第八十七話 虫の女王
あと一話だけ話数がズレてたら、第蜂十蜂話!
とかやれたんですけどね
今回は久々のラッド視点です
「――〈火円斬〉!」
オレが放った炎の一振りが、三匹の蜂をまとめて叩き切った。
一匹だけ、斬撃の範囲から外れた蜂が出てくるが、
「――〈ホーミングショット〉」
それは、パーティの誇るスナイパー、斥候兼弓使いのプラナがあっさりと仕留める。
「っし! 余裕!」
辺りを見回しても増援の蜂が来る気配はない。
キラービーたちを全滅させたと確信したオレは、思わずガッツポーズを決めた。
「格下相手とはいえ、あんまり油断するのはよくないよ」
それを静かにたしなめたのは、相棒のニュークだ。
用心深いのはこいつのいいところだ。
ただ……。
「そりゃ、オレだって初めはそう思ってたけど、さぁ」
蜂退治を始めて、今日でもう三日目だ。
最初のうちは移動速度が速く、数も多い蜂を相手に俺たちも慎重に戦っていた。
ただ、この蜂、〈キラービー〉というモンスターは、亜種も含めて全てがかなりの格下だ。
レクスが言うには、こいつらのレベルは低いのは十程度で、高い奴でも二十そこそこ。
オレたちの半分しかない。
攻撃が一発入れば倒せるし、どんな攻撃を食らってもほとんどダメージはない。
毒や麻痺といった状態異常は脅威なので針の攻撃を食らうワケにはいかないが、普通にやっていればまず負けない相手なのだ。
「それに、いっくらなんでも飽きるんだよなぁ」
「そう? 僕は割と嫌いじゃないよ」
そんな風に言って、ニュークは満足げに微笑んだ。
「ドロップはおいしいし、数が多いから熟練度上げにもちょうどいい。戦力アップのための相手と考えるなら、これ以上の相手もないと思うけど」
「そりゃそうだけどさ。でもなんかちょっと、地味、っていうか……」
ぶつぶつと不満を言うオレに対して、これみよがしに「はぁ」とため息をついたのがプラナだった。
「なんだよ」
オレが思わずそう突っかかると、プラナは氷のような目つきでオレを見た。
「モンスターは有限。なのに、飽きるほど戦ってることにまず疑問を覚えるべき」
鋭い指摘に、オレはうぐ、と言葉に詰まった。
こいつは口は悪いが言ってることは妙に鋭いというか、頭の回転自体は悔しいことにオレより速い。
ただ、言われっぱなしで黙るのも癪なので、オレは強気に言い返す。
「敵が多いのがおかしいってんなら、理由はなんだよ。モンスターが勝手に増えてるとでも言うのか?」
「さぁ? でも、これが単なる訓練のための雑魚退治じゃないのは確か」
「そんなの、何で分かるんだよ!」
オレが言うと、プラナは視線をちらりと横に向けた。
その視線の先を見て、オレも思わず、ああ、と納得してしまった。
そこにいたのは、オレたちの同行者にして、レクスの妹。
二刀を操るニンジャ、レシリアだった。
「……レクスはこの冒険に、わざわざ彼女をつけた。本当に何もないのなら、レクスが彼女を同行させるはずがない」
認めたくはないが、レシリアの実力はオレたちよりランクが上。
オレたちですら余裕で倒せるこの蜂退治に、レシリアが一緒に来ていることに違和感はあった。
「あの……」
だがそこで、考え込むように黙り込んでいたマナが、口を開いた。
「ずっと前に読んだ本に書いてあったことなので、うろ覚えなんですけど……。ラッドくんが言ったこと、正解かもしれません」
「え?」
マナは時々、こうして突拍子もないことを言い出す。
そういうところも神秘的でかわ……あ、いや、すごく勉強になる。
「普通、魔物は魔力によって生まれます。でもその本によると、一部の虫モンスターは、『女王』から生まれることもあるらしいんです」
「じゃあ、もしかして……」
オレが尋ねると、マナは神妙にうなずいた。
「はい。どこかにこの蜂たちを生み出す『女王蜂』が生まれたのかもしれません」
ごくり、とつばを飲み込む。
蜂たちが弱い、と言っても、それは「今のオレたち」を基準にしたもの。
三ヶ月前の駆け出しのオレたちなら、いや、オレたちが幸運にも師匠と会っていなかったら、あの蜂たちにだって簡単に負けていたかもしれない。
そんな蜂を数十、数百匹単位で生み出すような存在がいたとしたら、それはとてつもない脅威だ。
しかも、マナの話はそれで終わりじゃなかった。
「それに、『女王蜂』の恐ろしさは、仲間を増やすことだけじゃありません。女王は、普通の蜂とは比べ物にならないほどの強さを誇っていると、その本には書いてありました。レクスさんは、それを知っていたからレシリアさんを同行させた。……違いますか?」
最後の言葉は、オレたちから少し離れた場所に立ち、街の方角を眺めていたレシリアに向けられていた。
問いかけられたレシリアは、遠くに向けていた視線を戻すと、すっと目を細める。
「……察しがよすぎるのも、考えものですね」
「じゃあ、やっぱり……」
オレの言葉に、レシリアははっきりとうなずく。
「ええ。兄さんは、女王蜂が生まれた可能性について言及していました。それに……」
彼女の視線が、オレたちの背後を、丘の上に立つ、一際大きな木を射抜いた。
「私は一ヶ所だけ、この近くで女王蜂が生息している可能性のあるスポットを教えてもらいました。もし、あなたたちが望むなら、そこに連れて行ってやってくれ、とも言われています」
「……え?」
それは、思いもかけない提案。
「そこに女王蜂がいる可能性はあまり高くないと兄さんは言っていました。ただ、万が一そこで女王蜂と戦闘になったとしたなら、苦戦は免れないでしょう」
レシリアの言葉が、そのまま圧となってオレたちにのしかかる。
あのレシリアほどの冒険者が、苦戦を免れないという相手。
思わず、身体が震える。
「それでも、行きますか?」
だけど……!
「――当ったり前だ!」
「――もちろんです」
「――い、行きます!」
「――当然!」
四人の声が、重なる。
オレたちは、一瞬たりとも迷わなかった。
その女王蜂ってのを、軽く見てるワケじゃない。
だけど冒険者って奴はどいつもこいつも、自分から危険に突っ込んでいく大馬鹿野郎で、それは一見して頭のいいニュークやマナ、プラナだって、変わらない。
それに……。
(オレは師匠の……「英雄」の、弟子だ)
師匠がどう思っているかは知らないが、オレはそう思っているし、それを誇りにも思っている。
(だったらこんなところで立ち止まるワケには、いかないよなぁ!)
予想は、していたのだろう。
「それでこそ、です」
レシリアはふっと笑うと、迷いない足取りで歩き出す。
「――なら、ついてきてください。羽虫の親玉に、会いに行きましょう」
※ ※ ※
結論から言えば……。
オレたちが、女王蜂と遭遇することはなかった。
いや、完全に空振りだったワケじゃない。
今までとは全く規模の違う、女王蜂がいてもおかしくないような巨大な蜂の巣は、そこにあった。
「……へ?」
ただしそれは、地面にぽっかりと開いた穴に落ち、ボロボロに崩れた状態で、だが。
「え、なんだこれ、え……?」
あまりにあっけない幕切れ。
偶然にも女王蜂の巣の下に穴が開いていて、しかも巣がちょうどそこに落ちる確率はどの程度のものだろうか。
全く分からないが、とにかく結果としてかなりの高所から落とされたことになった蜂の巣は、バラバラになって砕けていた。
中に何かがいたとしても、もう生きてはいないだろう。
「……もうここに用はありませんね。街に戻りましょう」
思わぬ結末に動揺を隠せないオレたちを我に返らせたのは、レシリアの静かな声だった。
まだ驚きから戻ってこれないオレたちを置いて、さっさと街へと歩きだしてしまう。
オレたちは一瞬だけ顔を見合わせ、すぐに慌てて彼女の後を追った。
※ ※ ※
急いたような速足で先導するレシリアに連れられて、そろそろフリーレアの街も見えてくるかな、という頃。
「まだ日も高いのに、こんな早く帰っちゃっていいのかな」
歩きながらそう心配そうにつぶやいたのは、ニュークだった。
確かに、予定よりはずいぶんと早い帰還だ。
気になるのも分かる。
ただ……。
「んー。まあ、いいんじゃないか。レシリアが率先して戻ってるんだし」
オレは別に、そこまで気にしちゃいなかった。
実際、女王蜂の一件で興がそがれたのも確かで、これからまたつまらない蜂退治をするのはちょっと心情的につらい。
それに「女王蜂の巣が穴に落ちた」なんてのはレクスすら想定していなかった事態だろう。
なら、早く街に戻って合流した方がいいような気がした。
……ほかのみんなはどう思っているんだろうか。
ふと気になったオレが後ろを見ると、プラナはどこか神経質そうに周りを警戒していて、マナは何か気になることがあるように眉を寄せていた。
「どうしたんだよ、マナ」
オレの言葉にマナはハッと顔を上げたが、その顔はやはり曇ったままだ。
「その……。女王蜂のことが書かれていた本に、何かもう一つ、とっても大事なことが書かれていたような気がするんです。でも、思い出せなくて……」
悩んでる姿もかわ……じゃなくて、仲間としては気になるが、もうそれは過ぎたことだろう。
「あんまり考えすぎることないんじゃねえか? だって、もう女王蜂は死んじまったみたいだし」
「そう……ですね」
オレの励ましに、マナはぎこちなく笑ってみせたが、まだその表情は晴れない。
彼女を元気づけようと、オレがもう一度口を開きかけた時、
「ラッド! 街の様子がおかしい!」
めずらしくニュークが、取り乱した様子で何か叫んでいた。
プラナが弓に矢をつがえ、レシリアは「先に向かいます!」と言い捨てて駆け出していく。
「なっ! お、おい!」
オレたちは訳も分からず、そのあとを追った。
※ ※ ※
初めは、何が何だか、理解が出来なかった。
ただ、フリーレアの街が近付いてくるにつれ、否応なしに見えてくるものがある。
「なんだ、あれ……」
よくよく目を凝らすと、その外壁のあちらこちらに、何か黒い汚れのようなモノがこびりついている。
「くっ!」
突然、隣を走っていたプラナが弓を引き、外壁の黒い染みに向かって矢を放つ。
「お、おい!」
オレは思わず制止の声をあげるが、その声は矢が黒い染みに当たり、その黒が剥がれ落ちたことで立ち消えになった。
「なんだってんだよ、一体!」
全く呑み込めない状況に、思わず漏れた言葉。
だが、その言葉の答えは、思わぬところからもたらされる。
「……は?」
あと少しで街に着くというところで、俺の手前の地面が、ぼこり、と盛り上がったのだ。
そして、同時に、
「――思い出しました! 天敵、です!!」
すぐ後ろから、マナの声。
いつもなら、いつまでも聞き入っていたいその声に、だが今は注意を払えない。
盛り上がった足元の土は爆発するように吹き飛んで、そこからぽっかりと黒い穴が姿を現す。
いや、姿を現したのは、穴だけじゃない。
「〈キラービー〉には、人以外の天敵がいたんです! 空中と地中、樹上と地下! 生息域を別にしながらも、互いの生存をかけて戦い、争い続ける天敵が!」
まず飛び出したのは、二本のヒョロリとした「棒」だった。
ともすれば紐のようにすら見える黒いソレが、その生き物の触角だと気付いたのは、「そいつ」が穴から出てきたあとだった。
「〈キラービー〉の天敵! 同じ虫の魔物でありながら、蜂と熾烈な縄張り争いを繰り広げている、そいつの名は……!」
その天敵がなんなのかは、もうその先を聞かずとも、嫌というほど理解出来た。
足元に開いた穴から、全長五十センチほどの黒い「ソレ」が、ワサワサとばかりに次々に這い登ってくる。
――硬い甲殻に覆われた体表。
――くびれのある独特のフォルム。
――細長い触角と手足。
――そして、獲物を噛み砕く強靭な顎。
こいつは、まぎれもなく……。
「――〈キラーアント〉! 人すらも食い殺す、殺人蟻です!!」
アリだー!!
そういえばもう発売二日前なのに、今まで本の内容に全く触れてなかったことに気付いたんですが、書籍版はweb版とはちょっと展開を変えてあったりエピソードを盛っていたりします
全体の量からするとそこまで大きく改変している訳じゃないんですが、ちょこちょこぶっこんでいってるのでこっちで読んだ人もそこそこ新しい気持ちで読み直してもらえるかなーと
あ、そういうことなので、もしかすると書籍の感想をここに書いてくれる方がいるかもしれませんが、ネタバレにだけは配慮をお願いします
あとは専門店用の書き下ろしSSの話とかあるんですが、それは明日の更新で話すことにしましょう!
ということで次回更新は明日!
ま、間に合えええええ!





