第八十二話 遭遇
うおおおおおおお!!
今日も更新間に合ったぜえええええええええ!!
って書くと逆に「え? もしかして間に合ってないの?」と日付確認されそう
これをオオカミ少年症候群と言います
夕暮れの街を、ひた走る。
「……クソ! なんだってこんなタイミングで!」
そんな悪態をついても何も変わらない。
頭の中に鳴りやまぬ鐘の音の残滓に急き立てられ、俺は蹴り飛ばすように石畳を踏みつける。
(落ち着け、落ち着け!)
自分に言い聞かせる。
婆さんの台詞は、「時代区分」がⅡに進んだこと、それから吸血鬼イベントのフラグが立ったことを示す証拠だ。
しかし、フラグが立ったというだけで、すぐにイベントが始まる訳じゃない。
こうやって走って向かっても、無駄足になる可能性の方が高いのだ。
しかし、何度自分にそう言い聞かせても、逸る足は止まる気配を見せない。
――ちらつくのは、別れ際のロゼの笑顔。
割り切ってしまえば、と思っていたこともあった。
彼女の犠牲を受け入れて、全てを丸く収めてしまえばと考えていたのは紛れもない事実だ。
だが、あんな顔を見せられてそれを平気で切り捨てられるほど、俺は強くはないし、腐ってもいない。
街の人たちが夜の街を駆ける俺を怪訝そうに見る中、俺は一秒でも早く館に辿り着こうと、右手を剣に伸ばして……。
「おっさん! はええって! 少しは手加減してくれよ!」
突然背後から聞こえてきた少年の声に、思わずその足を鈍らせた。
「ラッド!?」
振り返って見えたのは、必死にこちらに追いすがる赤毛の少年の姿。
いや、それだけじゃない。
ラッドの少し前を走るレシリアにプラナ、それから少し遅れて、ニュークやマナの姿まである。
「お前たち、どう……」
「そんなの、当然だろ!」
どうして、と問う前に、ラッドが答える。
「おっさんがそれだけ急いでるってことは、何かやべえことがあったんだろ? オレたちだってもう戦えるんだ。だから、その……少しくらい、恩を返させてくれよ」
「ラッド……」
あまりにも意外な台詞に、とっさに言葉を返せなかった。
さらに、自然と足の速度の落ちた俺にちゃっかりと並走したレシリアが、隣からため息交じりの言葉を投げてくる。
「あのですね、兄さん。この方向ということは、ロゼさん関連でしょう? むしろ私抜きで、どうするつもりだったんですか?」
呆れるような、にらむような目で、レシリアからもそう責められる。
「それは……そうだな。悪い」
どうやら俺は、よっぽど冷静さを欠いていたらしい。
追いついてきたプラナ、ニューク、マナも含めてあらためて視界に収め、俺は短く言葉をかける。
「ついて来てくれ。……お前たちの力が、必要だ」
「へへへ……。おう!」
ラッドの頼もしい言葉を背中に受け、俺は今度こそ憂いなく地面を蹴った。
※ ※ ※
俺たちが彼女の姿を捉えたのは、ちょうど館の前庭だった。
「――ロゼ!!」
叫ぶと、〈ファイアロッド〉を大切そうに抱きかかえた彼女が驚いたように振り返る。
「え、レクス様? それに、皆さんまで……」
どうやら、俺とエリナと別れ、家に帰る彼女にギリギリで追いついてしまったらしい。
別れたままの格好の彼女の表情には、純粋な驚きが浮かんでいるだけ。
どこをどう見ても、何か異常があったようには見えない。
(……杞憂、だったか)
あまりにもタイミングがよすぎたために、つい先走ってしまったようだ。
ふぅ、と息を漏らし、肩に入っていた力を抜く。
ここはゲームではなく、現実なのだ。
主人公でもない俺が駆け付けたところで、決定的な場面に出くわすなんてことはないのが道理。
(これは、焦って駆けつけてくれたラッドたちに謝らないといけないな)
そう思って、ラッドたちの方に振り向きかけた瞬間だった。
「レクス!」
プラナの鋭い声が、俺の意識を前方に戻す。
「なっ!?」
俺たちの方を振り返り、館から背中を向けたロゼの視線の隙を縫うように……。
彼女の背後に、黒いナニカが寄り集まる。
「コウ、モリ……?」
俺たちがかつて館の地下で遭遇したものと同じ、漆黒のコウモリ。
それが何羽も集まって、瞬く間に一つの形を作っていく。
ほんの一秒にも満たない間の、早業だった。
かつてコウモリだったはずの黒はあっという間にタキシードとマントに姿を変え、物音に気付いたロゼが振り返った時には、そこには真っ黒なタキシードに身を包んだ、四十代ほどに見える男性が立っていた。
「おじ、さま……?」
その驚きの声に応え、その美しくもおぞましい怪物は芝居がかった所作で一礼をすると、そのまま優雅に微笑んだ。
「――時は来た。さぁ、迎えに来たよ、ロゼ」
※ ※ ※
「おじ、様? 迎えに来たって、どういう……」
混乱するロゼの横に並び立ち、そっと手をかざして彼女を押し留める。
「……悪いが、彼女は渡せない」
「レ、レクス様!?」
俺が目の前の吸血鬼をにらみながらそう言い放つと、彼は興味深そうに「ほう」と息を漏らした。
面白がるように、語りかける。
「君は知らないだろうが、私と彼女は何より強い絆で結ばれた『家族』なのだ。申し訳ないが、無関係な者は……」
「……知ってるさ。全部な」
俺は吸血鬼の言葉を遮るように吐き捨てると、インベントリから一冊の本を取り出した。
見せつけるように、前に突き出す。
「それは……」
「館の地下の書斎で見つけた日記だよ。事を起こした動機から目的まで、ご丁寧に全部書いてある。これはお前のだろう? なぁ、〈ヴァンパイアロード〉ヴェルター!」
俺の言葉に、男の余裕が初めて崩れた。
同時に、それを横で聞いていたロゼの表情もまた、驚愕に彩られる。
「ヴァンパイア、ロード? おじ様、一体……」
だが、ロゼの疑問に、ヴェルターが答えることはない。
「貴様……!」
視線だけで人を殺せそうな眼光で、俺をにらみつけるだけ。
しかし、今さらその程度のことで怖気づくほど俺もぬるくはない。
「〈魔王〉を復活させるために、ロゼに呪いをかけるつもりなんだろう? 悪いが、お前の思う通りにさせてやる訳にはいかない」
さらなる糾弾の言葉に、ヴェルターは答えなかった。
「呪い? 呪い、か。……ふ、ふふ、あははははははは!!」
ただ、参ったとばかりに右手で顔を押さえ、突然に顔を伏せて笑い始め、
「――あまり思い上がるなよ、人間風情が」
次に顔をあげた時、そこに浮かんでいたのは憤怒だった。
「おじ、さま……」
おそらく、ロゼの前では一度も見せたことのない、醜悪でおぞましいその表情。
怒りのままに振った右手の先で、その爪が真っ赤に伸び、まるで刃のように月明かりに妖しく煌めく。
「下がってろ、ロゼ」
「で、でも……」
戸惑う彼女をかばうように前に出て、静かに剣を構える。
「――ここからは、怪物退治。冒険者の仕事だ」
ほんとはもう少し先までまとめようと思ったんですが、書いてみたらあんまりにも引きとして綺麗だったので一旦ここで切ります
次回更新は明日の21時です!





