にまみれたその部屋の中心に、「そいつ」はいた。
「な……」
まるでこの惨状が何でもないように平然と、俺たちの恐れと敵意の視線を感じないように悠然と、そいつは振り返る。
「ふ、ふざけんな! お、お前は一体、なんなんだよ!」
震える声で、ラッドが必死に声をあげた。
その、言葉に……。
「オレ、か? オレは、『初めに訪れるモノ』にして、『厄災を運ぶモノ』」
ぼろきれのような服に身を包み、隠しきれぬ狂気を帯びた目をしたその男は、にぃぃ、と口角を吊り上げ……。
「――壱の魔王〈ブリング〉だ」
俺は、〈魔王〉と対峙した。
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